郷原信郎が斬る

「獣医学部を全国で認可」発言で“自爆”した安倍首相

「獣医学部を全国で認可」発言で“自爆”した安倍首相

【獣医学部新設問題 首相「加計以外も認める」 優遇批判を意識】というニュースを見て、思わず目を疑った。 安倍首相は、6月24日に、講演の中で、「1校に限定して特区を認めた中途半端な妥協が、結果として国民的な疑念を招く一因となった。」「今治市だけに限定する必要は全くない。地域に関係なく、2校でも3校でも、意欲ある所にはどんどん新設を認めていく。」などと述べたとのことだ。   政府側の従来の主張を根底から否定するもの この発言に対しては、様々な批判が行われているが、決定的なのは、安倍首相自身も、その周辺も、これまで、必死に「安倍首相は、獣医学部設置認可の問題に一切関わっていないし、具体的に関わる立場ではない。」と主張してきたことを、根底から否定するに等しいということだ。 総理大臣には、国家戦略特別区域法に基づく区域方針の決定等の「権限」が与えられている。50年以上にわたって獣医学部の新設を認めてこなかった文科省の「認可行政」が、その「権限」によって覆され、安倍首相の「腹心の友」の加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園が経営する大学だけが、獣医学部新設を認められ加計氏を利する結果になったことは間違いない。問題は、そこに、安倍首相がどのように関与していたのか、首相と加計理事長との関係が何らかの影響を与えていたのか否かであるが、安倍首相は、「獣医学部新設の認可」に関しては権限を一切行使することも、全く関わることもなく、自分とは全く関係ないところで行われたものだ」と説明し、国会で野党から質問を受ける度に、「自分は関わっていない」「指示したことはない」と関与を否定し、野党の質問自体を「印象操作だ」と言って逆に批判をしてきた。 そして、国家戦略特区を所管する山本幸三担当大臣も、和泉洋人内閣総理大臣補佐官も、萩生田光一官房副長官も、「安倍首相は、国家戦略特区での獣医学部の認可問題には一切関わっていない」という前提で、「首相からの指示は全く受けていない。意向は何ら影響していない。」と言い続けてきたのである。   安倍首相が「獣医学部の新設を全国で認めていく」と発言する意味 ところが、今回、安倍首相は、「獣医学部の新設を全国で認めていく」と述べ、総理大臣として、獣医学部の新設を認めることができる立場にあることを自ら明言し、自分が「その気」になれば、いくらでも増やすことが可能であることを明らかにしたのである。“私は総理大臣なんだから何でもできる、加計だけ認可したことで文句があるのなら、全部認めてやろうじゃないか。”という本音が表れたということだろう。 「『私の友人だから認めてくれ』などという訳のわからない意向がまかり通る余地など全くない」と言っていることからすると、安倍首相は、「『私の友人だから』という意向」が内閣府や文科省で設置認可を認める方向で働いたか否かが問題だと思っているようだ。 しかし、そのような露骨な意向が示され、それがまかり通ったことが疑われているのではない。平成30年4月開学に向けて加計学園が今治市での獣医学部設置に向けての準備を着々と進めている中で、安倍首相が、「国家戦略特区で獣医学部新設を早急に認める」という意向を示し、その通りに事が運べば、獣医学部の認可で「腹心の友」への便宜を図ることは十分に可能なのである。   ロッキード事件に例えると 「総理大臣の犯罪」が裁かれたロッキード事件に例えてみると、時の総理大臣自身が、「全日空がロッキード社のトライスター機だけを導入したから疑われた。これから全日空に働きかけて、ボーイング社からも買うように言ってやる。それなら文句ないだろう。」と公言したようなものだ。この事件では、ロッキード社の全日空へのトライスター機売り込みについて総理大臣が便宜を図ったのかどうか、運輸省の監督下とは言え民間会社である全日空の航空機購入について、総理大臣の職務権限が及ぶかどうかが争点になったのであるが、もし、(在職中に疑惑が表面化したとして、)総理大臣自身が、「全日空の航空機購入に影響力を及ぼしてやる」などと言えば、総理大臣としてロッキード社に便宜を図ることが可能だったことを認めるに等しい。 