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「自分のものでない相続を力ずくで奪う-それは社会主義のエッセンス」 国進ニム5月27日質疑応答から(その4)

「自分のものでない相続を力ずくで奪う-それは社会主義のエッセンス」 国進ニム5月27日質疑応答から(その4)

いつだってその要素はあるのです、どの子が親の与えた価値を理解しているのか見極めることです。これがチャレンジであり、神様の王国が失われた理由でもあるのです。この難題の前に、人は親として、この選択はしたくないと、どうせなら平等に分けてしまおうというのです。 でもいいですか、平等に分けようと決めることもある選択なのです。どちらにころんでも選ばなければならないのです。自分の血統と主権を創設することもできるし、子供たちの主権を破壊することもできるのです。 ここにいる人たちも、子供たちがその決定を聞いて「不公平だ!」というのを聞くのは嫌でしょう。「不公平だ」という、言葉は何を意味するのでしょう。その発想の基礎にはなにがありますか。サタン の王国です。あなたの子供が「あまりにも、不公平だ!」というのは、本音は「力を行使してもその決定をくつがえす。自分も分け前にあずかれるはずだ!」ということです。 それは社会主義の基盤ではないですか。「そちらが自分にくれないなら、どうであろうと自分から奪う」というものです。子供の一人がそういうことを言い出したら、何とこたえますか?「主権」からでる言葉は決まっています。「駄目だ。力ずくで奪おうというなら、お前を討つ」。「自衛手段も持っている、自分の資産は守り抜く」。だから「主権者」として強くならなければならない。自分の王国を守る手段と意志をもたねばなりません。ここで最初に戻ります。自由意志と、言論の自由と、信教の自由から出発しました。それらの自由をもっているなら、そして「主権者」だというのなら、「自由」は自動的に次に必要なものを。自由があるというなら、あなたの家も富など自分が築いたものは、むざむざ他のものに奪われてはなりません。それが自分を守る自由だというのです。だからすべてつながっているのです。何世紀も人類が見つめてきたその、本来の権利、神様の贈り物と言ってもいい-それは聞くに心地よいから、あるいは銃をただ所有したいから、誰かがつくりだしたものではありません。それらはひとまとまりの権利です。ほかのどの権利が欠けても基本的な良心の権利を維持することができません。 国に、守りを委ねると、国に自分の所有を引き渡さなければなりません。そして信仰の自由も言論の自由も良心の自由も失います。自分の持物も失うのです。ひとたび、国が守ってくれるようになれば、自分の物を守る手段を失います。国がやって来て、所有物を求めるからです。その時、国になんといいますか。何も言い返すことができません。自分を守る術をもたないからです。 これは革命的原理です。それは聖書的経済学とよべるものです。イエス・キリストの経済学です。再臨主の経済学です。その経済原理はすなわち「自分が汗して稼いだものは自分が所有する」という原理です。自分が苦労して得たものは、自分が保管する、ということ。 ここで問題が生じます。自分がとても生産的で、たくさん稼ぎ、たくさん蓄えたとします。他の誰よりも豊かになったとすると、怠け者のぐうたらたちがやって来て、「あなたは沢山持っているが、我々は持っていない」という。そのとき、銃を持っていなければ、その者たちはやすやすと奪っていくでしょう。 聖書的原理・・・労働の自由、労働で得たものを自分の物にする自由、そしてそれを守る自由は聖書的原理です。そして人を殺す聖書的権利をもっているということです。私が勝手に言い出したことではありません、すべて関連しあっているのです。 これが難しいのです。生涯かけて成功を収め、資産を蓄えたとしても・・・それは霊的資産でも物的資産でも構いません。これを次の世代に引き渡すことに失敗すると、あなたの遺業は消えてなくなります。 お父様をご覧なさい。多くの霊的富をもっておられます。統一運動の歴史を通して、お父様を愛して、ついてきたすべての人々。お父様の資産は、外的なものだけではありません。人々のお父様への愛と、名声があります。政府の公職についていた人は大勢、そのような富をもっています。政治家は、知名度をもっています。だからその子供が選挙に出やすいのです。つまり親の政治的遺産をもっているのです。 神様の王国は、主権の王国です。政治的王朝にとどまらず、経済の王朝でもあります。われわれは多くの中産階級の王朝をもたなければならない‐これが問題です。しかしそれは現在の法律では不可能です。神様の王国を語るとき、それは無数の人々の主権を語るのと同じことです。基本原理としてその国は、憲法に規定される基本的権利の上に建てられるものですが、それがどう法律で具体化するかが問題です。 憲法とそれに基づく立法が、大きな独占を防ぐように運営されるなら、中産階級の花咲く社会が生まれるでしょう。中産階級が、次世代に丸々相続させることのできる社会が生まれるなら、世代を超えた中流階級が定着します。相対的に層の厚い中流階級が、世代を超えて続くでしょう。地上天国をいうとき、そのことを語っているのです。王国と国民という場合、一部の貴族階級の相続権だけではなく、国民の30%が同じように相続させることのできる社会を語っているのです。 どのようなタイプの社会でも、自由競争の障害物をすべて取り払うなら、規制や官僚主義を排除するなら、ビジネスや資源の所有者が、たいてい国民の30%を占めるようになります。零細企業から中小企業、大企業に至るまでの経営者の割合がそうなるというのです。まだ労働力になるまえの未成年の世代、退職して一線から引退した世代、それらを除いて、最大30%の人口がそうなるのです。すべての人が所有権を有する社会、つまり30%の人口が何らかの事業を行う社会と独裁者の君臨する社会つまり1人がすべてを所有する社会、この幅があります。 神の国を実践的な面から語るなら、私たちがそのためにしようとしていることは、事業主の数を最大にするような法制度をつくることです。そのことを目指して天一国憲法は設計されています。 明らかにトランプはその方向に動いています。われわれが天一国憲法を学ぶとき、つまり神の国について話をするとき、神の国というのはどこか遠くにあって、歴史を通して狂信者たちが夢に描いてきた、ただの思想ではありません。そうではなく、神の国は実際に建設され得るものです。それは法律、政治、経済、社会の構造を理解することを通して。現実に建設可能な、実際に存在する王国です。その王国はモデルをつくり、その社会の人々にどういう影響を与える社会になるか予測可能です。それはどこか遠くにある架空の、観念的な実現不能なものではありません。今日のわれわれが完全に実現可能なものなのです。その意志があるならば。そこを理解すること、区別することが重要です。 神様の王国は既に存在します。ただそれを建国しなければなりません。神の国はシンプルなものです。神の国についてのお父様の教えは、その「良心」に関するものです。その自由意志であり、幸福追求、その幸福は創造主に対する愛の中にあります。 しかしこれらの単純な言葉、単純な考えの背後には根源的で深遠な、社会構成の有機的分岐がなければなりません。自由意志と良心と主権と相続の原理に従って生きるならば、それはこれまでと全く異なる社会ができます。社会のあらゆる面において。経済や法律、政治、軍事の構造において。その核心的システムにおいて。この変化について考え始める必要があります。 この孤立した、信仰の厚い宗教的コミュニティを、いかにして現実の国家にしていくのか。神様の御心の国にするのか。それが問題です。どうやって建設するのか。われわれはそれを考えなければなりません。 私たちの考え方も変えていかなければなりません。キリスト教がお父様を見捨てた後、荒野路程を行かなければならない宗教組織として軍隊のような組織にならざるを得ませんでした。特別な軍隊です。たとえば精鋭部隊になるための規則は非常に厳格で、そこに求められる基準はとても高いものを要求されます。それに対して一般の軍隊、部隊においては清英軍に比べて低いし難しくもありません、もちろん軍としては厳格ですが。 そういう特殊部隊と通常部隊から、一般市民レベルに話を移すとき、軍隊のような組織の在り方が必要ですか。高い低いという基準が必要ですか? だから今は、われわれが社会でどう生きるか、法律や政府をつくって神様の御旨についての理解をそこに投入し、(軍隊ではない)一般市民社会にどう適用するのか。 マイクをまわしてください。 (質問者) 以前、この問題を話したときに質問として出たことですが、この小さなコミュニティの物流(経済)の問題について、互いにどうかかわるべきかを尋ねました。地上天国の礎石となるためにそうすべきかという質問に、あなたは釣り(漁)、農場を学びなさい、自給自を身につけなさい、とおっしゃいました。 (国進様) それについては今も言っていますよ。自給自足であって、釣りや農業で一家を養えるようにしておく、それも労働の結果を自分の物にする方法です。蓄積した財をいかに相続させるか、いかに自分の仕事、生命を次世代に継承するか、それが主権者として大きな問題であるといっているのです。あなたの仕事や生活は必ずしも物質的なものだけとは限りません。あなたの仕事、生活、それに神の国の追求もその一つなのです。 翻訳・字幕:管理人 にほんブログ村

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すべての暴君に愛をこめて-話題の写真(KING’S REPORT)から

すべての暴君に愛をこめて-話題の写真(KING’S REPORT)から

ようこそ、キングズ・レポートへ 私は天一国二代王、ショーン・ムーンです。 ティムも知っているように、この間、ある写真をフェイスブックにアップしました。 フェイスブックページで見つかります。 タキシードっぽい服を着て、白いワイシャツに蝶ネクタイを結んでいました。覚えていますか? P380(KAHRの自動拳銃最小モデル)と、黒のスパイダルコの(ミリタリー)ナイフをもってポーズをとりました。その時の衣装にぴったり合っていたからです。 その時の写真を見せてくれますか。私のフェイスブックページに載っているはずです。 これが大騒ぎを引き起こしたそうですね!バカバカしくて私はフェイスブックを見ていませんが。ピエールも驚いていました。 家庭詐欺連合が大騒ぎです。面白いのはサタン側の人々は、誰かが「武器」をもっていると強烈に拒絶反応を起こすことです。なぜ拒絶反応を起こすのかというと、「武器」そのものを制御していると見せて自分を善い人に見せかけたいからです。自分たちは武力を用いたくないと・・・その代わりに圧倒的な政府の権力機関に任せて奪わせるのです。家庭詐欺連合の性質がよく現れています。 あの、狂ったフェミニズム、男性嫌い、お父様をヘイトする魔女たちが、わめき散らしているのです・・この写真を見て・・・。 おもしろいですね。写真をもっと出しましょうか。もっとキーキーいいますよ。さらにヒートアップしてわめくことでしょう。わめく程いい、というのです。 「主権」を愛する者たちは、その「主権」を周りの人にも広げようとします。これを素晴らしいと思うのです。つまり、周りの人たちが、ポリティカル・コレクトネス(言葉狩り、見かけ狩り)や、不要な罪の意識、また世間の攻撃、服従させようとする攻撃に対して立ち上がることが素晴らしいと。 「いや、自分は自分の家族を守る手段をもち続ける!自分たちが作ったいかなる国にも頼らない。お前のような独裁者を倒すため、必要とあれば命を懸けて戦いもするという多くの仲間がいる。」 すると彼らは骨の髄まで恐怖を感じるのです。 写真が出ますか? 蝶ネクタイをつけた私、二代王です。銃のコミュニティに所属しているので銃を携帯しています。それに黒のスパイダルコ(ミリタリーナイフ)。ネクタイの裏に潜んでいます。 小さな「お化け(モンスター)」です。 翻訳・字幕:管理人 にほんブログ村

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リーダーは悪魔の祭壇で悪魔を崇拝している年寄りの気難しい銀行家たち-6月18日英語礼拝(その3:完結)

リーダーは悪魔の祭壇で悪魔を崇拝している年寄りの気難しい銀行家たち-6月18日英語礼拝(その3:完結)

王国の防衛 Kingdom Defense 06/18/2017   もう一つのビデオを見せますが、詳しくて今までで最も良いものだろうと思います。聖句を詳細に調べて、聖句の観点からなぜキリストに従う者は自分を守ることができないといけないのか(を説明しています)。そして平和主義者の主張の矛盾点が分かります。 もちろん黙示録19章ではイエス様自身が裁きを行い、戦争を起こすと書いてあります。 11:またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。12:その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。14:そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。15:その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。16:その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。 面白いですね。「もも」というのは種がある場所ということです。そこに「王の王、主の主」と書かれています。 次にビデオを見ますが、とても重要な勉強なので集中しましょう。実際すべてのクリスチャンがやるべきことです。なぜなら彼らは標的にされているからです。クリスチャンと福音派は新しいテロリスト、敵であり、ナチと同じだと言って、左翼の狂った人に煽られているのです。それは本当にばかげた話です。私たちは暗殺未遂がおこるような環境に生きているのです。もっと悪くなるとみなさんに言いました。これが先週起きているのです。 もっとひどいことが起こるとしか思えません。なぜならソロスが何億ドルという資金を援助しているからです。トランプはCIAでもFBIでも、大統領を殺すと言っている人はすべて直ちに刑務所に入れさせるべきです。連邦犯罪ですからやってはいけないことなのです。政治がすべての組織を動かすにはもっと時間が必要でが、彼は取り組んでいます。 「トランプを殺せ」と煽るような環境なのです。議員を暗殺しようというのは大統領の暗殺の一歩手前のことです。まったくひどい状況です。愛国者たちは我慢できません。なぜならこれは左翼の共産主義者の暴力的な、サタン的革命だからです。 狂った左翼、あなたたちは何のために、誰と戦っているのですか。誰があなたたちのリーダーであり、誰が資金を出しているのですか。見てみなさい。彼らは文字通り悪魔の祭壇で悪魔を崇拝している年寄りの気難しい銀行家たちです。なぜそのような人のために戦うのですか。自分の人生を生きて成功したいと思わないのでしょうか。彼らはただ金魚のようになりたいのです。小さなパンくずのようなものを与えられて。すべての人が同じように同調し、誰も気分を悪くさせる者もいません。それはまったくばかげて、みじめなことです。 それは私たちが絶対に学ばなければならないことです。非常によくできたこの論考を見てみましょう。クリスチャンが自分たちを守ることができるかという点についての討論をそれぞれの立場から示しています。 (ビデオ視聴) もちろん彼が言っていたローマ人への手紙13章の話について、私たちは文脈を知っています。私たちは天一国憲法を知っていますので、政府は非常に制限されるということが分かります。 そこで話していたのは、クリスチャンとして警察官であったら辞めなければならないし、軍人だったら辞めなければならないのかということです。討論の中で、平和主義者のクリスチャンが、「そうだ。クリスチャンであるなら警察や軍隊を止めないといけない」と言っていました。それは平和主義の非常に極端な考え方です。 例えば誰かがあなたの娘をレイプしに来たとして、壁にライフルが置いてあったとしたら、それを使ってその男を止めようとするかという話です。そして平和主義のクリスチャンの答えはNOだというのです。もちろん彼らは、それは誤った二分法であり、選択肢が二つしかないわけではないのだと言います。他にもできることがあるのだと。福音を伝えることもできるとか、いろいろです。 しかし、その男が自分の娘をレイプすると分かっていたとしたらどうでしょうか。または、確実にあなたの妻と子供をすべて殺してしまうと知っていたとしたらどうでしょうか。そして壁にライフルがあるとしたら。 もちろんこれは、神様が摂理をどのように進められるかについての非常に限定された見方です。それは、誰かが神様に祈って癒してくれるようにお願いしたのに癒してもらえなかったと言うのと同じことです。もしかしたら神様はあなたに医者を送ってくれるかもしれません。または健康に関して知識のある人を送ってくれるかもしれないのです。そのほうが、神様がやって下さることに近いでしょう。 神様は私たちの周りの環境を作ったわけではありません。ですから私たちが何かを祈って何か奇跡のようなことが起こるのであれば、私たちは周りの環境を使う必要もないし、他の専門家に助けてもらうように頼る必要もありません。それは神様の創造の技に対する非常に限定された見方なのです。神様がいつも奇跡的に助けなければならないという信仰です。平和主義のクリスチャンの中でそのようなものがあります。殺人犯が来て子供をレイプしようとしてもキリストに信仰を置くのだと言うのです。それはもしかしたら限定的な見方かもしれません。 神様は自分や家族を守る能力を持つことを許しています。神様がすべての人を医者にするなら誰かがあなたを治療してくれるかもしれません。ですから王国ではすべての人が平和警察、平和市民軍であり、すべての市民が自分と家族や隣人を守る能力を持ちます。もちろんコミュニティを守ることができます。 C・S・ルイスの言葉で素晴らしいものがあります。平和主義者は基本的に、子羊が獅子と共に横たわるのであれば頻繁に入れ替えなければならないと言います。新しい子羊を連れてこないといけないということです(笑)。 重要な点は、自分の身を守るのがクリスチャンでないというのであれば、誰かに自分を守るように頼むのもクリスチャンではないということです。警察に電話して、彼らが来てあなたを殺そうとした人を殺せば、あなたがクリスチャンとして殺人を行ったということなのです。ですから平和主義者は実際それを避けることができないのです。なぜならクリスチャンはみな、聖書の神様は今日も明日もずっと同じだと言うからです。ですから神様がモーセやダビデに戦うように、あるいは死刑にしろと命じたとき、それはイエス様のときと全く同じ神様だというのです。 それは長く続いている論争ですが、政治的悪魔崇拝者の側の全体主義者がどのような思想を求めているかみなさんは分かるでしょう。彼らはクリスチャンが武器を捨てて平和主義者になることを望んでいるのです。それは、カストロやマドゥーロのような社会主義の独裁者、ヒラリー・クリントンやビルダーバーグ・グループにとって都合が良いのです。国連も韓お母様も同じことです。彼らは人々を武装解除したいのです。なぜなら結局彼らは、一般人が自分の身や家族やコミュニティを守るようにしたくないのです。なぜなら彼らはその素晴らしいコミュニティを支配したいからです。自分たちの喜びのために望むように彼らを利用したいのです。人々が自由に暮らせないように、良心を持って神様と共に生きないようにするのです。 狂った時代ですが目覚めなければなりません。私たちはキリストの肢体として、真のクリスチャンとして・・・キリスト教は宗教ではありません。それは関係性です。公正で善良であり、私たちが生命を維持し正義を守ることを望まれる、愛する父との関係性を持つ人々です。私たちは完璧ではありませんが、完璧な神様に仕えています。神様は悪が支配するままにせず、罪のない者を滅ぼすままにしないことを求めています。 これは私たちのコミュニティにとって、世界的にもとても重要なことです。なぜなら、これはキリストとの関係を持つ人にとって大きな義務のあることだからです。誰かのせいにすることをやめて、自分のために誰かにやってもらおうとするのではなく、王国では自分が責任を持たなければなりません。自分と家族と、隣人の安全に対して自分が責任を持たなければならないのです。 私たちは大統領とこの国のために祈っています。そして議員を殺そうとした暴力的で扇動された過激な暗殺者の試みが成功しないことを祈ります。そうならないことは分かっています。傲慢な左翼、共産主義者、社会主義者は最後には必ず敗北します。しかし彼らは権力に飢えています。それがこれまで以上になっており、善良な人々が備え、善良な人々が責任を持ち、今朝の聖句のように備える時が今だというのです。準備してください。最善を望みながら、最悪に備えるのです。道徳的責任を持つ人々で満たされることは私たちの社会にとって不可欠です。 天聖経121 サウル王が戦争に勝利したのち、「女と子供だけ残して、男はすべて殺せ」と言われたのに、殺さなかったので罰を受けたことを知っていますか。どうしてそうなったか、考えてみましたか。サタンの男を生かしておけば、 サタン世界が再び侵犯するので、そのようにさせたのです。サタンの男がいれば、自分の妻を連れていって思いどおりにするので、男さえ脈を断ってしまえば、子供と女は天の側に属することになり、その制度がなくなるのでそうさせたのです。そうしなかったことにより、異邦の神をあがめ、あらゆる異邦の淫乱な風俗が入ってきて、天の国が侵犯されたので、サウルが罰せられたのです。(124-202,1983.2.15) どの神に仕えるかで大きな違いがあります。異なる神に仕えれば異なる基準、異なるルール、法律があります。ですから一つの真の神様、創造主であり父であり、私たちの魂を愛する方を崇拝することが絶対的に不可欠なのです。その方は自分自身の生命を、その息子を、私たちを救うために捧げる方です。そのような道徳、善、公正、正義の創造主であり、宇宙の守護者です。そのような方に基づいて神様の王国が維持されるのです。 これらの狂った左翼の神々やサタンの神々ではありません。結果が全く異なります。これまで以上に重要です。祈ることももちろん重要です。私たちが祈りをあきらめないこと、平和をあきらめないこと、平和に人々と暮らすことをあきらめないことが非常に重要です。 しかし重要なのは、攻撃されたとき、生命が脅かされたとき、自分の血統を守る義務があるということです。なぜなら私たちはただ信仰によってその血統に入ったのではないからです。私たちは神様の血統にあります。私たちは神様が作られた血統を守り、すぐに来る神様の王国を守る義務があります。 翻訳:BAMBOOS にほんブログ村