もちろん、「5億円の授受」について、検察の(相当強引な)取調べによって、全日空関係者等が現金授受を自白する供述調書が作成されたロッキード事件とは異なり、加計学園の問題に関しては、安倍首相が加計理事長から利益供与を受けていたことの「具体的な疑い」があるわけではない。しかし、安倍首相自身も認めているように、長年にわたって「腹心の友」の関係にあるのであるから、安倍首相が加計氏から様々な有形無形の恩恵を得ていることは否定できないであろう。その見返りに、獣医学部の設定認可に関して、加計氏に有利な取り計らいが行われたのではないかが問題となるのであり、そこで、国家戦略特区に基づく獣医学部新設の認可について、総理大臣がどのように位置づけられ、どのような立場にあり、どのような姿勢をとっていたのかによって、加計氏に「便宜供与」を行うことができた現実的な可能性があったか否かが判断されることになる。 この点について、総理大臣は、国家戦略特区の枠組みについて、基本方針、区域方針等を決定する権限を持っており、しかも、諮問会議の議長である。しかし、「獣医学部の設置認可を認めるかどうか」という個別の政策判断については、総理大臣が直接、判断・決定を行ったりすることは前提にされていないし、実際に、諮問会議等で、安倍首相は、個別の問題について発言を行っていない。しかも、官邸・内閣府側が、安倍首相は、獣医学部の新設認可に一切関わっておらず、関わる立場でもないとの説明を行ってきた。そのため、これまで主として問題とされてきたのは、「安倍首相が全く関与していないとしても、加計氏が安倍首相の『腹心の友』であることが獣医学部設置認可に影響した可能性があり、外形上、公正・中立が疑われる」という「利益相反」の問題、つまり「政府のコンプライアンス」の問題だった。 ところが、安倍首相は、今治市だけに新設認可を認めたことで加計氏への優遇が疑われているという「個人的な事情」の下で、「獣医学部の新設を全国でどんどん認めていく」などと発言した。 それは、裏を返せば、「その気になれば、獣医学部の新設を認めることなど、総理大臣の私にとって簡単なことだ」ということであり、「獣医学部の認可の問題に、総理大臣として、いくらでも口を出せる」ということを認めたに等しい。   「『岩盤規制の打破』はすべて『善』」と単純に割り切れる問題ではない 安倍首相の真意は全く不明だが、“獣医師の不足は、誰の目にも明らかであるのに、既得権益を保護する獣医師会が、獣医学部新設に不当に反対していた。一校だけ新設を認めたことは「岩盤規制の打破」として全く不十分なものであり、むしろ、獣医学部の新設を無条件に認めていくことが社会的に当然だ。”と思い込んでいるのかもしれない。 しかし、大学や学部、大学院の設置などは、認可をすれば、その後に、私学助成金等で公的資金を投入することになり、国に財政上の負担を生じさせる。その点で、酒屋の出店規制の撤廃等の「規制緩和」とは、決定的に異なる。しかも、獣医学部のような国家資格の取得に関わる学部の設置は、将来の資格取得者や就業者の増加に直結する。資格を取得しても職に就くことができない人を大量に発生すれば社会問題にもなりかねない。 最近では、法科大学院の設置に関し、申請通り70校全てを認めてしまったことが、最終的には、法曹資格を得ることができない、或いは、資格を取っても仕事にありつけない修了者を大量に生み出すことになった挙句、既に半数近くの法科大学院が募集停止に追い込まれたのが、その典型例である。それによって、多くの若者達の人生設計を狂わせ、法科大学院に費やされた膨大な公的助成金は無駄になってしまった。国家資格取得を目的とする大学・大学院設置認可というのは、「岩盤規制の打破はすべて善」と単純化できる話ではない。 獣医学部の新設認可は、獣医師の需給関係に直接影響を与える。犬・猫等のペット数の減少傾向に加え、産業用動物が漸減する状況の下で、不足しているのは、資格取得のコストの割に待遇が良くない公務員獣医師だけだと言われており、獣医師全体で見ると、決して不足しているとは言えない。