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最後の瞬間の守りとして、善良な人は自分を守る権利を持っています-6月18日英語礼拝(その2)

最後の瞬間の守りとして、善良な人は自分を守る権利を持っています-6月18日英語礼拝(その2)

王国の防衛 Kingdom Defense 06/18/2017   私たちはもちろんもっと悪くなると知っていました。9月23日は黙示録にあるサインが天体に現れる日です。NASAの星座のコンピュータープログラムをみなさんに見せました。聖書で教えているように並ぶということが分かっています。女性、乙女が太陽を着て足の下に月を踏み、12の星の冠をかぶるのです。 私たちは聖句の中でそれが中間の期間であって、そこから良くなるのではなく悪くなるのだということを知っています。それはまた獣の印が出てくるときでもあります。私たちがそれに関連する物や、物を買って取引する能力に影響のあるマークの様なものを9月に見ることがあれば・・・。それが何なのかは変わりませんが、重要なのは私たちが今重大な時にあるということです。 人々が暴力に煽られて文字通り議員が暗殺されそうになりました。これは共和党議員に対する暗殺未遂ですが、ホワイトハウスの一歩手前のことだというのです。それは普通の市民を狙ったものではありません。それでも十分悪いことですが、大統領の一歩手前まで来ているということなのです。 敵によってその人を知ることができます。トランプを憎む人々はみな、中央集権の全体主義の、狂った独占主義者です。彼らは人々を貧しくして、自分が神々として崇められることを望み、無神論者であるばかりでなく悪魔崇拝者です。 ロンドンでのビル火災については口にすることもできません。ところでこのラマダン期間中に殺された人の数は記録的な数に上っています。明白なことにラマダン中に人を殺せばアッラーからのポイントが2倍になるというわけです。狂っています。しかしそれがイスラムのテロだと言うことができません。イスラムテロの90パーセントはイスラム教徒を標的にしているのです。大部分はイスラム教徒を殺しているというのですから、彼らこそこのような人々に反対すべきなのです。 現実や発言、考えを支配するのはまさしく全体主義国家です。もちろん彼らはオバマとヒラリー・クリントンを次のアメリカと世界の大統領にすることを実現したかったのです。アメリカをヨーロッパのようにして。ヨーロッパの人たちは分かっているでしょうが、ヨーロッパはもう崩壊しつつありますがそれでもヨーロッパではうまく行っていると(言っています)。 「フランスではテロリズムが80パーセント減った」「No-Goゾーン」「スウェーデンでレイプ率が最高に」 良くやりました。 「ビルダーグループとダボスグループを信じている」 素晴らしい。良くやりました。 そしてもちろん彼らはそれをアメリカでやりたいのです。そして彼らはそれを感じ、味わうことができ、自分の口に入れたでしょう。ヒラリー・クリントンはそれを味わうことができたでしょう。彼女がヨーロッパのようにこの国を所有するところでした。 ヨーロッパでは言論の自由がありません。政府の悪口を何か言ったり、イスラムテロだと言ったりすれば、ヘイト・クライムで逮捕されます。犯人の名前がムハンマドやアリで「アッラーフ・アクバール」と叫んでいたとしてもイスラムテロと言うことができません。彼らの預言者も軍隊の活動家であり、800から900のユダヤ人の首を切ったのに。それがイスラムの歴史の本流です。現実を見ることもできません。 今は厳しい危機的な時です。彼らが思想的な戦いに敗北したからです。そしてもちろん最後の、真の性質に訴えようとしています。それはつまりすべてを焼き尽くし、皆殺しにしてしまうことです。「全体主義の国が持てないなら、みんな殺してしまおう」と。 寛容はどうしたのでしょうか。オバマの政府を尊重しなければなりませんという講義はどうなったのでしょうか。「保守派のみなさん、クリスチャンのみなさん、あなたたちは大統領を尊重すべきです」と。それはどうしたのですか。過去8年間彼らはアメリカ人にありとあらゆることを講義してきました。何を言って良いのか、何を信じて良いのか、何を飲んで良いのか。ニューヨークで大型サイズのコーラに市民の健康のために規制を掛けました。キチガイじみた管理です。彼らは全く、目が飛び出て、狂って、血に飢えた管理キチガイです。狂っています。 そういうわけで最後の瞬間の守りとして、善良な人は自分を守る人権を持っています。植物が毎日自分を守っているのと同じです。虫は動物が食べようとすると毒を作って顔に吹きかけます。それは自然権です。私たちは自分たちと仲間を守ることができます。それは善良な人が戦いを、戦争を求めているということではありません。彼らは平和を求めています。自分たちの生活を続けて豊かになって、道徳的に幸せに暮らしたいのです。時には子供たちを外に連れて行き、映画を見たり公園に行ったりして、普通にしたいのです。 彼らは、国の最高の地位について自分たちがいかに力を持っているかについて笑い声を上げているような、人を管理することに飢えた吸血鬼ではありません。そのような人々は狂った精神異常者です。彼らは大学という社会主義者のキャンプで吹き込まれた弱虫の追従者を従えて、文字通りの内戦を実際に始めたいと思っているのです。完全なキチガイです。完全に錯覚した人々です。 もちろんそういうわけで、建国の父からすべての男女、子供までが命を守る者でありました。NRA(全米ライフル協会)はクー・クラックス・クランから自分を守れるよう黒人に力を与え、ライフルを与えたのです。私たちは知っていますが、彼らはNRAの本当の歴史を教えようとしません。彼らは黒人がクー・クラックス・クランに殺されないようにするために武装させていたのです。 彼らが何も知らない罪のない子供たちの心に、国の教育者としてこのような嘘やプロパガンダを吹き込んでいることは信じられないことです。非常に大きな欺瞞です。 この写真を見てください。1960年代のものです。お父様はここにいませんがお父様が作られた会社です。最初に作った会社は空気銃の会社でした。人々が射撃のスポーツを楽しんで武器の使い方を理解するようにするということです。なぜならお父様は地獄の中で暮らしていたからです。全体主義の中で生きておられ、彼らはお父様を殺そうとしていました。国境を越えて来ながら、狂った共産主義カルトがいつ何時南下してくるか分からなかったのです。なぜなら神様の王国は単に霊的なものではないからです。「御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」とあるように実体的なものでなければなりません。 もちろんこのような写真を隠そうとしてきましたが、持っていた人がいたのです。見てください。男性も女性もいます。1960年代のアジアで、それは衝撃的です。なぜならアジアの人々は洗脳されてしまっていて、銃を見ると衝撃的なストレスを感じるからです。彼らは価値がなく二流だと洗脳されてきました。この姉妹を見てください。あれは江利川さんではないですね。似ていましたので(笑)。江利川さんの写真があっても驚きませんよ。 お父様がライフルを持って狩猟をされている写真がたくさん出てきました。彼らの嫌いな写真です。このような写真がなければ良かったと思っているのです。赤い帽子ですね。MAGAと同じでしょうか。私にはわかりません(笑)。フランスの方からもらったものです。 しかしこれはとても重要なことです。なぜならこの国で暗殺未遂がおきて脅威を感じているからです。クリスチャンが自己防衛の役割を理解することが絶対に重要なことです。自分を守らなければならないとすれば絶対に不可欠なことです。 このデニス・プレガーのビデオを見てみましょう。6番目の戒律、「殺してはならない」についてのものです。 (デニス・プレガーのビデオの要約:「殺してはならない」という十戒の戒律は、元のヘブライ語では「殺害(Murder)」という意味の単語が使われており、「殺す(Kill)」とは意味が異なる。「殺害」とは人間を不正に不法に殺すことであり、自己防衛など正当な理由がある場合とは異なる) ラツハッ、「殺害」です。「殺す」とはまったく違います。これは非常に重要な話です。教会ではしてくれませんが、それは馬鹿げたことです。なぜなら、とりわけ大きな暴力事件が起こり、狂った人が議員を暗殺しようとしているような状況や、トランプのシールを車に張っていたら撃たれるような状況においては、人々は準備の必要があることを理解しなければならないからです。 これはジョージ・ソロスがアメリカで作り上げた狂気です。このような世界に私たちは今生きています。ですからこのような教会で話をすることは、絶対に不可欠なのです。なぜなら私たちのすべてが、世界的に見ても、自分たちの生命や他人の生命を守らなければならない状況になるかもしれないからです。ですからそれを話し合うだけでなく深く探求することが絶対に重要なことなのです。 これはイエス様の絵に対してコメントを入れたものです。 「『イエス様ならどうするだろうか?』と尋ねられたら、テーブルをひっくり返して鞭で人を追い立てることもあり得ることをその人に思い出させなさい」というものです。イエス様がそのようなことを行うこともあり得るのです。あなたを鞭で追い立てるかもしれません。ところで彼は自分で鞭を作りました。 聖書に出てくるこの場面についての平和主義者の反論の1つとして、古い翻訳や異なる翻訳を採用しているのだというものがあります。例えば彼は鞭を作って羊と牛を追い出したのだと言うのです。ある翻訳では彼を平和主義者にしているのです。人を追い立てたのではないと。キング・ジェームズ版を見るなら、もちろんそれが権威ある翻訳なのですが、彼はすべての人を鞭で追い出したとあります。そこに羊と牛も含まれていました。ヌンチャクのように。イエス様はヌンチャクのような鞭の訓練もしていたのです(笑)。 このような論争がクリスチャンの平和主義と正戦論と間に実際にあります。正戦論はもちろん戦争を制限するために作られました。正戦論という言葉は好きではありませんが、伝統的にそのように呼ばれています。それで戦争をできるだけ制限して時が来たら戦わなければならないということです。 平和主義者は、旧約聖書でモーセやダビデに対する命令のことを持ち出されるといつも問題になります。すると彼らは、それは聖戦だと言うのです。聖戦は問題ないが正戦は問題だと。平和主義者の側にも言い分があって、例えば彼らはパウロのことや初期の300年ぐらいまでの教父は平和主義者であったと言います。ニカイア公会議のことを挙げて、軍人は洗礼を受けるべきでなく、後ろに着席すべきだと言うのです。 しかし、もちろん彼らにも問題があり、論争があります。多くの平和主義者は再洗礼派のようなところから来ており、社会から隔絶したコミュニティでした。 しかし、それとは反対に「イエス様は私たちに世界の隅々に行ってキリストの福音を広めるように命令し、イエス様自身が旅行するときは自分の剣を持たなければならないと言っているのだ」と言っている人もいます。 つづく 翻訳:BAMBOOS にほんブログ村

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反トランプの弾劾暴動が7月2日に行われようとしています-6月18日英語礼拝(その1)

反トランプの弾劾暴動が7月2日に行われようとしています-6月18日英語礼拝(その1)

王国の防衛 Kingdom Defense 06/18/2017 今日は王国の防衛について話します。これが今重要な話題だからです。これについて探求しなければなりません。今がそのときです。 テモテへの第二の手紙4章、1節から8節まで、一緒に読みましょう。 1:神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの出現とその御国とを思い、おごそかに命じる。2:御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。3:人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、4:そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。5:しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。6:わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。わたしが世を去るべき時はきた。7:わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。8:今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。 私たちは今非常に深刻な時にあります。ご存じのように左翼のカルト・メディアとプロパガンダ機関は、人々を逆上と暴力へと煽り立てています。私の理解する限り、被造世界を主管し、力を主管する方法を知っている善良な人々はその力を使いたいとは思わないのです。 若い時からそのような技術、力を使う方法を学んでいると、それがどれだけ危険であるか分かり、どれだけ致命的か、どれだけ人間が弱いかを学んでいるのです。破壊し、殺すことがどれだけ簡単であるかを。 若者たちは勘違いしていますので彼らにとっても重要です。ビデオゲームなどのせいで自分たちは強くて無敵だと思い込み、17、18歳でプロパガンダの戦争の中に入ってしまいます。彼らは、自分は無敵だと勘違いしているからです。しかし、彼らがブラジリアン柔術や総合格闘技などの本当の戦闘武術を練習すると非常に早く習得します。 ゲームを見たり、愚かな「悟空」のようなことをやってみたりしても追い立てられるでしょう。現実には何の意味もありません。そしてこれらの自分の持っている錯覚を打破しなければならないということがすぐに分かるのです。 しかし自分のレベルが上がれば上がるほどに力を持つようになります 。力が強くなればそれを主管しなければならなくなります。するとそれを人に使いたくないと思うのです。使うことはできますが、使いたくないのです。 狂った左翼の、社会主義者、共産主義者たちはマルクス主義者の大学で訓練を受けています。信じられないことに大学の90パーセントの教授がマルクス主義者です。今まで殴り合いのけんかもしたことのないこの弱虫たちが戦争を始めて、夢中で政府の中央集権の力を使い、人を殺してやりたいと思っています。なぜなら彼らはその力がどれだけ危険か分かっていないからです。人を殺すのがどれだけ簡単か分かっていません。 しかし、そのビデオゲームのカルトの中で、彼らはその通過儀礼を経験したいと思っているのですが、彼らは軍隊に行ったり、戦闘を学んだりすることで実行しようとは思わないのです。彼らはただ椅子にふんぞり返って人にそれを命令したいと思っているだけです。そして「私はとても強い。何千人もの人を殺した!」と言うのです。それはまったくみじめなで悪魔的で、邪悪な洗脳された子供たちです。 本当に支配的な力を持つ人はそれを使いたいとは思いません。なぜならそれがどれだけ致命的で破壊的で、残虐なことか分かっているからです。それは楽しいことではないのです。 しかし、善良な人たちがそれを持たなければならない理由は、彼らが正義を守ることができなければならないからです。彼らは無実の貧しい人たちを、また隣人を守ることができる必要があります。 しかし、左翼のヒステリー的な熱狂、カルト的な熱狂で最終的に言葉巧みに煽り立てています。そしてそれがもう数カ月続いています。「トランプを殺せ。トランプを暗殺しろ。はっはっは。面白い!」と。 このシェークスピアの舞台のように狂ったことが行われています。トランプがジュリアス・シーザーとして刺殺されるシーンがあるのです。そしてそれは芸術に過ぎないと言っています。ヒラリー・クリントンが大統領なら、彼女が刺殺される劇を上演すれば刑務所に入れられるでしょう。 大統領を殺すと言うならそれはもう芸術とは言えません。自由世界の指導者を文字通り脅迫すればそれは芸術ではありません。彼は世界の大統領のようなものです。そして彼は目を見張るような業績を上げています。彼はグローバリストの支配するTPPから手を引きました。主権国家に自分のエネルギーを利用できなくさせ、サウジアラビアの小児性愛の王とエリートの銀行家の世話になるように仕向ける気候変動政策から手を引いたのです。 そして先週の話ですが、キューバとカストロに挑もうとしています。キューバに対して国民を自由にしなければ制裁を課すと言っています。ですから今ラテン系の人々はみな、この人はラテン系の人を助けたいと思っており、ラテン・アメリカを全体主義、共産主義から解放したいと思っているのだと気付き始めています。彼らに自由を与えなさいと言っているのだと。 しかし、左翼のレトリックは、「殺せ、殺せ、殺せ」です。大統領を殺せとは言えません。それは連邦犯罪です。それは自由世界の指導者を殺せと言っていることです。それは言論の自由ではありません。建物に入って火を付けろというのは言論の自由ではありません。 銃を持つことはできますが、たくさんの人の前で引き金に指を掛けて歩き回ることはできません。あなたは撃たれるかもしれません。 ですから、ただトランプを殺せ、大統領を殺せと言うことはできないのです。人々にとても寛大でトレンディーだと言わせることを期待して演劇を上演することはできません。彼らはもう狂っているのです。 (キャシー・グリフィンの写真を指して)そして同時に有名人の写真を見たでしょうが、もちろんキャリアを台無しにしてしまったわけです。しかしこのような信じられない程過激な写真を使って自分を元気づけようとしていたのです。オバマの血塗られた首切りの写真を取ることを想像できるでしょうか。これはキャシー・グリフィンというコメディアンです。左翼のキチガイです。連邦犯罪ですからこのようなことはできないのです。面白いことではありません。そして自分たちは寛容な左翼だと言うのです。彼らはコーヒーショップに行って、ヨガの瞑想をするという人たちだと言っているのです。 カリフォルニアやハリウッドではそうですね。「私は全く非暴力主義なのでヨガをやっていますが、トランプの首をはねても問題ありません。でも私は平和的で非暴力的です」と。なんというごまかしでしょうか。道徳的なふりをしたいかさまだというのです。彼らは主権を持つ人々を殺しても何の問題もないのです。ヨガをやっているのに。 このようなトランプに対する攻撃があります。集会でもトランプ支持者が、郊外に住むただ従うだけの痩せた若者に襲撃されています。彼らは自分が強いと思い込み、マルクス主義、共産主義から見出した使命を帯びていると思い込んでいます。中国では7000万以上が殺され、ソ連では5000万以上が殺されたというのに、その愚かな旗を振っています。軍隊では殺されるというのです。 彼らは本当にビデオゲームの幻想の世界に住んでいます。狂っています。毛沢東やソ連の旗を振っているとすれば、それは気が変だということです。それらの政権に反対しようとしてどれだけの人々が殺されたでしょうか。血に飢えた吸血鬼のような、悪魔的で、高慢な卑怯者です。彼らは公正な戦いをしようともせずに不意打ちを仕掛け、町を歩いているときに頭の横を棒で殴るのです。10人連れてきて攻撃します。それこそまさに卑怯を絵に描いたようなものです。本当にみじめな人たちです。本当に馬鹿げています。 そしてもちろんこのような巧みな言葉で左翼とCNNやMSNBCなどによって煽り立てられて、狂気の沙汰となっています。殺せ、殺せと言って暴力を煽っています。彼らは狂っています。死のカルトです。このいかれた白人の若者を見てください。甘やかされた郊外の若者です。ソ連の国旗を持っているなんて嘘でしょう?みじめな若者たちです。現実や歴史の感覚もなく知識もありません。 ソ連の旗や毛沢東の旗を振るというのは、本当に教育を受けておらず信じられないほどIQが低いとしか言いようがありません。それで自由のために戦っているふりをしているのです。この若者たちは完全にいかれています。煽られているのです。 それではそのような暴力への巧みな誘導が何を引き起こしているのでしょうか。先週、レイチェル・マドーの大ファンでバーニー・サンダースの熱狂的な支持者でもあった狂った人間がバージニアに向かいました。そこでは共和党の人々が、武器を持たない人々が野球をしていたのです。そしてこの大ばか野郎は50発から100発もの弾丸を撃ち始めました。 そこで共和党でトップ3に入る人物であるスカリス議員が重傷を負ったのです。彼はつい先月、子供の人身売買と売春を追求しなければならないと発言していた人物です。トランプは1万人もの小児性愛犯罪者を刑務所に入れたのです。ロサンゼルスでの捜査だけで474名の逮捕者が出ました。キングズ・レポートでもその記事を紹介しました。 そして興味深いことに、スカリス議員はこのような人々をもっと厳しく追及すべきだと公言していた人だったのです。そして彼は撃たれました。 ニューヨーク・タイムズで、共和党の議員がこの日程で、少ない警備で野球をやるということが報道されていたというのはおかしなことではないでしょうか。本当に信じられないことです。感情的になった頭のおかしい不安定な人々を煽っています。トランプはこの国に自由と起業家精神を取り戻し、規制を緩和し、黒人の大学への資金援助を増やしているというのに、彼がナチスか何かであるかのように信じ込ませています。 トランプはラテン系や黒人を保護しようとしており、知らない場所や特にテロの多い国から来た人であふれかえらないようにして、労働者を保護しようとしています。 どうして左翼のキチガイたちは自分の家を貧しい難民に解放しないのでしょうか。ナンシー・ペロシはその子供たちを養子にすると言って、1人もやっていないではないですか。なぜ彼女は自宅の壁を取り除かないのでしょうか。貧しい人たちを入れてあげなさい。 みじめなほどに不合理です。ですから平均的な民主党の左翼のキチガイは低レベルで、この宇宙で最低のIQの人々だというのです。彼らの信じられないようなプロパガンダを見抜くことができないというなら、金魚と同じほどの記憶力を持っているというほかありません。毎日絶え間なく「トランプを殺せ」と繰り返しているのです。そして共和党議員が撃たれました。 ハフィントンポストの記者は、「暴力的なレジスタンスが効果的であるには組織されなければならない。このような単独の狙撃犯は有効な場合もあればそうでない場合もある」と解説しています。彼らは文字通り、もっとちゃんと組織したほうが良いと言っています。非難や怒りはどこへいったのでしょうか。トランプを模擬的に殺す演劇を支持していることに対する責任はどこにあるのでしょうか。キャシー・グリフィンやハリウッド・カルトの有名人たちはいつも、トランプを殴りたい、トランプを叩きのめせ、彼の首を切り落としたいと言って血に染まった首をツイッターやインスタグラムに投稿しているのです。このようなことは狂っています。 その結果どうなるでしょうか。それは、煽られて加熱した左翼カルトの実際の狂った要素に行きつきます。高性能のライフルを入手して、白いタイツと赤いシャツを着て野球をしている罪のない議員を殺害、暗殺するということです。ばかげたことであり、みじめなことです。彼らは暴力を求めるという本性を現しています。彼らは無実の人々を殺したいと思っています。時間の無駄だから議論をしたくないと思っているのです。自分たちは質問されたくないのです。ですから反対意見をすべて検閲したいのです。 それは家庭詐欺連合と同じ昔ながらの全体主義の性質です。「検閲しろ」と言っていますが、討論しに来れば打ち負かされます。なぜなら嘘を元にして主張することはできないからです。 そしてあと数日すれば、煽られた狂った人たちが、「アメリカを再び偉大にしよう」の旗を持った人々を銃で襲うのです。ちょっと町をドライブしてみてください。そうすれば銃で撃たれるでしょう。(訳注:スクリーンに実際に起こった同様の事件の記事) 私たちは、またオルタナティブ・メディアも何度もそれについて話してきました。ワシントンDCで行われるデモ行進にジョージ・ソロスが2億ドルの資金援助を行っています。彼は何億ドルという資金をトランプ弾劾のための暴動につぎ込んでいます。反トランプの弾劾暴動が7月2日に行われようとしています。もちろん彼は、このようにしてウクライナを不安定にさせたのでした。彼はそれを始めるためにアメリカとヒラリー・クリントンとオバマを利用したというのに、ナチを植え付け、ロシアのせいだと言ったのです。 ビルダーバーグのタワーでふんぞり返っているキチガイの戦争屋は、国や経済、人命を破壊しています。これまで以上にまったく危機的な状況です。 善良な人々は自分を守ることができます。私たちはこれから良くなるのではなく悪くなるのだと話しました。韓お母様の犯罪は天宙的な危機をもたらすと話しました。そしてその結果として世界はもっと混乱に陥ります。私たちが韓国は3年で崩壊すると言ったとき誰も信じませんでした。そして実際に3年で崩壊したのです。 ペンシルベニアが世界の大統領を選ぶ場所になると言ったとき、誰も信じなかったのです。そして北東ペンシルベニアは、世界のトランプ大統領を選んだ場所となりました。彼は今、文字通り世界の大統領として行動しています。キューバのカストロや、マドゥーロを追及して人々を解放しなければ禁輸や課税を行い、制裁を加えて滅ぼすと言っているのです。ラテン系の人々は本当にそれを感謝するでしょう。なぜなら彼らはカストロやマドゥーロから逃れるためにそれらの国から逃亡してきたからです。 翻訳:BAMBOOS にほんブログ村

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【字幕映像追加】9月23日以降、家庭連合の救いはなくなるのか-5月26日質疑応答から

【字幕映像追加】9月23日以降、家庭連合の救いはなくなるのか-5月26日質疑応答から

在韓日本人女性が、韓国語で次のような質問をした。 「(天の大いなるしるしが現れる)9月23日以降は、家庭連合の食口に対する救いが無くなると二代王はおっしゃったと聞くが、本当ですか」 それについて質問内容を英語で説明されながら答えられる。 (二代王) 彼女の質問は(今年の)9月23日に大きなことが起こり、その後は家庭連合のメンバーたちの救いはなくなる、という内容を二代王の話として聞いたのですが・・・というものです。彼女がどこでそういう話を聞いたのか知りませんが、そのようなことを言った覚えがない、と私は答えました。9月23日はヨハネの黙示録12章で予言された「天の印」が現れるときです。 「一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。 1その女は身ごもっていた」というものです。黙示録ではそれが艱難の中間点だということです。これについてすでに話をしたのですが、艱難の中間点では何かが起こるでしょう。家庭連合にもはや9月23日を超えると、救いが無くなるのでは、という彼女の問いに答えるなら、私はそのようなことを話していないということです。 人々には悔い改める余地が残されています。しかし悔い改めたとしても堕落人間として戻ってくるのです。だから神の血統に再びつながるための条件を立てなければなりません。家庭連合の一般の食口が悔い改めて戻るとき、お父様が血統転換のために定めた条件、祝福式、三日儀式、蕩減棒摂理、40日聖別期間がすべて必要です。しかし、家庭連合の公職者が戻るとなると話は違います。これらの条件をすべてやらなければならないのは同じですが、しかし、各々の犯罪のレベルに応じて、天一国の法律で裁かれなければなりません。なぜならその者たちは、反逆に加担し、天一国に対して反政府的扇動を行ったからです。公職者は積極的に韓氏オモニを支援して、プロバガンダを展開し、金銭をかすめ取り、一般食口を道連れにして、神の王国から道を外れたのです。クーデターに参加し、国家反逆罪を犯し、執拗に扇動をおこなってきました。よって、法で裁かれるべきです。実体の天一国が創建されるとき、公職者は、法の裁きを受けるのです。もちろん裁判所からの呼び出し、証拠の提出などの手続きを経るでしょう。その時点で解決されるのです。 それに対して一般食口は、そこに加担せず、略奪階層にも属していません。組織から金を受け取る連中です。しかしそうであったとしても、彼らに追随しました。ヒトラーにつき従った愚かなナチス党員と同じです。自分達の「愚かさ」ゆえにそうしたのです。「鈍感」で「馬鹿」であったから、韓氏オモニと共に堕落し、神の血統を失い、サタンの血統に戻り、韓氏オモニの異端と堕落の血統を継ぐことになったのです。悔い改めて戻るとき一切の地位も特権もありません。ただ悔い改めの態度だけで戻らなければなりません。そしてお父様が用意された条件を立てて、再度、血統転換するのです。しかし一般食口は天一国の祝福に招かれ得るでしょう。ただ彼らは、シープルであり、上から来る命令に盲目的に無条件で従う者たちなのです。社会的に戦略的に。指導者達に煽られ流されたのです。だから罪は相対的に小さいかもしれませんが、しかし彼らも自由意志でそれを選んだのです。まあしかし、公職者の幹部たちのような反逆と扇動の行為からは免れました。ここに違いがあります。クーデターを助け、その一部だった連中です。必ずしもそこまで(一般食口)は関与していないでしょう。 聖書では艱難の期間の中間でキリスト教徒に対して大きな迫害が来るとあります。もうそれが始まっているのです。キングズレポートでも話しましたが、「ファー・クライ5(far cry 5)」というビデオゲームが登場しました。そのゲームの中の悪党テロリストとして、アメリカの聖書を信じるキリスト教徒の銃所持者が描かれているのです。モンタナ州が舞台です。 政治的サタン主義者がプロパガンダを開始しました。そしてっ聖書を信じるキリスト教徒、修正2項に従い銃を所持する者たちを怪物として描いているのです。ゲームでは白人ですが、全キリスト教徒が対象です。 ここで一年以上、警告してきました。どんどん悪くなり、迫害は激しくなると。主流左翼が押し進めています。政治サタン主義者がしきりに左翼を押しているのです。主流派が行っているので状況は悪化します。キリスト教と神様、キリスト教的倫理観への全面攻撃です。 イスラムも同じ宗教だ、イスラムの方がよりより文明をつくると言いながら、キリスト教を相対化しています。こういうことがますます勢いを増すでしょう。主流になることでしょう。ソロスなどの悪党が、資金を提供して7月にはアメリカ国内で内戦を起そうとしているのです。ますますエスカレートする状況を目にしています。暴力に訴えることを呼びかけています。左翼は内戦のボタンを押そうとしています。それは神様と神側のトランプ大統領が小児愛者に対して攻撃を仕掛けているからです。トランプは4か月間に3千人もの小児性愛者を検挙しました。 トランプは小児性愛者ではなく、子供を犯し殺してその肉を喰らう、ネットワークの一員でないことが分かります。サタンのカルトに属していません。全国の警察が捕まえた3千人の小児性愛者たちは小児性愛のすべての根源がワシントンDCからきていることを知っているのです、それは民主党です。共和党なりすまし、とブッシュとつながりをもつ者です。お父様はブッシュに言いました「あなたはサタン世界の王だ。レバレント・ムーンの言うことを聞かなければならない。そうしなければ滅びる。」と。 これが現実の理由です。 「トランプを殺せ」を連呼し、今、内戦を起さなければ、トランプとキリスト教精神、子供と貧しい者たち、寡婦を守るキリスト教に、小児性愛ネットワークは破壊される・・・。悪魔はそれを知り、トランプに戦争を仕掛けているのです。このようにキリスト教に対する迫害は厳しくなるのです。トランプがサウジアラビアを訪問した翌日に「イスラムテロを支援しろ、さもなくば、お前は敵だ」というプレッシャーをかけたのです。翌日に(イギリス)マンチェスターで自爆テロです。無垢の子供も殺しました。左翼の仕業です。人々が望むように安定化に向かっていません。ますます悪化しています。一年にわたってこの話をしてきました。良くなる前に、悪化します。一種の浄化です。神様は天国を力づくで取り戻そうとはなさいません。屈服することで救いがあるからです。 韓氏オモニはそのサタンの血統をもって神様と王権と王の前に、屈服しようとはしませんでした。オモニは神の国を基盤を盗み取りました。しかし最も重要な核を奪うことはできませんでした。それは王様と王権です。これは盗むことができません、なぜならオモニのものではないからです。これらはすべて神様が神の王国を全世界規模で復帰しようとされる御計画のプロセスです。 サタンが神の王国から奪ったものを取り戻そうとされるのです。聖書は「天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている」といっています。あなたの秤で、終わりの日に秤とられるのです。 力で奪い取った怪物たちは、終わりの時にはそれが自分にかえってくるのです。悪魔の王国は同じ力で奪われるでしょう。良くなる前に悪くなるでしょう、しかし、それは神様の王国を実体で迎えるための必要な過程なのです。 にほんブログ村