そこに、これまでの獣医学部の定員総数の17%にも及ぶ160人の定員での学部新設を認めることに、強い異論があるのは当然だ。 安倍首相は、そのような獣医師の需給関係をめぐる議論をすべて無視し「全国で新設を認める」と言い放っているのである。 獣医学部について「1校に限定して特区を認めたのが中途半端だった」というのであれば、同様に、国家戦略特区で、成田市の国際医療福祉大学1校のみに、38年ぶりに「医学部」の設置を認めたことも、「中途半端」だったので「全国で設置認可していく」ということになるはずだ。それを言わず、獣医学部についてだけ「全国展開」を言い出すのは、それが、自分に対する疑いを払拭するという「個人的事情」によるものだからである。   産経新聞社主催の講演で飛び出した「自爆発言」 これまで、官邸も、内閣府も、「安倍首相は獣医学部設置認可の問題には一切関わっていないし、全く無関係である」という説明を一貫して行ってきたのに、安倍首相は、何を血迷ったのか、「自分が、その気になれば、獣医学部の新設を全国で認めることもできる」と野放図に放言してしまった。「正気の沙汰」とは思えない。「自爆行為」そのものである。 注目すべきは、その自爆発言が、産経新聞主催の講演会の場で発せられたということである。これまで、安倍首相は、加計学園問題について国会で質問されても「印象操作」だと言って開き直り、一般論的な自説をとうとうと述べ、また、国会閉会後に行われた記者会見でも「プロンプター」に映し出される原稿を棒読み、記者との質疑応答もすべてセットされていて、原稿に基づいて答えていたようだ。 要するに、自分で考えたこと、思ったことは、安倍首相の口からは全く出て来ていなかった。今回、自民党を一貫して支援してくれている産経新聞社主催の講演会だということで気が緩んだのか、加計学園問題についての自らの考えを、思わず口にしてしまったということであろう。 今回の安倍首相発言の真意を、今後、国会や記者会見の場で、しっかりと問い質していかなければならない。それが、今回の加計学園をめぐる問題の真相解明につながるはずである。      

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菅「怪文書」発言、義家「守秘義務」発言こそ、国民にとって“残念”

菅「怪文書」発言、義家「守秘義務」発言こそ、国民にとって“残念”

「加計学園」の獣医学部新設問題で、「総理のご意向」などと書かれた文書の存在について、文科省で再調査が行われた結果、同省内部者からの存在が指摘されていた19文書のうち14文書の存在が確認された。 前回調査後、文科省職員による「『文書が存在する』とのマスコミへの告発証言」が相次いだことを受けて行われた再調査で、これらの告発証言の真実性が裏付けられたことになる。 告発証言に基づく報道の一つ【(朝日)加計文書、職員の報告放置 初回調査後「省内に保管」】によれば、文書が確認できなかったとした当初調査の後、複数の同省職員から、同省幹部数人に対し、「文書は省内のパソコンにある」といった報告があったのに、こうした証言は公表されず、事実上放置されていたとのことであり、私が、再調査が決定された直後に述べたように(【「あったものをなかったことにした」前回調査での“隠ぺい”解明を】)、今回の再調査の結果から、「文書の存在が確認できなかった」とした当初の調査が、実質的に「隠ぺい」であった疑いが濃厚になったと言えよう。 文書の存否の確認のための調査を行いながら、文書そのものを隠ぺいして、文書がなかったかのような公表をしたことは、国民に対する裏切りであり、重大な「不祥事」である。 しかも、その調査結果の公表を受けて、官房長官は、新聞報道で存在が指摘された文書を「怪文書」などと切り捨て、前川喜平前文科省次官が、記者会見で「確かに存在した」と公言しても、直前に読売新聞が報じた同氏の「出会い系バー」への出入りに言及して、教育行政の最高の責任者にあるまじき行為と個人攻撃するなど、同氏の証言の価値を貶めようとしたこと(【読売新聞は死んだに等しい】)が、「マスコミと結託した悪辣な企み」であった疑いも一層高まった。 