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わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども、わたしから離れて行け-「恩寵を相続する王国」 英語説教6月11日から(その3)

わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども、わたしから離れて行け-「恩寵を相続する王国」 英語説教6月11日から(その3)

「恩寵を相続する王国」Kingdom Grace Inheritance 6月11日【英語説教日本語訳】 アメリカ建国の父は知っていても、その次の世代について聞いたことがないでしょう。 迫害と試練、01:05これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。 テサロニケ第2(1:5) 神様はすでに私達の性格や善行、を知っておられ、われわれは正しい行いをするかもしれないが、決して完璧ではないから誇らないということも、またわれわれが正しい時に正しいことをする、決して(家庭連合の)売春婦のように、権力と地位とお金のために不名誉なことはしないということも予めご存知でした。私たちは「善」を選んだのです。なぜなら、権力、地位、金を基礎としてとして、永遠に存続する文明、4千年の時を超えて存続した文明などあったためしがなかったからです。むしろ文明は、人類に、サタンの誘惑にたいして立ち向かう力を与える、永続する価値、永続する原理に基づくべきなのです。神様が任命した、自由と責任をもつ導き人、支配者となるべきです。 「01:05これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです。」 「01:06神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、 01:07また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。」 「01:08主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。」 マタイ福音書では、イエス様はこういわれています。 「[7-21]  『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』[23]しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告する。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』」 そして日に投げ入れられるのです。 あまりに多くの者たちが「私は(お父様を)愛しています・・・」などといってきました。そうではなかったのだ。その者たちはただ、自分の地位とお金そして権力を愛していたにすぎない。正しい選択をして、迫害を受けるのはもうごめんだ・・・知り合いからもそっぽを向かれたくない・・・。嘘つきで口先だけの者たち。 キリストを中心として生きそして死ぬことによって、少年は大人の男性に、少女は大人の女性になるのです。真の人間を、天使長の奴隷である偽りの人間から区別します。主体的な者と奴隷のような非主体的な者を区別するのです。 「神様は正しく、神の人々に休息を与えて下さいます。」 そして「そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります」、なんということでしょう。聖書に「神様が罰を与える」と書かれているのです。 神様が罰する・・・なんと、イエス様が罰するというのです。 「神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者・・・」つまり、神様の計画を知るだけではなく、従うということです。愛と信仰と従順、福音に従うためには、まず愛をもっていなければなりません。神様は偽りの行いを基にする従順は求めておられません。真実の愛に基づくものを求めておられるのです。愛するから従うのです。神様に傷跡を残したくないから従うのです。神様を愛するから、傷つけて傷跡を残したくないのです。 配偶者を愛するから淫行をしないのです。 同じように、お父様の命令に従うのは、お父様を愛するからです。お父様が残された権力の座にすわり、贅沢を続けたいだけの韓オモニとは違います。 お父様は最後の最後に、全世界に向けて、「オモニが自分をもはや愛していない」という事実を示されました。オモニはお父様を怒らせたのです。自己崇拝の言い訳欲しさにオモニに従う、全体主義者で傲慢なナルシスト、いかさまで偽りの女性たちは、最初から最後まで失敗者だというのです。哀れです。 いかなる文明もそのような、弱くて哀れな悪魔主義的な人々の基盤のうえには建てられることはありません。ただの一つもありえない。 「神を知り、主イエスの福音に従う者は・・・」ここでいう福音は、イエス様自身がいっておられるように、「王国」のあらましを描く福音でした。これまでの説教を通してこれは見てきたことです。 イエス・キリストの福音は、王国の福音です。 「彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう」(1-9) 地獄とは、神様のおられない場所です。神様から切り離されて、永遠の時を過ごさなければならないのです。霊界では神様こそが生命を支える力なのです。生命の根源から切り離される永遠の死、延々と繰り返される痛み。霊界では、神様こそ光の源泉、生命の源です。 しかしすべてこれは、あらゆる男女の決断に委ねられています。選択で分かれるのです。 ある神学者がいいました。 「神様は人を地獄に送る必要がない。自ら好んでそこに行くのだ」 神様はそれを許さざるを得ません。「そこまで私を憎むのなら、私をお前の父だと認めたくないのなら、そうしなさい。離れて暮らすがよい。」 パウロはさらに、こういいます。 「また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように」 パウロは、あらゆる願いの成就を願っているのではなく、「善を求める」あらゆる願い、と言っているのです。人は馬鹿げた願いをもつこともあります。「善を求めるあらゆる願い」であるということです。福音の善、神の国の善です。そのような願いを神様は成就させて下さるのです。神様は全能であると同時に、信仰者なのです。ご自分の義に立つ者への約束に対して絶対的に忠実なお方です。その者が完全だからではありません。神様を抜いては、取るに足らない者なのです。 「信仰からなされたすべての行い。それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです」 先週、「身代わりの償い」について話しました。「身代わりの償い」が成立するためには「身代わり」になるものがどのようなものでなければならないか。例えば裁判所の判事が、犯罪者を前にして、「よし、道で歩いている者、誰でもいいから連れてきなさい」と命令して連れてこられて者に対して、「この犯罪者の罪は、お前に移した」などということは決して許されないし、まともではありません。とんでもない判事であり、とてつもなく不正な判事です。 先週これについて、学びましたね。「身代わりの償い」として成立するためには必要な基準があるのです。前近代社会には、「身代わりの償い」を行っている様々な文化がありました。他の人の罪をあがなうことのできる人がいました。立ち上がって「自分が彼の罪を代わりに引き受ける」と言えば成り立つのです。古代世界のある文化ではそれがありえたのです。しかし近代では、普通ではありませんし、そのような話も聞きません。しかし、哲学では、「神の正義の哲学」、「神の法理学」においては、法哲学、罰に関する哲学が存在するのです。 このテーマで多くの文献書籍があります。この神の法理において「身代わりの償い」は先の例では、正当とは認められません。 まず条件の1番目は、罪を犯したものと、贖罪するものが同じ特性をもっていること、同じ特性に対して、罰することができなければなりません。だから神の前に罪を犯したとするなら、神の前に犯罪者であると同時に、単なる赦しで、償うことのできる遺恨などではなく、「犯罪」を構成します。 だから裁判官が「10人の人間を殺したのか、だが赦してやろう」などとは決していうことはできない。とんでもない裁判官だというのです。恐ろしい国です。罪は犯罪であるということを理解するなら、善なる神様がなぜ、悪を罰するのかが分かります。ダイエット・コーラのようなキリスト教を信じる者、気分が良くなる神様だけ信仰する者たちは、人間の罪が犯罪である、といわれると気分が良くないのです。善なる神様が、善であると同時に悪を裁くということを認めたくないのです。善良な裁判官が国の正義を守るために悪を裁くのと同じ理屈です。そこから逃げることはできないのです。 家庭詐欺連合も郭グループも、「罪が犯罪である」などと夢にも考えたくないのです。自分たちが裁かれたくないからです。しかし天一国が実体で創建されるとき、反逆罪で罰せられます。異端の団体から金を受け取った幹部はすべて裁かれるのです。 神の善と義にもとづいて、良き裁判官のするように罪は裁かれなければなりません。たとえ心が痛んだとしてもそうしなければならないのです。そうしてこそ法と国家の完全性を保持できるのです。 誰かがその罪の身代わりに償うとするなら、同じ特性をもつ者がおこなうこと、だから山羊や虫では駄目です。「裁判長、この蟻を私の代わりに裁いて下さい」とはいえません。同じ特性をもつ者でなければ。人間の罪は人間でなければ償うことはできません。人の機能をもつ者でなければならないということです。 条件の2番目は、償う人はその自由意志で行わなければならないということです。「私がやります。私が彼の罪を代わりに償います」と明言しなければならないのです。通りすがりの人では駄目な理由は、自らの意志で選択したのではないからです。だから義にかなっていない。このたとえ話を聞いたとき「ありえない!」と良心が反発を感じたのは、それが義にかなっていないからです。裁判官の命令で、無理やり連れてこられた者が、なにをしたというのでしょう。犬と散歩していたかもしれないのです。 自由意志が必要です。3つ目の条件は、罪を代わりに償う人がその決断を下すに十分な程度の自分の人生における権限をもっていることが必要です。例えば胎児では、自分の意志を示すことができません。 次に条件の4つ目です。身代わりになる人は、神の正義によって裁かれるのだから、そのような罪、すべての罪を代わりに償うことのできる能力をもつ者でなければなりません。だから「神の人」でなければならないということです。条件5番目とからんで、身代わりになる人は自分のために贖罪する必要のない人でなければなりません。これは先週見てきたことです。つまり、その人は神様に対して、いかなる負い目ももたないということです。完璧に罪なき人でなければなりません。いかなる罪も犯していない人です。 私は法律家ではありませんが、法律では、「法的擬制(legal fiction)」と呼ばれる概念があります。フィクション(擬制)ですが、法律的には実体的です。ウィキペディアでみてみましょう。 「法的擬制は、裁判所によって仮定され、または作成された事実であり、法的規則を適用するために使用される」 だから法律の世界では十分に裏付けられた概念です。また十分に分類されています。いくつか例をみてみましょう。たとえば養子縁組がそうです。 (ウィキペディアから読まれる) 「養子縁組がなされると、生物学的な両親のいずれか、または両方が、法的に子供に関係しなくなり・・・」これがリーガル・フィクション(法的擬制)と呼ばれるものです。現実ではありませんが、法律では用いられるのです。分かりましたか?これで間違っていないですね、ジム。ジムは弁護士です。 「法人格」というのも擬制のひとつです。 このように、イエス・キリストが他人の罪を代わって償うなどということは理屈が通らないし何の法的根拠がない、と主張する人々は明らかに間違っています。一般の法理学でも社会で、リーガル・フィクション(擬制)の存在を認めているのです。キリストによる贖罪がフィクションだといっているのではありません! 翻訳:管理人 […]

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「栄光の賜物」が絶対正統である理由-永田教授

「栄光の賜物」が絶対正統である理由-永田教授

永田博士の異端家庭連合についての考察 第2弾 1,アボニムの正統天一国国歌 2,「栄光の賜物」からみるメシア・アボニムの唯一性・絶対性 3,韓氏オモニの改ざん国歌 4,神不在の改ざん天一国国歌 5, 歴史認識、世界認識、人間認識が欠如した改ざん国歌 6,過剰なキーワードの羅列 7,亨進ニム・荒野で呼ばわる者の声 にほんブログ村 天一国国歌の研究 「栄光の賜物」が絶対正統である理由 永田正治 masaharu nagata (高麗大学歴史学科卒業 日本学博士) 1,アボニムの正統天一国国歌 2006年、アボニムは「栄光の賜物」を天一国国歌に定めました。みずから作詞し、国歌とするほど愛された栄光の賜物は、メシア・アボニムを象徴する聖歌であり、ご自身の「信仰の告白」であり、キリスト教の「主の祈り」にも相当する至高の価値を有する歌です。本来、メシアが定めた国歌が未来永劫、天一国の絶対正統国歌であり、それを改ざんすることが罪であることは議論の余地もありません。 ここで、あえてこの問題を論じるのは、天一国国歌改ざんが、韓氏オモニと家庭連合が行なってきた、アボニムの伝統を葬り去る最初の策動であり、多くのことと関連する、きわめて象徴性が高い事件だからです。「アボニムの正統国歌」と「韓氏オモニの改ざん国歌」を比較することによって、「無原罪の独生女」、「真の父母の完全一体」などの虚構を打ち砕くことができるのです。  2006年、天正宮入宮が行なわれました。天正宮は、清平聖地の豊かな自然にかこまれ、美しく威厳があり、世界のどの王宮にも引けを取らない素晴らしい宮殿です。  入宮に際しアボニムは、「栄光の賜物」を天一国国歌と定めました。しかし、この歌は、絢爛豪華な天正宮と似つかわしくないものです。「栄光の賜物」の歌詞は、アボニムが、入宮から56年も前に、北朝鮮の興南監獄から解放された後によんだ詩です。死線を越える過酷な苦役を終え、なにも持たず、みすぼらしい姿で弟子を訪ねたときによんだ詩なのです。  「栄光の賜物」は、「統一教会は、自由天地から始まったのではなく、最低の立場、監獄から出発したことを思いなさい」というみ言に直結し、この天一国国歌の背景と内容に込められた高い宗教的、内的基準があればこそ、天正宮がアボニムの伝統を相続でき、世界、人類を救済する強力な中心地であり得るのです。どんなに威厳ある宮殿でも、アボニムの精神がなければ、ただの世俗の豪華な建物と変わりないものになり、宗教的生命を失ってしまいます。 1 はるかに輝く栄えの光 強く生きよ自由の生命 この地の果てまで目覚め立て   生命の光、永遠にあり 生命の光、永遠にあれ 2 呼びて求むる栄えの主よ 大いなる姿は 天地を抱き 蘇きた生命はいずこにと   尋ぬる君を如何に迎えん 尋ぬる君を如何に迎えん 3 死から蘇きたこの我は 蘇かしたお方に抱かれて 永遠の愛と恵みの声   いついつまでも喜びを いついつまでも讃めまつれ 4 栄に入るのも主の恵み 愛に満つるも主の恵み 崇め崇めて奉れども   足らぬこの身を如何にせん 足らぬこの身を如何にせん  1番は、興南監獄から解放された喜び、2番は、自分を訪ねてくれる神、3番は、神に生かされ抱かれる喜び、4番は、神の恵みの大きさと悔い改めです。2番から4番まで、テーマは神への感謝と愛です。「栄光の賜物」は、アボニムが神と極限のなかで出会った心情を吐露した、神主義を体現した歌で、物質的栄華を超越した本質的精神が息づいているのです。 このアボニムの心と深く共鳴していた子女様がいました、それが亨進ニムです。天正宮入宮に先立つ講演のなかで、亨進ニムは、「世界の食口が苦労しているのに、宮殿か —–?」、「私はある行動をしたいと思います」と言って、壇上から降り、会場にいたお婆さんと黒人食口の足を洗ったのです。聴衆は驚きに包まれました。私は、長い信仰生活のなかでも、こんな感動的場面を目にしたことがありません。 天正宮入宮をまえにして、高い精神的価値をもつ、栄光の賜物を国歌にしたメシア・アボニムと、キリスト・イエスのように、食口の足を洗った亨進ニムの行動は、心情の発露をおなじくし、まさに成約時代、新約時代の両キリストを象徴する歴史的役事でした。当時、アボニムの天正宮は、世界救済の中心として、盤石の内的基準をそなえていたのです。 2,「栄光の賜物」からみるメシア・アボニムの唯一性・絶対性 まず、私たちが考えなければならないことは、「栄光の賜物」を作詞した1950年当時は、天一国も、聖婚も、統一教会さえもない時代だったということです。この歌には、韓氏オモニも、子女様も、私たち食口もいないのです。ただ、メシアであるアボニムが、神と二人だけで歩まれた時代でした。この事実に、メシアの「唯一性」と「絶対性」という神の救済摂理の核心が反映されています。 メシアとは、自体が信仰の目的体であり、希望の目的体であり、愛の目的体であり、また、全人類の信仰の結実体であり、希望の結実体であり、愛の結実体である。(み旨の道) 「栄光の賜物」のストーリーは、神とメシア・アボニムの関係が絶対テーマです。「栄光の賜物」の国歌制定には、この関係を、永遠に天一国国民に伝える確固たるみ心があります。 それはまた、神と人類の仲保者であるメシアの「唯一性」が、神の救済摂理にとって、他に比類ない重要性をもつことを教えます。人間の歴史にかつてなかったような両者の深い心情の絆を中心に、すべての人類に救済の光が及ぶのです。 その内面世界を表現し切った「栄光の賜物」は、歌う人々が、自然と、神とメシア・アボニムにつよく心情が引き付けられる国歌なのです。 「栄光の賜物」の背景から分かる、神の救いの要諦は、救世主である「メシア・アボニム」であり、「メシア・アボニム」あってこその「真の父母」、「天一国」、「統一教会」であることです。もし、アボニムと韓氏オモニ、天一国、統一教会との関係性が救済摂理にとって最重要ならば、2006年の時点で、アボニムはそれらが盛り込まれた歌詞の国歌を制定されたはずなのです。 アボニムにとって、家庭連合が唱えている「アボニムと独生女の一体による救済」は、アボニム30才の北朝鮮における受難期も、86才の天正宮入宮期も、そして聖和に至るまで、すなわち全生涯にわたり、第一義的重要性を持つものではありませんでした。家庭連合が主張する救済観は、アボニムの救済観とちがうのです。 家庭連合は、真の父母様の勝利で聖婚が行なわれ祝福・救済の道が開かれた、とします。しかし、それよりも、聖婚に至るまでの、アボニムの血と汗と涙の歩みが重要なのです。それがなければ、そもそも何も成就しませんでした。救済摂理の第一義的重要性はこの苦難の路程で、アボニムはそれに勝利しました。聖婚、祝福はそれが「形」になったものです。「形」より「内面の勝利」が重要です。だからこそ「栄光の賜物」を国歌に定めたのです。 それは何にでも言えることです。天才ピアニストの演奏会も、天分をもって生まれついた運命と、血のにじむような練習があればこそ可能で、すばらしい演奏会という結果より、出発と過程が重要なのです。 韓氏オモニは、アボニムと自分が一体と主張しますが、どこまでも、唯一のメシアとして、また絶対主体としてのアボニムの優位性を認め、対象として同参する一体化です。ですから、オモニはアボニムに侍ったのではないでしょうか。そして、アボニムの苦難と勝利の歩みは、「アボニムのもの」として、一人の食口のような気持ちでほめ讃えるべきなのです。アボニムの聖和後、韓氏オモニは真の父母完全一体という名のもとに、アボニムの苦難と勝利の歩みをそっくり自分の功績にしているのです。 また、アボニム30才という年齢が意義深いことは、世界宗教の教祖の歩みからも悟ることができます。イエス公生涯開始30才、釈迦出家29才、孔子学問確立30才など、世界三大聖人も同じくらいの年齢が最も重要な時代でした。三宗教では、これら聖人は、唯一、絶対の存在です。アボニムにとって、興南監獄の受難期は、三大聖人の歩みと同時性をなし、その基準を越えた時代でした。 アボニムに「あなたの人生の絶頂期はいつでしたか?」と問えば、おそらく30才、興南監獄時代と答えられると思います。ですから、86才になったアボニムが、あえて、56年前の「栄光の賜物」を天一国国歌に定めたのです。 実にそれは、私たちも同じなのです。修練会の主の路程で、最も涙を流すのは、興南監獄の受難の場面です。「栄光の賜物」は、統一食口にとっても他に代えられない聖歌であるとともに、神・アボニム・食口を、深い心情で結びつける掛け替えのない国歌なのです。 韓氏オモニは、ご自身があらわれず、正しい救済観を教え、メシア・アボニムに食口の心情が集中してしまう「栄光の賜物」は、自身が「無原罪の独生女」になる道を決定的に閉ざす、極めて都合の悪い国歌でした。そのため、突然の聖和から基元節という混乱期に乗じて廃したのです。 その目論みは成功しました。5月14日、韓氏オモニの東京公演では、アボニムの言及が一切なく、独生女の強調に終始しました。本来、アボニムを証しに日本に来るのが、オモニの使命なはずです。なぜ、韓氏オモニはメシア・アボニムを前に立てず、常に自分を主張するのでしょうか?アボニム不在で自分を誇るのがオモニの話の定番テーマなのです。むしろ、祝福2世の小村聡士さんのほうがしっかりアボニムを証していました。オモニより二世がアボニムを証する。これはどう考えても変なことではないでしょうか。 […]