文科省に対する信頼を失墜させただけでなく、加計学園問題をめぐる混乱を助長することになった“隠ぺい不祥事”の背景に、官邸や内閣府のどのような動きがあったのか、徹底解明することが不可欠である。文科省は再調査の結果、文書の存在が明らかになっても、まだ「前回調査は合理的」と言っているようだが、論外だ。そのように言い通さざるを得ないこと自体が、官邸・内閣府から文科省幹部に「異常な力学」が働いていることを示していると言えよう。   文部科学副大臣の守秘義務違反発言 こうした経過の中で、見過ごすことができないのは、文書の存在等を証言した文科省職員の内部告発者について、義家弘介文部科学副大臣が、6月13日の参院農林水産委員会で、「国家公務員法違反(守秘義務違反)での処分」を示唆したことである(【加計問題の内部告発者、処分の可能性 義家弘介・文科副大臣が示唆】)。 義家氏は、 文科省の現職職員が公益通報制度の対象になるには、告発の内容が具体的にどのような法令違反に該当するのか明らかにすることが必要だ 告発内容が法令違反に該当しない場合、非公知の行政運営上のプロセスを上司の許可無く外部に流出されることは、国家公務員法(違反)になる可能性がある と述べた。 再調査が開始された局面でこのような発言を行ったことに対して、「内部告発の犯人探し」「恫喝」など批判が集中した。しかし、その後も、義家氏は、「国家公務員には公務員の法律と手続きがある」などと述べ、菅義偉官房長官も、「一般論としての法律の解釈を説明したものだ」などと擁護した。 しかし、誰がどう考えても、文科省副大臣として、義家氏の発言が正しいとは思えない。 義家発言は、どこがどう誤っているのか。   義家発言の誤り 義家発言は、少なくとも、法的な側面から見ると、大きく間違ってはいない。公益通報者保護法という「法令」によって保護される「公益通報の対象事実」は、「犯罪行為の事実」「法律の規定に基づく処分に違反する事実」等に限られている。そして、現在の文部科学省の公益通報制度において、通報の内容は「特定の法律違反行為」に限定されており、そういう意味では、保護される内部通報の範囲は、義家氏が述べたとおりである。 しかし、そこには、重要な視点が欠落している。 いまや、世の中では当然の認識になっている“コンプライアンス”は、決して「法令遵守」にとどまるものではないということが、全く理解されていないということだ。 多くの企業では、内部通報の対象を「法令違反」に限定することはせず、組織の活動に関する不公正・不当な行為について、広く「コンプライアンス上の問題」ととらえて対応するのが当然のこととなっている。単なる法令遵守の観点だけからではなく、「本当に社会の要請、国民の要求に応えられるものかどうか」という観点から、組織の活動をチェックし、問題があれば是正していく取り組みをしていかなければならないのは、官公庁においても同様であり、むしろ、民間企業よりも高いレベルが求められているといえる。 最近の事例を挙げれば、「南スーダンPKO派遣部隊の日報問題」で、いったんは廃棄したとされていたものの、過去の全ての日報が保管されていたことが分かり、防衛省が「隠ぺい」と批判されたことは記憶に新しい。意図的な「隠ぺい」だったとすると、社会的には到底許容されない重大な問題だが、具体的に法令に違反するわけではない。 私は、2009年に、総務省顧問・コンプライアンス室長に就任した際、それまで総務省にあった「法令等遵守室」を「コンプライアンス室」に改め、法令違反のみならず、広く総務省のコンプライアンスに関する情報提供・申告を受け付ける「コンプライアンス窓口」を設置した。そして、「総務省の行政が“社会の要請にこたえる”という意味で問題があると考えられる場合には、積極的に申告・通報を行ってほしい」という呼びかけをした。 この呼びかけに応じて様々な情報がもたらされた。その中で、「補助金の予算執行が不適切だ」という指摘があり、調査したところ、当初交付決定されていた約4億6000万円の補助金のうち、約2億5000万円が不適切であったことが明らかになり、減額措置をとった。内部通報によって具体的な問題を把握し、コンプライアンス室を中心に調査を行った結果だった。これも、補助金交付決定が「違法」だったわけではない。交付の手続やチェックが不十分で、税金が不当に使われそうになっていたという問題だった。 この調査結果については、2011年5月、当時の片山総務大臣が、閣僚懇談会で報告し、他の省庁においても第三者を活用したコンプライアンスの仕組みを整備する必要性が指摘された。そして、私は、同年5月30日の参議院決算行政監視委員会に参考人として出席し、コンプライアンスを「法令遵守」ではなく、広く「社会の要請に応えること」ととらえる必要性を強調し、総務省のコンプライアンス室の取組みを他の中央官庁にも広げていく必要性を強調した(【参議院決算行政監視委員会会議録】) ところが、それから、6年経った今でも、文科省という官庁では、未だに、通報対象が「法令違反」に限られ、しかも、「通報時に具体的にどのような法令違反に該当するのか明らかにしないと、内部通報として扱ってもらえない」というのである。 組織が、本当の意味で社会の要請に応え、健全な活動を行っていくためには、法令違反に限らず、様々な問題について、幅広く組織内から声を挙げてもらうこと、そのために、内部通報窓口を積極的に活用することを呼びかけるという姿勢が不可欠だ。 文科省において、「総理のご意向」などと書かれた文書の存在を確認するための調査を行いながら、「あるものをなかったことにした」のは、法令違反とまではいかないかもしれないが、少なくとも、調査の目的を無にしてしまう「隠ぺい」であり、「社会の要請に反する重大な不祥事」である。それを是正しようとする文科省職員の告発の動きは、正当な内部告発と評価できるものだ。 ところが、義家氏は、「化石のような通報制度」を盾にとり、「守秘義務違反による懲戒処分」を振りかざして、内部告発の動きを封じ込めようとしたのである。それが、教育行政を主導する文科副大臣の発言なのである。 義家氏は、「ヤンキー先生」出身の異色の政治家として知られている。もし、教師時代の教え子が、公務員になって、「役所内で、法令には反しないが、社会的には許されないことが行われています」と言って相談に来た時、「法令違反に該当しないと内部通報として扱われないので、黙っておきなさい」と助言するのであろうか。 そのような人物に、文科省の副大臣の職責を果たす資格があるだろうか。   官房長官の「怪文書」発言 「総理のご意向」の文書を「怪文書」と言って切り捨て、文科省内からの告発証言が相次ぎ、再調査を求める声が上がっても、「我が国は法治国家だから法令に基づいて適切に対応している」と言い続けて再調査を拒否し続けてきた菅官房長官の姿勢も、「悪しき法令遵守」の典型である。 驚くべきことに、菅氏は、今回の調査で文書が文科省内で存在していたことが明らかになった後も、その「怪文書」という発言を撤回することもなく、謝罪もせず、 「怪文書」という言葉が独り歩きしたことが「残念」 と言って開き直っている。 「怪文書」という言葉が独り歩きしていることが「残念」だと思っていたのであれば、再調査を拒否している間に、せめて再調査の結果が出る前に、なぜそう言わなかったのか。 菅氏は、一旦自分が言い始めたことを撤回するようなことは絶対にせず、開き直るためには、どんなに苦しい言い逃れをすることも厭わない人物であることがわかったのである。 義家氏のような人物が文科副大臣の職にあること、そして、菅氏のような人物が内閣の要である官房長官の職にあることこそが、我々国民にとって「残念」なことである。    

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「あったものをなかったことにした」前回調査での“隠ぺい”解明を

「あったものをなかったことにした」前回調査での“隠ぺい”解明を