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5月26日王様の質疑応答から-「第4アダム」の神学

5月26日王様の質疑応答から-「第4アダム」の神学

(質問者) 今朝お父様の「第4アダム」についてのみ言を訓読しました。 それについて詳しく教えてくださればと思います。 (二代王) 確かにお父様は一時期、第4アダムについてよく語られました。特に郭グループはプレストン(顕進ニム)がそれだとか言って、大いに普及させました。なぜなら、彼らはお父様が王冠をかぶせた王権を否定したからです。二大陸で3度行われた歴史的事実です。それは誰も否定できません。繰り返しますが、私がそうしてほしいといったのではありません。お父様が王冠をかぶせられたのです。お父様の命によって。第4アダムという概念は非常に普及しましたが、それをもってメシアより高い位置に置きました。 お父様がまだ地上に居られるときに、「すべて戻しなさい」というお父様の指示を無視する際の口実にしたのです。お父様の命令は聞かなくてよいと。お父様は基盤を元に戻せとおっしゃったからです。だから盗んだのです。自分が腐心して作り上げようとした「第4アダム」神学を使って。お父様は生きておられ、すべてを返せと言っておられるが、「返しません。それがお父様の為になるのです」などといって-(笑)。覚えているでしょう。 自分たちのプロパガンダとして第4アダムの概念を普及しましたが、もちろんそれはインチキな、お父様が語られた内容に込められた意図を捻じ曲げたものです。 お父様の語られた第4アダムの意味は、お父様の次の世代の人々が、いかに第3アダム、完成したアダム、再臨のキリストの文化をそれぞれの祝福家庭が継承するか。それぞれの個人が、特に第4アダムの位置にある夫が、いかにして、完成したアダムの勝利を相続していくのか、そして氏族メシアを出発するのか。しかし繰り返しますが、お父様に替わることはできません。 自己崇拝したい人びとや家庭連合はこういいます。「お父様は私を氏族メシアにされたのだから、私がメシアでもはや、(真の)メシアは必要ない」。これはとてつもなく愚かな物言いです。異端のニューエイジ的解釈です。キリストの唯一性を知ろうとしません。 それは全く、全くもって、神様から離れた貧しい状態に他なりません。だからお父様は氏族メシアを、お父様に代わる者として、お父様を必要としない、自分がメシアになるという風に立てられたのではありません。自分の氏族における、メシアの代弁者となり、メシアの外交使節、大使になれというものでした。つまり、そこでメシアについて教え、メシアに導く、氏族メシアとして中心に位置するメシアに導くのです。真実と生命について力をもったお方、中心存在です。 異教徒を見るとき分かるでしょう。いつでも同じことをやります。お父様のみ言葉をキリスト教的文脈で見ることができない。そもそも、そんなことはできません。統一原理はキリスト教の背景をもって生まれたものです。そこまでしなくても、歴史的宗教学の観点からみても、(家庭連合や郭グループの)神学はうすっぺらでいい加減なものです。それで逃げ切ろうとするわけです。お父様の言うことを聞かず自分勝手に行なってきた自分の行動をそれによって正当化したいのです。宗教学という学問の観点から見ても、まったくいい加減で杜撰(ずさん)なものだというのです。まともな理論的整合性に欠く、神学というよりは政治的言い逃れにすぎません。 統一原理、原理本体論教育からキリスト教的世界観倫理観、聖書を取り除くことなどできません。しかし、人々はいかに都合よくキリスト教的倫理と聖書、とくに聖書的啓示と神様の預言を排除することでしょうか。 そこから離れて、何が氏族メシアか。ただ自己崇拝したいだけでしょう。自分を神と同等なものとみなしたいのです。お父様が自分に神になる許可を与えて下さった、位置をくださった、などといって。完全に、そして明白にお父様を裏切りました、そのようなことをして・・・。もちろん、そのような人々がお父様の家に入ることはできません。 天国に行けば、お父様の所に行こうとするでしょう。しかし、とてつもなく強力で、危険な者たちがお父様の傍(そば)にいることを知っていますか?あなた方を讒訴できる者たちです。それが誰かと言えば・・・国進ニム(笑)・・と、二代王です。 お父様は愚かな方ではありません。人生と目的の中心にお父様をおいている者たちをご存知です。また一方で、お父様の教えをゆがめ、利己的脚色をつける者たちもご存知です。キリスト教的文脈や聖句から切り離して、自分たちに都合のいい姿にメシアを改造し、神様を改造する。 韓オモニも郭グループも同じことをしているのです。このうちだれが王冠を授かりましたか?誰もいません。お父様から油注がれ、後継者、相続者、代身者に指名されたものはいないのです。お父様から王冠を戴けなかった理由があるのです。正統がないからです。 (質問者) キャリー・ウィリアムスからの補足質問をします。 今朝の訓読で、神様は第一の創造主でありアダムは第二の創造主、アダムとエバは第三の創造主だというお父様のみ言がありました。アダムがなぜ第二の創造主であり、アダム、エバが第三の創造主なのでしょうか。 (二代王) 神様は第一の創造主であり、神様の種からアダムが生まれました。アダムは神様の種をもつ第二の創造主であり、アダムがエバと一つになれば、彼の種がエバに宿り、ともに次世代の創造主になるのです。アダムは創造の起源となる(神様の)種の所有者です。神様から受け継いだ種をもつがゆえに、創造の要素を付与されたわけです。それがエバの胎に宿ることで、ともに次世代の創造主となるのです。すべては種にさかのぼるのです。すべてです!創造という言葉さえ誕生と結びついているではありませんか。 翻訳・字幕:管理人 にほんブログ村

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神様の王国は霊的なものにとどまらず、実体的なものでもあるということです―王様質疑応答5月26日から

神様の王国は霊的なものにとどまらず、実体的なものでもあるということです―王様質疑応答5月26日から

つまり、王国での教会の役割は、福音を伝え広め、祝福式などを主催したりする媒体となることです。王は教会の頭(かしら)となり、そこに多くの補助的な部門が枝分かれして、もはや王はそれらを財政的にコントロールしないのです。しかし、信仰と共通の信念で結ばれています。それは社会の中で機能しますが、それ自体まだ王国ではありません。教会を実際に王国だとみなしている福音派教会は多くあるのです。そこでは神様の王国は霊的なものにとどまらず、実体的なものでもあるということです。真の主権をもち、真の領土と国民を具体的な場所に備える国でなければなりません。こういうことをずっと話してきました。それは絶対的に重要なことなのです。    -2017年5月26日王と王妃の質疑応答から 1969年にお父様が創業したイェファ・ショットガン&エアライフル会社の当時のメンバーたち サンクチュアリNFL公式facebookページより 翻訳:管理人 にほんブログ村

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 「恩寵を相続する王国」 英語説教6月11日から(その2)

 「恩寵を相続する王国」 英語説教6月11日から(その2)

「恩寵を相続する王国」Kingdom Grace Inheritance 6月11日【英語説教日本語訳】 頭のおかしなリベラルたちは、カトリック教会と同じで、イエス様を弱々しくローブをまとってふらふらしている人物に描きたいのです。修正主義者だというのです。イエス様は自分でムチをつくって、それをもって、神殿で両替商人たちを打ちすえたのです。計画的行為だということです。攻撃することを思い立って、そのための武器をつくり、それを手に持ち、悪党たちを神殿から追い出したのです。しかもイエス様の攻撃は非常に巧みだったのです。 人々は、まむしの血を受け継ぐもの、白く塗られた墓です。そして父親はサタンです。 イエス様は悪に対しては、手厳しい、上品ではないのです。愚かなリベラルが勝手に作り上げたいイエス様ではありません。彼らは自分たちを上品に見せますが、反対する者には地球上で最も寛容でない者たちです。 彼らの中央権力に反対でもしようものなら、中央による教育、これに反対しようものなら間違いなく監獄行です。危険人物です。国とは別に銃をもつなどと。それは絶対に駄目だ。 全体主義的性質がむきだしになります。だからイエス様を弱々しく歩き回る人間に仕立て上げるのです。小声でキーキーつぶやく人に。イエス様は当事者、主役だというのです。イエス様こそ一家の頭(かしら)なのです。冗談はやめなさい、この愚かで頭のおかしい者たち!あまりに哀れです。 聖句を見ると、 「あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません」テサロニケ第2:1章3 これは「絶え間ない感謝(constant Thanks giving)」と呼ばれるものです。神様に常に感謝をささげるのです。私たちは必ずしもそうしていません。神様は私たちの貴重な、名誉ある人々の中に置かれました。何という大きな祝福でしょうか。それは必ずしもわれわれの人格が優れていることを意味しません。ただ貴重な人々とともにいること。これが大きな恵みだというのです。強盗の巣の中にはいないのです。世界中の笑いものになっても意に介さず、神様を愛し続ける。それが素晴らしいのです。それこそ神の国の真の宝です。見せかけだけは仲良くやっているフェイク(偽りの)学術の世界にはもううんざりです。裏では憎しみあっているのです。アイビーリーグや超名門校によくあることです。マルクス主義者が運営しているのです。小学校から大学まで、すべてです。支配しようとする者たち。子供たちを洗脳して国を信仰させようとしているのです。哀れとしか言いようがない。 哀れなあなた方にイエス様は見えない。 そのような人々、そのような天使長的人々には。 イエス様は一家の頭(かしら)なのです。 キリストはこの天宙の頭(かしら)です。だからキリストがボスを決めるのです。だから全体主義者は嫌うのです。天使長は嫌うのです。「一体どうして神はアダムとエバに、生育せよ、殖えよ、万物を従えよ…などといわれたのか」といって。従えよ(dominion)とは、菜園でも造るということですか。そこでトマトなどを作ることですか。弱々しくなれ、攻撃されても無抵抗で受け止めろという思想にかぶれることですか。 それは馬鹿げたことです。サタンの神学です。そのサタンの政治システムも、そう信じ込ませるのです。他人を傷つけない、善良で道徳的な人々は、侵略者から人々を守ります、それが自然な本能だからです。他の善良な人が、危害を受けると黙っていません。罪のない人々を守り、寡婦を守り、子供を守ろうとするのです。黙って子供たちが小児性愛者に売られていくのを見ていないというのです。 トランプはこれまで1万人の小児性愛者を逮捕しました。アメリカだけでその数が1万を超えたのです。信じられません。だからワシントンDCで大騒ぎです。小児性愛者のコミュニティはワシントンDCにまでつながるからです。彼らはパニックです! ウィナーやヒラリー・クリントン、ポデスタ兄弟、ビル・クリントン、ジャック・エプスタイン、皆正体が明らかになりました。 司法、検察もトランプによって強化されました。ゴーサインを出したのです。そのバケモノたちを追っています。だから彼らはトランプを亡き者にしたいのです。暗殺したいのです。内戦をすぐにでも起こしたいのです。シャリア法に基づき暴動がシアトルでも、フィラデルフィアでも激しいのです。神様はアメリカで許しませんでしたが他の国で、昨日、おとといと起こっています。暴力、逮捕、ペッパー・スプレー、大騒ぎです。 とんでもない時だということです。文字通り世界を牛耳るサタンの群れが、全世界の人々の目の前で内部爆発を起こしているのです。驚くべき時代です。 常に神様に感謝するのです。神様は良きお方です。キリストの名のゆえに、世間の非難と嘲笑、あざけりにも動じることなく、富と快楽と世間に受け入れられることを優先させてこなかった人には真の見返りがあるのです。 正義があります。聖句は何と言っていますか。 神の判定は正しく、神は正しいことを行われます。神様の正義の中に、善と悪の分立が起こるのです。聖句の前半で、神の人が互いに慰めあいなさい、といっています。それによって信仰は成長し、神の知識を得ることで信仰は育つのです。ペテロ第一、3章8節です。天一宮の池のそばの石に刻んでいます。 救い主、キリストの恩寵と知識において成長しなさい。神がどのようなお方であるのか知りなさい。父を知りなさい。再臨主を知りなさい。 自分勝手に心でイメージを作り上げてはいけません。自分の都合のいいように曲げてはいけません。あなた自身をキリストに合わせるのです。決して簡単ではないかもしれません。迫害され、あざけられるでしょう。しかし、最後の最後には正当化されるでしょう。名誉と美徳があります。あなたを超えて血統とともに継続するのです。名誉と正義と徳。それはそれは貴重です。この世の金、銀を超えるものです。 あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。 これはテサロニケや他の教会で喧嘩や争いがなかったことを意味するのでしょうか。そんなことはありません。喧嘩も争いもありました。殺し合いはしませんでしたが。 家庭詐欺連合では、韓国の老幹部、日本人指導者グループが殺し合いでもやりかねません。、ウェスタンの指導者たち、権力をめぐって競争です。文字通りの殺し合い。互いに消してしまいたいのです。ところが表面上は、そぶりも見せません。平和を愛するふりをして。もはやショーです。組織内にいたものは皆知っているのです。公にはイメージ作りのために、いい雰囲気をつくりだしていますが、PC(ポリティカル・コレクト)のイメージです。現実ではありません。サンクチュアリ人も喧嘩します。それはそれでいいのです。ただ殺し合いはしないで下さい。兄弟姉妹の意見が違えば喧嘩します。殺し合わなければいい。物理的に傷つけあっては駄目です。それが指針です。 わたしたちは事実を隠しません。なぜなら人間は時に意見を異にするからです。しかし基本において我々は意見は同じです。あの人は嫌い、この人は気に入らない・・・なんであれ構いません。 「キリストとともに立ち、迫害され嘲られてもともに行く」これに異を唱える人はいないでしょう。われわれはこれには反対しないのです。(天一国)文明の核心部分です。天一国憲法にも反対しないでしょう。核心だからです。天一国の法です。お父様の三代王権にも賛同するのです。お父様はどういうお方か。ここにも同意します。様々な人間と性格があって色々なことがあります。お父様の代身者としては「次は何ですか?」というのみです。解決しましょう。はい、次の方どうぞ。 大したことではないというのです。 自由が大きくなれば、ますます神様を知ることができます。関係性です。お父様をもって知るとき信仰はより成長します。お父様像を歪めず、創作せずに。そのままのお父様を受け入れるのです。そのままのお父様を愛するのです。これを韓オモニにはできなかったのです。お父様をそのまま愛することができずに、かえって自分の幻想の世界、韓国ドラマの中の姿を求めました。そうしてきたのです。そしてバビロンの淫婦になりました。お父様を裏切って、背中から刺したのです。世界の目の前で。もう人々も自分の目で見ることができます。自分の口で語っているというのです。関係です。自分の都合でお父様を捻じ曲げないで、お父様に合わせて自分を曲げるのです。なぜなら、お父様が中心だからです。 サンクチュアリのコミュニティの中にいろいろな人がいて、意見が合わない時もあるでしょう。しかし根本には大きな愛がるということです。サンクチュアリのすべての人々のこれまでの個人個人が行ってきたことに対して、世間から疎んじられ嘲られてきたことに。友人もすべて失って・・・・。共通の敬意を払うべきです。誰もできない時に難しい選択をしたのです。たとえ目に見えなくても、根底に愛があります。根源的な敬意です。根本的な感謝です。 これはパウロがテサロニケの人人に向けて語った内容です。 わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。 裁きにも耐え、神様の判定は正しい。 勇敢な戦士は最後に賞揚されなくとも、神様が称賛してくださるでしょう。これまで常に2級市民の立場でした。韓国幹部たちの奴隷でした。阿呆な指導者の。しかし神様は御存じです。あなたの先祖、あなたの性格をご存知です。神様があなたを選んだのです、神様があなたが持っているものを知っておられたからです。後から来る人たちはずっと楽に来れるでしょう。受ける憎しみも第一波によって軽減されるからです。しかしその第一波、3%の人々によって独立革命にアメリカは勝利しました。重荷を背負い、戦争を戦ったのです。その後アメリカで暮らす者たちは、少なくとも200年間、大きな自由と主権の中で暮らすことができました。建国の父は、選ばれた少数です。すべてをかけたのです。同じような歴史があらわれたのです。天一国の先祖がいま自由と責任と権威の中で生きています。それに相応しいからではありません。ひとえに神様の恩寵の故です。キリストの勝利の故に、万王の王、キリストの勝利の故に得たのです。天国は現れます。これらの人々が忘れられることはないでしょう。   翻訳:管理人 にほんブログ村

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「一体誰が創設者の意を体現しているのか。彼らは完全に破壊されるでしょう」英語説教6月11日から(その1)

「一体誰が創設者の意を体現しているのか。彼らは完全に破壊されるでしょう」英語説教6月11日から(その1)

「恩寵を相続する王国」Kingdom Grace Inheritance 6月11日【英語説教日本語訳】 天国の善き人びと。虐げられても、嘲られても、サタン主義者によるポリティカル・コレクトにも屈しはしません。罪悪感をもたせて、主権を放棄させようとするのです。サタン主義者の足台にしよう、支配しようと欲しているのです。それは地上の地獄、地獄の王国に他なりません。 この写真のいいところは、あらゆる議論を最前列に呼び込むことです。家庭連合も郭グループも、再臨主、お父様を都合のいいように描きます。お父様がどのような文明を目指すのか、どのような天国をつくろうとされたのか。まるでお父様が国連職員であるかのように描いています。あるいは、ヒラリー・クリントン政権の政治顧問か何かであるかのように。いい加減にしろというのです。 まったく大笑いです。彼らや彼らのブレイン・デッドの子供たちが何やらあれこれ言っているのです。阿呆な子供たち、親は公職者でサラリ-をもらって。もうお父様を信じてもいないくせして。給料のために愚かにも争っているのです。それが彼らの偽らざる姿です。「ああ、なんてことを‥御父様ならそんなことは・・・」。愚か者だというのです。アボジは私の実の父なのです。愚かものたち。信じられないくらい愚かな者たちです。 私の父であるだけではなく、私は相続者、後継者なのです。私が自分でそうなりたいと言ったのではありません。多くの者たちのように「自称」後継者ではありません。討論が始まれば明らかになるでしょう。お父様がなぜ銃器事業を始めることが重要であったか、み言も出てくるでしょう。韓国でも最初に始められた事業でした。最終的には韓国でバルカン砲まで製造しました。仮に軍事衝突が勃発すれば、それで共産主義者の「再統一」に対抗できるでしょう。共産主義者の「統一」を目指しているのです。全国民を統一して支配下に置くためです。彼らにとってはそれが「統一」の意味です。それが韓国で進行中です。文在寅はミサイル防衛システム、THAADをストップしようとしています。狂気の沙汰です。 この写真をあげるやいなや、ミクロ-マクロです、今週の大ニュースは、チェコ共和国での出来事でした。チェコ共和国では全体主義EUの反対にもかかわらず、銃所持の権利が認められました。「われわれ市民の銃所持の権利にEUが反対することを許さない!」といったのです。チェコの大統領が公の場で、「国民全員が武装することを支持する」と発言しました。チェコはドイツのすぐ隣の国です。 この写真が出るやいなや世界で、旋風が起きたのです。ミクロの銃所持が、マクロ(世界)で大嵐を呼んだのです。今EUの国家間で闘っています。彼らはEUがヨーロッパのソビエトだと悟ったのです。EUは、一時言われていたようなユートピアではなく、ソビエト型の選挙で選ばれていない官僚による支配が行われているのです。人の人生に口をはさみ、国々を規制しようとしています。あなたの町が他の国からあれこれと規制されるのです。まったく気違い沙汰です。ヨーロッパの人々も気づき始めたのです。移民危機で地域社会が破壊されようとしているのです。経済難民によって。まさにヨーロッパ文明を内部から破壊しようとしているのです。最も急進的なスウェーデンはいまや強姦のメッカになっています。子となる文明をせっせと受け入れたからです。中東、北アフリカの人々が流入すると、ヨーロッパを維持することができません。 EUが崩壊し始めました。1千万のひとびとがEUのクソッタレ、お前たちの銃規制など従いなどするものか。1千万人です。壮観です!ポーランドやハンガリーもこれに続くでしょう。人々は目覚め始めています。自分を守ることができなければなりません。それは人権です。成長する樹でさえ自分を守ります。ちいさな植物ですら自分を守ります。自分個人を守れなくてどうしますか。それは自然権です。自分を守れないものは人ではありません。悪から自分を守ることは神の国では絶対的中心です。絶対の礎石だというのです。 また先週、リチャード・パンザーたち一行がベルギーに行った時、大きく家庭詐欺連合と郭グループの欺瞞を暴きました。徹底的に家庭連合と郭グループを粉砕しました。その異端の神学を。すると今週何が起きたか。ヒラリー・クリントンとその一味が、コーミー(前FBI長官)の議会証言によって大変なことになっています。彼の自爆です。コーミーは自分の偽証を認めたのです。以前は、「圧力は受けていない」といっておきながら、「圧力があった」と証言したのです。オバマ政権当時の司法長官ロレッタ・リンチから圧力を受けたと。リンチがやって来て捜査は辞めろと。コーミーの偽証が明らかになりました。宣誓証言です。クリントンがFBIの捜査に介入したと認めたのです。捜査をやめさせ、ヒラリーが3万の法律を破ったスキャンダルです。e-mailのリーク。コーミーは今回の件をもって自分が臆病者であることも世間に晒しました。腐敗に対して立ち上がり真実を語らなかったのです。それに加えて、トランプとの私的な会話の内容をリークしました。これは連邦法違反です。 コーミーは、法を破り、臆病者であると認め、犯罪者である自分をさらけ出しました。ロレッタ・リンチとヒラリー・クリントン、そしてオバマ政権の犯罪も。これでロシア・ゲートも終了です。トランプが完全に正当化されました。とてつもなく大きな自由の勝利です。彼らは自滅しました。すべて嘘です。権力を守るためには嘘のつき放題です。少しでも権力を長引かせようと嘘に嘘を塗り重ねるのです。自分の組織が揺れ始まると・・・内部の人間はいかさまに満ちていることを知っているのです。嘘がどんどん大きくなるのです。家庭詐欺連合も郭グループも同様です。もうお金がないのです。お金を払って人をつなぎとめているからです。ヒラリー・クリントンと同じです。オバマと同じです。すべてが白日の下になってきています。FBI長官ですよ!FBIのトップです。地上でも最高峰の権力者です。哀れにも自爆し、過去の政権の犯罪行為も明らかになりました。ミクロとマクロの関連です。 公開討論会です。世界中の大学教授たち、大歓迎です。家庭詐欺連合の異端的神学を検討するのです。世界の学術界の前でやろうではないですか。郭グループも、異端の教説をもって参加しなさい。一体誰が創設者の意を体現しているのか。彼らは完全に破壊されるでしょう。嘘の上に論を組み立てることはできないのです。マクロ(世界)も同じです。 次から次へと勃発です。ミクロとマクロの連関性は即座に現れるのです。シャリア法にしてもそうです。 今度は8月ですか、10月ですか。若者も参加しなさい。場所はワシントンDCですね。終わりの日の摂理の進み方の速さには驚くばかりです。光速のような速さです。9月23日に向けて光速で進みます。天の印があらわれる日でした。黙示録にある通り、女が太陽をまとい、12の星の王冠をかぶり・・・9月23日です。NASAのページから何回もお見せしました。 全く信じられないことが目の前で起こっています。神様が大きな恵みを与えて下さったので、摂理の中を進んでいくことができます。ペンシルバニアを文字通り摂理の中心におかれました。この州が、この州の北東部が世界の大統領ドナルド・トランプを決定したのです。ここが、勝敗のカギを握っていたのです。ここが激戦地だったのです。最後の鍵です。ペンシルバニア州全体というよりもその北東部です。もちろんお父様が私たちをここに送られたのには理由があります。地域に対する私たちの影響力を即座に高めて下さいました。そして神様が働かれました。信じられません! この地域の有力者はトランプに票を入れるような人たちではないのです。そこに(エリック)トランプがトミーガン・ショップ(KAHR)に来て、2時間以上かれらと話をしました。その後われわれが会ったら、彼らは「トランプに入れる」と言い出したのです。全く驚くべき話です。神様の役事をみました。興奮すると同時に恐ろしいのです。嵐の真っ只中にいるかのようです。 このように真実があらわれ、家庭詐欺連合や郭グループの嘘を排して、真のお父様が顕現されました。略奪とクーデター、裏切り行為を正当化するようにお父様を書き換えたのです。将来、間違いなく裁かれ、罰せられることでしょう。そういうこともありながら、私たちは加速度的に、神の国に向かって進んでいます。神の王国が、どのようなものであり、自由と責任の王国がどのようなものになるのか。前進するたびに、どんどんはっきりして来るでしょう。われわれは神の恩寵の中にいます。摂理を導かれるお父様の恩寵の中にいるのです。ワクワクする時代です。 さて先週の続きですが、「恩寵を相続する王国」です。テサロニケ第2の手紙から読みましょう。先週はテサロニケ第一を読みました。今週は第2の手紙に入ります。先週の話に関係します。読みましょう。1章の第3節から第12節まで、一緒に読みましょう。   テサロニケ第2の手紙 1章3節から12節   01:03兄弟たち、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。また、そうするのが当然です。あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。 01:04それで、わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。 01:05これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです。 01:06神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、 01:07また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られるとき、神はこの報いを実現なさいます。 01:08主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。 01:09彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。 01:10かの日、主が来られるとき、主は御自分の聖なる者たちの間であがめられ、また、すべて信じる者たちの間でほめたたえられるのです。それは、あなたがたがわたしたちのもたらした証しを信じたからです。 01:11このことのためにも、いつもあなたがたのために祈っています。どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。 01:12それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。 翻訳:管理人 にほんブログ村

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「神氏族メシヤ即位式」の名称について

「神氏族メシヤ即位式」の名称について

  日本サンクチュアリ協会HPより 亨進二代王様の御指示により、日本でも「神氏族メシヤ即位式」を行うようになりました。   これに当たり、何名かのメンバーより「神氏族メシヤ」ではなく「新氏族メシヤ」ではないかとの問い合わせをいただきました。真のお父様の御聖和後の2014年11月19日付けの(統一教会の)公文によってこの変更が発表された故の混乱だろうと考えます。   2007年の春、真のお父様は全世界200カ国で「天宙平和神文明開闢宣布大会」を持たれました。   その中で「環太平洋圏に安定と平和が定着するとき、人類の平和も保障されるでしょう。怒濤のごとく押し寄せてくる周辺の強大国の途方もない津波を、単独では阻止することができません。環太平洋圏のすべての島嶼国が一つに団結し、神様が願う神文明圏の祖国を創建しなければならない時が来ました。」と語られ、天宙平和を神様の祖国創建として実現して欲しいと願われました。   これらの大会の中で、真のお父様に「新氏族メシヤも神氏族メシヤですか」という質問があり、お父様がそれに対して「そうだ」と仰ったことを江利川会長が直接聞かれています。このような経緯から、「神氏族メシヤ」が正しいことをここにお知らせいたします。 (2017/6/12)     にほんブログ村

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韓オモニは「鳩を裂く」ことに失敗しました。孝進兄、興進兄について-5月26日亨進様ヨナ様質疑応答から(その2)

韓オモニは「鳩を裂く」ことに失敗しました。孝進兄、興進兄について-5月26日亨進様ヨナ様質疑応答から(その2)

(質問者) 三代王権について質問します。三代王権はどの時点で完成すると考えることができますか。 三代目の王が王位にある間ですか、それとも三代王が聖和されて四代目に継がれる時ですか。なにか、明瞭な境目があるのでしょうか。 (二代王) この問題は韓オモニの過ちという観点からお話ししてきました。韓オモニの失敗の結果、真の父母の使命は、三代に延長されて完成されることになったのです。真の父母の完成は三代王権を介して果たされるのです。イスラエル民族を立てるという約束はアブラハムに与えられましたが、それはイサク、ヤコブまで待たなければなりませんでした。その後、実際に民族が立てられました。 約束は事前に与えられているのです。お父様はアダムとしての責任を完全に果たしました。ところが韓オモニは「鳩を裂く」ことをしませんでした。その結果、摂理は、イサク、ヤコブの世代まで延長されることになったのです。われわれはイサクの世代です。すなわち、鳩を裂かなかったために、荒い鳥が舞い降り、すべての捧げものを奪っていったのです。それと同様に韓オモニが、自分自身を裂かなかった結果-サタンから自分を切り離して、お父様の血統と王権の前に屈服することができなかった結果、オモニはサタンに奪われたのです。お父様の遺産も、サタンに奪われることになったのです。 イサク世代の者たちは、だから祭壇に上がって、失ったものを取り戻すために犠牲になる覚悟をもたなければなりません。三代王の継承が、失ったすべてを取り戻すときになるでしょう。三代王の治世の開始するとき、王妃(ヨナニム)は、かつてここで象徴的に捧げた祈祷を、実践しなければなりません。今王妃は、様々な訓練を通してその日のための準備をしているのです。最後の欠けたピースを王妃が埋めるとき、真の母の使命が成就するのです。実際の真の母、真の王妃。自己愛(ナルシシズム)を断ち、支配と権力への欲求に勝ち、それらすべてを投げ捨て、万王の王の願いに栄光を返すのです。たとえ地上に居られなくとも。 オモニは自分の信仰と力で、お父様がおられなくても、一人で超えなければならない試練でした。それに失敗したのです。 三代王が王位に就くとき、われらの王妃は全人類の真の母となること、これを確信しています。真の王妃になるでしょう。 (質問者) もう一つ伺います。孝進ニムと興進ニムは今、霊界に居られます。お二人は真の父母様の孝子として聖和されました。お二人はどうなるのでしょうか、何かお二人との思い出はありますか? (二代王) 興進兄さんは・・・何歳年上だったでしょうか、おそらく20は年長だったと思います。いや、15~18才年上でしょうか。だから世代が異なるのです。しかし私が本当に幼い時、興進兄さんがいつもそばに来て、沢山私の写真を撮ったり世話をしてくれたことを覚えています。赤ん坊の頃の私は可愛かったのだと思います。だから興進兄さんが取った赤ん坊の頃の写真が山のようにあるのです。何か、ジープに乗っていたことを覚えています。でも、はっきりとは興進兄さんのことを覚えていません。国進兄さんは沢山、思い出があるでしょう。ある時、サイコロを興進兄さんに投げつけて、こっぴどく殴られたことがあります。いつでも、人物には表に出ない面もあるのです。家庭連合は、どうにかして神格化させたいようですが、兄さんも一人の若者です。いたずら好きで、弟たちを時には痛めつける・・・。 孝進兄さんのこともよく覚えていません。多くの問題を抱えていましたが、お父様に対して、忠孝の人でした。それは皆が、確実に知っていることです。しかし二人を神格化するのは間違いです。何か月前の質問と同じです。そこで、オモニの母親について、あるいはお父様の、両親について質問されました。そのような人々を神格化しないようにしなければなりません。キリストが中心であり、頭(かしら)なのです。お父様の位置はわれわれの信仰にとって、唯一のものなのです。それを理解することが本当に大切です。 孝進兄さん、興進兄さん、二人とも、個人的な問題は別にして、お父様に対して本当に忠実な兄たちでした。お父様への愛は本物でしたし、お父様に悪意を抱くことは決してありませんでした。しかし、神格化しないように注意しなければなりません。多神教の真似をして二人をパンテオン(神殿)に祭ってはいけないのです。地上にお父様の生ける代身者がいて、天上に万王の王がいるのですから。     翻訳:管理人  にほんブログ村  