加計学園問題について「官邸の最高レベルが言っている」との文書の存在について、前川前次官が記者会見で「あったものをなかったことにできない」と述べたのに続いて、文科省内部者からの告発・証言が相次ぐ中、菅義偉官房長官は、6月8日の記者会見で、「出所や、入手経路が明らかにされない文書については、その存否や内容などの確認の調査を行う必要ないと判断した」との答えを、壊れたレコードプレーヤーのように繰り返す醜態をさらした。 その翌日午前、松野博一文科大臣が記者会見を開き、「文書の存在は確認できなかった」としていた文科省の調査について、再調査を行う方針が明らかにされた。 この文書によって問題とされたのは、安倍首相の「腹心の友」である加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園が、国家戦略特区の指定によって、今治市での獣医学部の新設を認可されたことについて、安倍首相の意向・指示の有無、それに関して官邸や内閣府から文科省への発言が有ったか否かであり、それらを含めて真相解明すべきとの意見(渡辺輝人氏【【加計学園問題】安倍首相の「再調査を指示するフリ」】など)は、全く正論である。 しかし、今、そのような正論を掲げて、文科省に広範囲の調査をするよう求めることは果たして得策と言えるであろうか。文科省の背後に、今回の加計学園の問題に対して不誠実極まりない対応を続けてきた首相及び首相官邸の存在があることを考えると、加計学園問題の本質に迫る調査を求めることは、かえって、真相解明を遅らせることになる可能性が高い。   再調査で加計学園問題の真相を全面的に解明できるか 今回の再調査で真相解明を迫った結果、仮に、内閣府から文科省に対して「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」などの圧力があり、そして、それが実際に安倍首相の指示ないし意向に基づくものであることが明らかになれば、それは「安倍政権の致命傷」になる。調査の結果そのような事実が明らかにならないように、再び文科省に対して、「強烈な力」が働くことは容易に想像できる。 問題の文書の存在が確認され、仮に、その文書の作成者が特定されたとしても、その「作成者」には、とりわけ「強い圧力」が働くことになるだろう。「内閣府側の発言を直接確認したわけではない」「省内報告書作成の際に『内閣府側の圧力』を誇張する表現を使った」などという話になる可能性が高い。 しかも、調査の範囲が、文科省内で加計学園の獣医学部設置認可に関わった担当部局及びその報告を受けて意思決定をした幹部全員に及び、しかも、そこで内閣府側からどのような働きかけがあったか、そこで「官邸の最高レベル」という話が出たのか否かという「極めて微妙な問題」について、証拠を収集し、事実認定を行うことになると、相当長い期間を要することになる。 そのような困難を乗り越えて、真相を解明するのは、いきなり「エベレスト登頂」をめざすに等しい。 そういう意味では、今回の調査でいきなり「加計学園問題の本質」に迫ろうとするのは、調査する側に、口実と時間を与えるだけになる可能性が高く、この問題について、国会で追及して真相を解明する上で得策とは思えない。   まずは前回調査での「隠ぺい」の解明を 今回の再調査に当たって、まず問題とすべきは、前川前次官が「確かに存在する」と述べた文書について、前回調査で「確認できない」という調査結果が出されたこと自体である。 それは、文科省という「組織」における「文書の存在の隠ぺい」という「不祥事」である。 そこで、当面の調査対象は、「あるものをないことにした」前回調査での「隠ぺい」に絞り、それを以下のような手順で速やかに行うよう求めるべきである。 ① 問題の文書の存在を確定すること 文科省に、弁護士などの外部者による「通報窓口」を設置して、通報の対象を、法令違反だけでなく今回の件を含めた内容とする必要がある。前回調査で文科省が、文書が存在するのに「存在しない」との調査結果を公表したことについて、これまで多数の現職職員がマスコミ等への内部告発を行っているようだ。この点について、匿名の内部通報が窓口に行われ、情報が提供されれば、文書の存在を確認することも容易になる。 ② 前回調査の対象・方法の決定及び文書の「隠ぺい」の経緯の解明 文書の存在が確認されれば、前回調査が文書の存在の「隠ぺい」であった疑いが一層濃厚となる。そこで、次に必要なことは、容易に存在を確認できる文書について、「確認できない」という調査結果が出されたことについての事実解明と原因究明だ。 前回調査では、「(ヒアリングが)獣医学部設置に関係する高等教育局長や大臣官房審議官、専門教育課長ら7人に対して行われた。民進党が国会で示し、同省に提供した文書8枚に加え、具体的な日付や内閣府、文科省の職員の実名が入った文書を報じた朝日新聞の記事を提示したうえで、19日に1人当たり約10~30分程度聞き取りをした。電子データについては、専門教育課の共有フォルダーだけを調べた」とされている(5月20付毎日新聞記事)。 前回調査の問題点として、関係者のヒアリングがある。 ヒアリング対象者が7人に限定されたということだが、まず、7名とはいえ、対象職員が適切に選定されたのであれば、その7人が文書の存在を知らなかったはずはない。再調査で彼らから再度ヒアリングをすることが絶対に不可欠であり、その際、彼らが真実を供述できるよう、ヒアリングに当たって「真実を供述することで不利益を受けることはない」ことの確約が必要である。それによって彼らが「実は、文書の存在は知っていました」と供述することも期待できる。 その供述が得られた場合、なぜ前回調査で、「知っていること」を「知らない」と供述することになったのか、その理由を問い質すことになる。実際には、彼らは「文書の存在」を供述しているのに、ヒアリングする側が聞かなかったことにした可能性、あるいは供述に反して文書はなかったことにした可能性、つまり、調査で露骨な隠ぺいが行われた可能性もある。 また、PC調査の共有フォルダ―への限定も、前回調査の問題の一つである。 真相を解明しようとすれば、少なくとも加計学園の獣医学部の設置認可の問題に関わっていた個人のパソコンを調査するのは当然だったはずである。今回、文書の存在が確認されれば、個人のパソコンの調査を行わなかったことは、実質的には「隠ぺい」になる。個人のパソコンの調査がなぜ行われなかったのか、それを、誰がどのように決定したのかを解明することが不可欠となる。 今回の再調査は、当面、①②の点を調査事項とすれば十分であり、それを速やかに行うべきである。第三者による通報窓口をただちに設置し、全職員に2日程度の期限で匿名通報を呼びかければ相当数の通報が行われるはずであり、ヒアリングも、前回調査に関与していなかった者による調査組織によって行えば、事実を明らかにすることに、さほどの時間はかからないはずで、国会会期中に終えることは十分に可能である。 これらの調査は、第三者による中立かつ独立の立場からの調査が望ましいことは確かだ。しかし、東芝の会計不正での第三者委員会がまさにそうであったように(【偽りの「第三者委員会」で原発事業の問題を隠蔽した弁護士と東芝執行部】)、第三者委員会も、委員長・委員の人選によっては、設置者の意向にしたがい、コントロールされてしまう可能性が十分にある。しかも、第三者委員会は、一旦、設置されると、それ以降、設置者の側では「第三者委員会の調査中であり、一切コメントできない。」との対応が許されることになるので、問題を先送りした上で、曖昧な形で決着させられる可能性もある。 そういう意味では、文科省の内部調査を、調査の担当者・実施方法・調査の状況等を、逐次公表させつつ行わせるのが、「隠ぺい」の早期解明のためには現実的だと言える。 前記①②の調査であれば調査の内容は極めて単純であり、国会での質問や、マスコミの追及で、「文書の存在は確認できたか」「前回調査の時点での調査対象者は、文書の存在を認識していたのか」と質問されれば、答えざるを得ないはずである。   「隠ぺい」の背景の解明は国会で 前回調査での「隠ぺい」が明らかになれば、文科省が、自発的にそのような「隠ぺい」を行うとは考えられないのであるから、その背景に、内閣府や首相官邸からの指示、或いは、そうせざるを得ない「圧力」がかかった疑いが濃厚となる。 文科省だけではなく、内閣府や首相官邸も関わった組織的な「隠ぺい」である可能性が高くなるが、それを、文科省の内部調査で真相を明らかにすることが困難なのは言うまでもない。それから先の調査は、国会が、国政調査権に基づいて行うべきであり、当然、「隠ぺい」が疑われる文科省、内閣府・官邸の関係者の証人喚問も必要となる。   