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み言を訓読していれば、王国も王権も必要ないのか?-5月26日亨進様ヨナ様質疑応答から

み言を訓読していれば、王国も王権も必要ないのか?-5月26日亨進様ヨナ様質疑応答から

2017年5月26日の王と王妃の質疑応答の中で、ある質問者が以下の主旨の質問をしました。 「 私がサンクチュアリに来るきっかけを、次男が作ってくれたが、今彼は『お父様のみ言の中に六世代を過ぎれば完成した人間になるというものがあり、お父様のみ言を信じていればいい』と主張している。このように韓お母様の間違いを理解していながら、よりどころなく放浪する人達に向けて一言お願いします」 この質問に対する亨進様、ヨナ様の回答です。 知らなければならないことは、摂理には中心人物がいるということです。 そこを通して摂理は進みます。一般に人は自分が「中心人物」だと思い込んでいます、そうでないにもかかわらず。分かりますか。 それは偶像崇拝と同じです。自分が中心だというのです。自分さえ完成すれば、神様の王権も王国も、メシアも神様も必要ないという。 そうすると神様の祝福から遠ざかるのです。それも自分の選択です。息子さんがどういう意味で言ったのか私は詳しくは知りませんから、ここで問題をはっきりさせました。 韓オモニは、摂理において他の女性と異なっています。摂理において中心的役割を担っていたのです。原理もそう教えています。中心人物がもし失敗すると、世界に壊滅的な結果をもたらします。なぜなら中心的位置に選ばれているからです。 だからただ「あなたも完成できる」という聖句に固執して、自分も中心人物だなどと考えるなら…実際そう考えている人もいるのです。それは愚かな考えであり、天使長的です。中心摂理から離れるからです。そこではあなたが中心ではありません。 中心摂理は、真のお父様と、その王統を通してもたらされる実体の王国です。ここが理解できないところがキリスト教世界観が分からない人々の問題です。多くの日本人食口、キリスト教の背景をもたないアジアの食口の陥るところです。キリストの中心性を重んじなければなりません。キリストなしでは、価値なき者にすぎません。汚れたボロ切れであり、神様の前のただの罪人に過ぎません。たとえ完璧に善行を行ったとしても、仏教の瞑想、神道の祈りを続けても、ただ「人間的完璧に近い」というだけです。マザーテレサの10倍、善行を積んだとしても、神様の前では汚れた罪深い存在にすぎないのです。自己崇拝するとき、自己中心の思いに満ち、嘘をつき、神の栄光を奪っているからです。父の栄光を自分のものにしているのです。大きな罪人です。パリサイ人の問題は、他の宗教者もそうですが、自分が何か相応しいことをしたから救いを得る、と思っているところです。それがキリスト教と、他の多くの宗教との違いです。とてつもなく大きな違いです。すべての宗教は、善い行いをすれば、良い見返りがあると教えます。 善行を行なえば、救いも得るし天国にも行ける、解脱者になると。すべては自分の行いに基づいているのです。すべて自分次第です。すべての宗教がこう教えています。一体なぜお父様が王権を打ち立てたのか分からなければ、その人はまだ堕落した宗教圏内にいるのです。キリストの中心性を理解していないからです。キリスト教的世界観をもっていません。だから王権がなぜそこまで重要なのかが分からないのです。神の摂理、神様の世代を超えてつづく王国と王権とから離れて個人の完成はありません。それは神様ご自身が立てられたものではないですか。中心になりたいというのは人間の傲慢です。私たちは中心を選ぶことはできないのです。中心は神様が選ぶのです。私が中心になることを選択したのではありません。神様が私を中心に選んだのです。私が望んだことではありません。ただそれを果たさなければばらないからここにいるのです。私の選択ではないのです。ここが善行に基づく他の異教との違いです。そこでは自分の行いが自分を清めるといいます。キリスト教は現実を突きつけます。マザーテレサもキリストを抜いては罪人に過ぎないのです。すべての善行を行い、何百の孤児院を建てたとしても、まだ利己的で、政治的に動き、神様の栄光を自分の物とし、生命と祝福を与えて下さった真の栄光に相応しいお方にそれを返さない限り…神様とは関係ないところでの自己完成など何の価値もないのです。 パリサイ人も自分たちは完全だと思っていたのです。神のみ言葉をもち、モーセのみ言葉をもっていると自負していました。そして生きた神殿、生きたキリスト、神様の実体であるイエスに従わなかったことが問題だったのです。屈服しなかった。 確かにお父様はわれわれにみ言葉を残されました。しかしその実体も残されたのです。それが私です。そして息子、信俊を残されました、お父様が選んだのです。お父様のみ言葉を訓読したから、お父様の権威に戻れたのではないのです。家庭詐欺連合もみ言葉を訓読しているのです。皆さんがいまお父様の権限のもとにいるのは、お父様御自身が立てられた摂理のラインにつながっているからです。私が立てたラインではありません、お父様が立てられたのです。分かりますね。だから王権が非常に重要なのです。それは皆さんが世代を超えてお父様に仕える道なのです。万王の王の直系である天一国の王を通して。皆さんの権利は天一国憲法から来るのであって、6年かけて自分を完成させ、ブッダのように、あなたが成ったからではないのです。 キリストが全人類のためにすべての苦難を受け、血を流し、一万の十字架を超えられて、皆さんに恩恵として与えられたから、そして王国と王権をたてられたからなのです。だからあなたの権利が守られるのです。あなた方が何かを成したからではないのです。それにふさわしい善行を行ったわけではありません。皆さんが偉大だからではなく、キリストが偉大だからです。これが違いです。 仏教や神道など、他のすべての宗教との違い・・・皆さん様々な文化圏から来ているので、宗教や信仰の理解がそれぞれの文明に基礎を置いています。その背景からじぶんを切り離さなければなりません。それは神様の文明ではないからです。お父様のみ言葉を読むからと言って天国に行けるのではありません。悪魔もお父様のみ言葉を読むのです。家庭詐欺連合は、3冊の異端の経典をもっていますが、それがお父様のみ言葉だと主張して、そのみ言葉を読んでいます。しかしお父様の王国にも、お父様の館にも入ることは許されません。 お父様のみ言葉を読むことが必ずしも、お父様の家に入るとは限らないのです。大きな違いです。 お父様はみ言葉だけを遺(のこ)されたのではありません。肉的王統も遺されたのです。私は二代目の王ですが、あとに何代、何十代と続くことでしょう。だから未来のすべての世代が、万王の王の直系ラインに実体的につながることができるのです。すべての王国の中心、全世界、全天宙、神様の御旨と創造目的の中心です。それがキリストです。キリスト教では、イエス様を抜いては、人間に何の価値もないのです。私もそうです。仏教や神道など他の異教では、あなたは何にでもなることができます。神様を超えることもできるというのです。神にもなり、完全になるというのです。非キリスト教の文化圏のアジアの兄弟姉妹にとって、「完成」という言葉は本質的に仏教的、神道的に響くのかもしれません。そこを意識しなければなりません。聖書的ではないのです。だから「六世代で、清くなり完成する」ということが重要なのではありません。むしろ重要なものは、神の国と血統、摂理の流れの中心、摂理の動きと共に、血統を通して世代を超えて動くこと、これです。 質問の詳しいニュアンスまでわかりませんが、とにかく、これについて、全く的外れな主張をする人たちもいるので、その人たちに向けて、こういう答え方をしました。これで答えになりましたか? どうですか。 (ヨナニム) 私からも、短くお答えします。王様の発言に関連することです。みなそれぞれ、お父様のみ言葉を訓読していると言っています。郭グループも訓読しています。様々な分派も、お父様のみ言葉を訓読して、どうだこうだと言っています。しかし本当にお父様をメシアとして信じ、み言葉を大切に思うのなら、その人にとってお父様の代身者こそもっとも貴重なものではないでしょうか。「(亨進ニムは)代身者だ」というのもお父様のみ言葉です。しかもそれはほとんど遺言に近いものではありませんか。真のお父様が本当にメシアであり、そのみ言葉を重要と思うのなら、このみ言葉こそ最も重要なみ言葉ではないでしょうか。だから六世代み言葉を信じていれば完成するなどと納得するのは矛盾しています。亨進二代王がいつも言われるように、王の位置は自分で決めたものではなく与えられたものです。これは私たちの行いに由来するものではないのです。純粋に神様の賜物であり、ここで、お父様に選ばれた、などとと言って誇っているのではないのです。「お父様はあなたを選んでいません、残念でした」などと言いたいのではないのです。私たちはただお父様のみ言葉を皆さんと共に地上で尊重したいのです。だからここにいるのです。 (二代王) 5%の責任分担があります。お父様はその責任を私にくださいました。私はその5%を果たさなければなりません。もちろん私が失敗しても摂理は継続します。王妃も同様に三大王が王位を継承するとき彼女の責任を果たさなければなりません。責任分担があり、自由意志があるのです。しかし、あなたの質問を正しく理解しているならば…郭グループも三代王権は必要ないと言っています。韓オモニも王権は必要ないと言います。ただみ言葉だけで十分だというのです。そういいながら、自分の都合のいいようにみ言葉を選びだしたり、切り捨てたりしているのです。自分達に好ましいみ言葉を選んでいるのです。すなわち郭グループであれ異端者であれ違いはないのです。どちらもお父様の家に入ることはできません。この(質問内容)ようなことを言う者も同じです。 「モーセの律法があるから、われわれにはイエスは必要ない」とかつてユダヤ人が主張したことと同じです。同じことをしているのです。決して「必要ない」ことなどないのです。イエス様が絶対的に必要であることはキリスト教徒なら皆知っています。イエス様を抜きにして神様の下に帰ることなどできないのです。イエス様が必要です。イエス様は王国を創建し、王権を立てられました。地上の実体的な王国をみ言葉と共に。み言葉と王権は切り離すことができません。人が選べることではありません。お父様はそうされませんでした。自分の好きにはできないのです。もしそうするのなら、異端を選択したということです。すべてあなたの選択次第です。 翻訳:管理人 にほんブログ村

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「異端の家庭連合、正統のサンクチュアリ教会」

「異端の家庭連合、正統のサンクチュアリ教会」

  明日6月11日の首都圏礼拝は、柳在坤(유 재 곤)ユ・チェゴン鮮文大学名誉教授が「異端の家庭連合、正統のサンクチュアリ教会」という題で講話をされます。まだ席に若干の余裕があります。興味ある方々は是非、御参席ください。ちなみにユ教授は、真のお父様の自叙伝「平和を愛する世界人として」の日本語版作成委員も務められました。 参加申し込みフォームはこちらから↓ にほんブログ村

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6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その3:完結)

6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その3:完結)

名誉の王国 Kingdom Honor さて、身代わりの償いの問題ですが、神様が何の罪も犯していない無実の人に罪を負わせることは公平なことでしょうか。善なる神様がそのようなことができるというのでしょうか。 あなたが何か罪を犯したら、裁判官が「身代わりの償いをさせることにします」と言って、町を歩いている人を見て「あの人を捕まえて連れてきなさい」、「あなたはこの人の代わりに罪を償いなさい」と言ったとすれば、それを偉い裁判官だと言うでしょうか。それはその裁判官の正当性と道徳的性質を示すのでしょうか。それは奇妙なことです。法律学的に見ても良い裁判官とも良い人とも思えません。 このような身代わり(代理人)が成立するために必要な5つの要素とは何でしょうか。 1番目に、罪が同じ性質で罰せられるために、罪人と代理人に共通の性質がなければなりません。そしてもちろん、動物の生贄では十分でありません。 2番目に、代理人の自由意思による同意が必要とされます。その人は自由意思のボランティアでなければなりません。先程のたとえ話で裁判官が町で誰かを適当に選んで罪を償わせると言う話をしましたが、問題はその人が自発的にやっていないことだということが分かります。裁判官が自分の権限でそうすることを申し付けたとすれば、そのような裁判官は悪でしょうか善でしょうか。他人の権利を侵害しているのですから全くの悪です。彼は正義を司っているのですから、それは悪だと言えるのです。 ですから同じように私達とその罪、犯罪のために身代わりになろうとする人は、そこに自由意思による同意がなければならず、自発的にそうすることを選択していなければならないのです。 3番目に代理人は、正当にそれに甘んじることを決定できる、自分自身の人生に対する力を持っていなければなりません。彼は同意しているだけでなく力を持っていなければなりません。18歳以下であるために代理になるために両親がサインするようなこととは違います。 4番目に代理人は、私達すべての人に由来するすべての罰に耐える力を持っていなければなりません。それはつまり、神人(キリスト)が要求されるということです。普通の人は自分自身の罪の重荷を持っていますのでそれができません。それに加えて私達すべての人の罪の身代わりになろうというのですから、私達によるすべての罰を償うことはできないのです。それは彼が自分の罪も持っているからです。 キリストについて言えば、それはお父様の言う本体であって、神様が地上に現れた本体である方は自分自身の罪の重荷を持っていないのです。これは独生女についてもまったく同じで、韓お母様は、お父様は罪があるが自分は罪が無いと言っており、罪が無いという問題全体が非常に大きいということなのです。なぜならそれが神人を決定し、誰がキリストであるのか否かを決定するからです。 ですから代理人は力を持たなければなりません。それは簡単です。すべての罪の罰を耐えることができるために、罪がないこと、完全に無実であることです。なぜなら彼が私達の罪を、世界中の罪を負っていながら更に自分自身の罪も負うなら、彼はすべての罪による罰に耐えることはできないからです。ですから彼は罪が無い者でなければならず、それで彼はすべての罪を負うことができ、すべての罪に対して正義が下されるようにできるのです。 5番目に代理人は他人にも自分にも満足を与える必要がないように、罪のない人でなければなりません。彼は神様に何の負債も持たない人でなければならず、罪のない人でなければなりません。それは4番目ともつながりがありますが、これで身代わりの償いがある場合に必要な5つの主要な点が分かりました。 神様とイエス様との関係性という観点だけではなく、私達はお父様の価値が分かります。お父様がどのような道を歩まなければならないか理解するとき、それは私たちが蕩減の道と呼んでいるものです。そしてお父様がどのような正義を自分自身にもたらさなければならなかったのか。お父様は罪人や人類と共通の性質を持っておられました。ですからその代理となることができ、そして有罪であるという同じ性質で罰を受けることができました。 お父様は自分で選択しなければならない自由意思による同意をしていました。それは人間の側として選択しなければならなかったのです。イエス様がゲッセマネの園で御心のままになさってくださいと言って選択しなければならなかったのと同じです。この盃を去らせてくださいと求め、自由に、自由な働きとして決定しなければなりませんでした。 これは非常に重要な問題なのです。なぜなら、前のスライドに戻りますが・・・絶対に間違いのないバロメーターと言う話があります。バロメーターというものを知っていますか。それは気圧を教えてくれるものです。絶対に間違いのないバロメーターというものがあったとします。つまりどのような環境であっても、100パーセントの正確さで未来の気圧の予測を示してくれるということです。それは今から1分後、10分後、そして100年後や1万年後の気圧が分かるのです。絶対に間違いのないものです。 ここでの問題は、信仰という点で私たちが神学的運命論と呼ばれるものに陥ってしまうかもしれないということです。それは決定論とはことなるものです。神学的な運命論と言うのは、神様は私が選ぶものを知っていて、私が選ぶものを運命づけているというようなことです。ですからもう最初から終わっているのです。私がやることも分かっているので私は自由意思を持ってはいないということです。それが神学的運命論と呼ばれるものです。 その問題は、この絶対に正確なバロメーターの例を理解していないということです。そのバロメーターは今日も明日も、1000年後も1万年後の気圧も分かりますが、それはそのバロメーターがその気圧を作っているわけではないのです。それがここでの勘違いです。それが私たちの自由な働きの話の良いたとえになっています。それはもちろん身代わりの償いの2番目のポイントです。 自由な働きは、私達がロボットのようにならず、神様と愛を授受するために重要です。それは天一国憲法の根本です。神様が人間に与えた贈り物と言う点で。もちろん神様がその中心です。 しかし、もしあなたが試練を受けた最後のときに立ち上がったことを神様が知っていたら・・・しかし神様はそれが起こるようにしたのでしょうか。神様は知ってはいたのです。しかし、それが起こるようにしたのではありません。 王妃がおいしい寿司をここに持っていて、とてもおなかがすいていたとします。地虫かミールワーム、爬虫類とか・・・いっそミミズのパスタだとしましょう。彼女はその2つの料理から選ぶのですが、私は間違いなく100パーセント、彼女がミミズのスパゲッティではなく寿司を選ぶことを知っています。しかし、私が彼女に寿司を選ぶようにさせたわけではありません。私は彼女のことを良く知っていただけです。少なくともそこで彼女が寿司を選ぶとはっきり分かっていました。 神様は私たちが何をしようとしているか分かっていますが、しかしそれは神様がそれをもたらしたのでしょうか。神様は私たちのことをとてもよく知っておられるので、私たちが何をするか分かるのです。しかし、私たちがそれを行うことを選ばなければならないという意味で、そこには依然として自由の働きがあります。 その様な意味で神様は、予知はできても、ある結果になるように運命づけることはできないのです。前もって知ることはできてもそれをもたらす事はできず、私達は依然として自由な働きを持つのです。これが絶対に間違いのないバロメーターのたとえについて人々が間違うことなのです。彼らは神学的運命という観点からそれを理解しています。そして予知と因果関係の性質を理解していません。神様の予知は物事が起こる原因とはなりません。最終的に私達は選択しなければならず、自由意思が働くのです。代理に対して自由な同意が要求されるということです。 さて成約の時代で天一国の王国についてこれを考えてみましょう。なぜキリストの身代わりの償いの性質には自由な働きがなければならないのか分かるでしょう。それは私たちが救われるために絶対に重要です。キリストの側での自由な働き、そして私たちの側でもそれを受け入れることを決定しなければなりません。 あなたが法廷にいて裁判官がその裁判を検証していると、誰かがその犯罪に対して自分が身代わりになると言います。しかしあなたは、いや、その人に身代わりになって欲しくないと言うことができるのです。それは人々がキリストを拒絶する場合に起こることです。するとあなたはその負債と反目、そして犯罪に対して完全に責任を負うことになるのです。 自由な働きと言う要素は神様とその息子が自由意思を持つという一方通行ではなく、私たちが救われるようにするための自由意思を持たなければならないということなのです。神様や裁判官が、私たちが受け入れると言うか、受け入れないと言うかを知っているかは重要ではありません。それが原因とはなりません。それは運命論ではないのです。神様はそれを知っているだけで、それを引き起こすのではないのです。 すべての状況を天一国の神様の王国に照らしてみると、また終わりの日に起こるすべての状況において、神様はここにいるすべての一族が選択するということは知っておられ、家庭詐欺連合が拒否することを選択すると知っておられましたが、神様がそれをもたらしたのではないということが分かります。そこにはまだ5パーセントの責任分担があるのです。 しかし同様に、神様は私達のことを良く知っておられるので、最終的に私たちが正しいことをすると分かっておられたのです。 そのようにして私達は創造主の美と知識の両方の中にあります。ペテロへの第2の手紙の聖句で「わたしたちの主また救主イエス・キリストの恵みと知識とにおいて、ますます豊かになりなさい」とあります。3章18節でしょうか。 私達がキリストの中心性を理解するとき、なぜ彼は私達の永遠の生命にとって重要なのでしょうか。完璧な神様、完璧な法廷、完璧な審判の前に全く正当な永遠の罰を避けるために。どれほどキリストの性質と人格とその関係性が中心であるのか。そういうわけですべての神の形に作られた人の心には穴があります。それは他のものでは満たされず、他のものでは代えられません。 タレンタインは次のような考えを提起しています。私達が神様の前に来てキリストを受け入れるときだけではなく、私達がお父様の権威の下に立つときに私達は罪を軽減されているのか、つまり罪が洗い流されているのかというだけでなく、私達には正義、忍耐として知られているものがあり、つまりキリストにますます似ていくということです。 それは通常、神聖化、義認と呼ばれており、罪を赦免することですが、ゼロにするということではありません。神聖化の過程は、いわば神様が債権者として持っている神様の肯定的な信用と肯定的な資産の転嫁です。 それは私達に転嫁されますが、ゼロになるのではなく、肯定的な評価になります。私達の人生にキリストを持てば多くのことが起こるのです。キリストを持たない人々は、この保証のない、仲裁人のない、罰を支払う償いのない、空虚の中に生きています。 毎日このようなことを深く熟考することができ、キリストの唯一性について考えれば考えるほど、もっと多くの喜びが心から自然にわき出て、もっと賛美の歌を歌いたくなります。私は先日キングズ・レポートで歌っていました(笑)。私は聖霊の声がするといつでも歌います。 自然とあなたの心が神様を賛美し神様に感謝しなければなりません。神様への賛美を歌うのです。私達が恵みと知識を深め、その知識・・・それは私達の父の尊さを理解することです。 立ち上がってすべてを救われた神様とキリストに栄光を捧げましょう。アーメン、アージュ。 天聖経を読みます。 天聖経1262(英語版ページ) 私たちにメシヤが必要な理由は、救いを受けるためです。それでは、救いに必要な根本的な基点とは何ですか。それは、神様の愛の接触点へ帰ることです。   翻訳:BAMBOOS にほんブログ村

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6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その2)

6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その2)

名誉の王国 Kingdom Honor   プロテスタントの宗派で、あるスイス系フランス人の改革者がいます。フランソワ・タレンタイン(Francois Turrentine)という名前です。彼は非常に興味深い議論をしていますのでご紹介したいと思います。キリストを深く理解するということです。 真のクリスチャンのキリストに対する愛がどれだけ豊かなものか十分お分かりでしょう。彼らはキリストがどれだけかけがえの無い、尊い存在か分かっています。キリストなしには私たちには何もありません。それが、私たちがすばらしい神の国を持つか、それとも地獄に変わるかの絶対的な核心です。それはキリストを中心としなければなりません。 これは因果応報と神様の償い、息子であるイエスによる神様の受難についての議論です。私たちの罪を背負い、私たちの悪を負い、イエス様は苦難を受け、残酷で悲惨な死を迎え、それを耐えなければなりませんでした。そして原理で言うところの霊的救いを私たちに与えるのです。 私達はこれを探求すべきなのです。なぜなら霊的救いが原理で否定されているわけではないからです。 クリスチャンは救いを受け、神の家(教会)にいます。なぜなら彼らは霊的救いを受けているからです。 神様の不可欠な性質について興味深いことに、もちろん善とかいろいろある中で、その1つに公正さ、正義というものがあります。神様は高潔で公平です。 誰かが他人の罪の代価を支払うということが本当にできるのだろうかという問題があります。因果応報。その罪を犯していない人を代わりにして、誰か他の人の罪を償わせることができるのでしょうか。 刑法についてのすばらしいくまとめられた調査があります。あなたが法律家であればそれを調査して説明できるでしょう。因果応報についての刑法的、法的な正当化です。 多くの法的な状況があり、アメリカでもまさしくこれが実際の裁判で使われたことがあります。それはまた別の話ですが、そのような研究があります。 この改革者タレンタインは、罪について3つのことを述べています。1つ目は負債です。私たちが神様に負っている負債です。もっと正確には神様の正義に対する負債です。 「私達は神様に道徳的な義務を果たすべき義務がありますが、それを果たしていないので私達は神様に対して負債があります」 私達には完遂していない義務があり、私達は従うことなくそれを果たしていないので、これらの道徳的義務を与えた神様に負債があるのです。神様は私達に命を与えた方なのですから神様に果たすべき義務があるのです。私達は神様に借りがあります。 ですから罪は負債と見なすことができます。私たちが何か行って神様から離れ、神様を傷つけるならば、それは神様に支払うべき負債と見なすことができます。 また罪は、相互反目としても見なされます。ここで重要なのは相互と言う点です。私たちが神様とその戒律に対して反逆しているというだけでなく、神様の聖なる怒り、罪を憎む怒りが私達に対して向けられるということです。真に善であり正義である神様は、罪を憎むのです。なぜなら罪は悪であり、善ではないからです。 ですから神様は罪を拒絶し、非難します。ですから私たちが神様に対する罪の、反逆の人生を選ぶとき、私たちが神様に対して敵対するだけでなく、神様もまた私達に対して、聖なる公正と正義において敵対するのです。ですから私達と神様が相互に反目することになります。 そして3番目に、罪は犯罪であるということです。これが彼と対立したソシナスとの違いです。ソシニアンは、現在の教会の中でさえ一般的です。つまりそこでは罪は神様に負っている負債であると信じているのです。またそれは相互に反目していると。しかし、彼らはそれが犯罪だとは信じていません。 タレンタインはそれに対して、それは私たちが神様に対して犯した犯罪でもあるのだと言っているのです。そしてその罰は永遠の死であると。つまりそれは地獄であり、永遠に神様から離れることです。そして私達と、私達を正当に裁くことのできる最高の主権者の間で刑事責任を負わされるということです。 ですから、負債だけではなく、また相互の反目だけでなく、それは犯罪でもあるということなのです。 次に神様と罪に関してタレンタインが説明しています。先程のスライドで見た、私たちの罪が負債であり、相互反目であり、犯罪であるというのと同じように、3つのパターンに分けてそれを説明しています。 1つ目に神様は私たちの負債の債権者であるということです。神様の側から見ると債権者のようなものだということです。 反目については、神様は対立関係にある被害者となります。ただ許しを乞えば許されるというような簡単なものではないということが分かります。これが、神様はどんな罪でも許されると信じるソシニアンとの分かれ目になります。 そして人々は神様の正義を理解することができます。 3番目に私達の罪ということから、神様は最高の裁判官であり主権者であります。その方が何を作られたのでしょうか。法を作られたのです。私たちが従うべき命令です。それは恣意的に神様の頭から出てきたものであり、それらは神様の人としての性質の延長です。 因果応報を1番目と2番目の負債と反目という形でのみ見るならば、神様はすべての罪を許されるだけだと言えます。クリスチャンの中には繁栄の福音を求める人や、ユニテリアン・ユニヴァーサリズム的な人もいます。神様はとにかくすべてを許されるというのです。それは明らかに本当の福音ではありません。ソシニアンの福音です。 あなたが誰かにお金を貸していたとしたらその負債を完全に許してあげることができます。あなたにはその負債を完全に許して上げる力がありますね。それで神様が単に債権者だとすれば神様はその負債を許してあげることができるのです。 神様が相互反目していて被害者であるなら、神様はあなたを訴えないことを選択することができます。 しかし、あなたが犯罪を犯して神様が裁判官であるなら、神様はあなたを罰する義務があるのです。この人を罰したくないと言う選択肢は無いのです。なぜならその法全体を損なうことになってしまうからです。私達は原理と呼んでいます。原理的に行動するということです。神様が原理を作ったので原理的に行動するしかないということです。 ですから私たちの罪も犯罪であると理解すれば、神様はただの債権者ではなく、ただ傷つけられた存在なだけでなく、私達を罰しなければならないのだということが分かるのです。そして神様は、それを全く公正に、正しく行うことができます。良い裁判官が大量殺人犯を完全に公正に、正しく罰することができるのと同じように。 ですから私たちの罪の性質とその重大さ理解するなら、大きな罪から小さな罪まで関係なくそれらは私達を神様の性質から引き離すものであり、小さな嘘であっても神様から引き離すことになります。どれだけ自分が完璧だと思っていても、私達は神様の完璧さ、完璧な道徳的性質、完璧な道徳的性格の前では罪があります。 私達の罪は許してもらえる負債や反目だけではなく、犯罪であるのだと理解することが重要です。それは神様が宇宙全体の性質を破壊することなしに、また神様自身がご自分の性質に反対することなしには、簡単に許すことのできないものです。 そういうわけで私達ユニフィケーションは、原理または原理対原理に言及します。神様も原理を裏切り否定することはできません。ですから例えば、アダムとエバを許してあげることはできないのです。何らかのレベルの責任が必要なのです。何らかの蕩減を払わなければなりません。あるレベルの因果応報が、その負債だけも反目だけでなく、犯罪に対して支払われなければならないのです。神様だけが、正義の神様、善なる神様だけが犯罪に対して罰するのです。私たちが理解できるいかなる国であっても、そこで善良な裁判官が行うのとまったく同じことです。 学者が多くの韓国人は土着の信仰を持っていると指摘しているように家庭詐欺連合でも2つの神を信じていますが、今日においてさえ、まだソシニアン的な状態にあります。つまり神様は自分の負債を許して下さり、自分の反目を許してくれるのだと。1つ問題なのが、罪は犯罪でもあるということです。神様は犯罪を単に許すことはできません。あらゆる面で法を損なうことになります。自分自身の性質を損なうのです。すべての創造を損なうのです。罪の性質を犯罪としても理解するなら、そこから逃げるのは簡単ではありません。なぜならあらゆる国が生き残るのに不可欠な法律学と正義の様相全体を追求すれば・・・。 ジェフリー・ダーマー(訳注:17人の青少年を殺害した連続殺人犯)に判事の気まぐれで恩赦を受けさせたいと思いますか。ソシニアンによれば、皆さんは偏狭で憎しみに満ちた悪いクリスチャンということになります。 神様の性質はその法、戒律の源泉です。嘘をつかない、騙さないというのは、神様がそのような方ではないからです。そしてもし神様がご自分の性質から生まれたその法を損なうのであれば、被造世界全体と最終的には自分自身を損なうことになります。それが私たちの言う原理というものです。 ですから私たちが自分の罪、神様から離れることが本当に犯罪だと理解するとき、なぜ神様が愛していると同時に悪を憎まなければならないかが理解できます。 少数の良いクリスチャンと、またダイエットコーラのクリスチャン、つまり軽いキリスト教ということですが、あるいは家庭詐欺連合は、5分だけでも考えてみることをしようとしないのです。神様が債権者で自分が負債を負っており、自分が神様を傷つけたということは問題なく、それはすべて許されます。今度は罪が犯罪であるというとき大きな問題になります。 最後のときに神様が十字架の道で用いなければならない人々がいたのはこのためです。イエス様は十字架の道を歩まなければなりませんでした。もちろんそれは神様の因果応報であり、イエス様が負った罪は、負債だけではなく、反目だけでなく、正義の神として罰しなければならない創造主に対する犯罪でありましたが、それを通して救いが得られるのです。 タレンタインは、神様は負債を免除する債権者の権利を持っていますが、宇宙の最高の統治者と裁判官として、神様は犯罪を見逃すことができないのだと言いました。神様の正義と善なる性質において、犯罪を見逃すことは不可能なのです。正直な裁判官が、誰が犯した犯罪であっても見逃すことができないのと同じことです。 私達は、自分の気に入った人を見逃すような裁判官を腐敗した裁判官と呼ぶのではないでしょうか。神様が宇宙で最高に偉大な存在であるなら、最高に正直で最高に正当でなければなりません。ですからそのように腐敗することはあり得ません。 そしてキリストについては、人間の犯罪を償う贖罪としての3つの役割があります。1番目に、負債に関しては、キリストは私たちの保証であり、負債に対する確かな返済であり、その支払いの保証なのです。誰かがあなたに貸しているとするとあなたは彼らに支払いを準備しますが、それが保証です。確実性が得られるということです。 反目については、キリストは仲裁人となります。裁判官と犯罪を犯した人の間に立ってその過程の仲裁人となります。 そして犯罪については、キリストは犠牲的な死によって犯罪に対する罰を償う司祭であり犠牲者です。 以上のことからキリストは私達の罪の免除と救いに対する3つの関係性を持っているということです。興味深いこと思いませんか。 もっと深く探求すれば、キリストにどれほど価値があるのか、再臨のイエス様がどれほどかけがえないのかが分かります。再臨のイエス様も同じイエス様です。キリストはそれほど重要です。絶対に不可欠なのです。キーホルダーのアクセサリーではありません。 つづく 翻訳:BAMBOOS にほんブログ村

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