拙劣かつ不誠実な危機対応を繰り返す官邸を信頼できるか 今回の加計学園の問題では、安倍首相の「腹心の友」である加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園の今治市での獣医学部新設が、安倍首相がトップを務める内閣府所管の国家戦略特区の指定を受けて実現したことについて、安倍首相の意向・指示があったのか否かという点と、その獣医学部新設が、50年以上獣医学部の新設が行われて来なかったという「岩盤規制」の打破として正当なものなのか否かという点の二つが問題にされてきた。 それらの点に何の問題もない、というのであれば、安倍首相も菅官房長官も、その問題に真摯に向き合い、しっかり説明することが重要であった。 ところが、この問題に対する政府・官邸の対応はあまりに不誠実かつ拙劣だった。森友学園をめぐる問題に関しても、自民党や官邸の危機対応の拙劣さを指摘してきたが(【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】など)、それを反省しようとしなかった政府・官邸は、加計学園問題でも、拙劣で不誠実な危機対応を続け、一層窮地に追い込まれている。 安倍首相は、国会で、野党の質問に「印象操作はやめてください」「野次がうるさくて答弁できない」などと述べて、質問をはぐらかし(【加計学園問題の原点:安倍首相の3月13日の参院予算委での答弁を分析する】)、菅官房長官は、朝日新聞が文科省内で作成されたとして報じた文書を「怪文書」だと断じたり、「出所が明らかではない文書については調査しない」と言ったり、文書が存在するとした前川前次官の個人攻撃を行ったりして、問題をはぐらかしてきた。 そのような拙劣な危機対応を繰り返した末に、とうとう、文書の存在が確認できないとした文科省の調査の「再調査」という事態に追い込まれたのである。 そこには、「安倍一強」と言われる権力の集中の下での「権力者の傲り高ぶり」がある、と多くの国民が思っている。 我々国民の最大の関心事は、森友学園問題についても加計学園問題についても、このような拙劣かつ不誠実な対応を行う首相や官邸を信頼してよいか、ということである。 国家として重大な事態が発生した時にも、政府・官邸側が「不都合な事実」だと思う事柄が存在することはあり得る。その場合にも、それをしっかり国民に明らかにした上で、その後の対応をとっていかなければならない。 しかし、森友学園問題、加計学園問題でとった首相や官邸の対応からは、「不都合な事実」に正面から向き合い、国民にしっかり説明して誠実に対応しようとする姿勢は全く見えない。 今回、安倍首相が松野文科大臣に「徹底調査」を指示し、文科省での再調査を行うことになったという。そうである以上、首相自身が、前回調査における「隠ぺい」の重大な疑惑に向き合わなければならない。 それについて真実を覆い隠すことは、もはや許されないのである。

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山口寿一社長は、読売新聞を救うことができるか

山口寿一社長は、読売新聞を救うことができるか

前川前文科省事務次官の「出会い系バー」への出入りを大きく報じた読売記事を、私が徹底批判した【読売新聞は死んだに等しい】は、予想を大きく上回る反響を呼び、ネットの世界を中心とする不買運動も拡がるなど、読売新聞に対する批判は高まっている。 加計学園問題について、国家戦略特区を担当する内閣府職員から文科省職員が「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だ」などと伝えられた内容の文書について、前川氏が、同記事の3日後の記者会見で「確かに存在した」と述べただけではなく、文科省内からも、「存在した」との話が相次ぎ、結局、文科省も文書の存在について再調査をせざるを得ない状況に追い込まれた。加計学園問題は、今後、一層重大な事態を迎えることが必至の状況になってきた。前川氏の証言も文科省内部の声も無視し続けている読売新聞の報道のいびつさは一層顕著になっている。 読売新聞社及び読売グループは、まさに極めて深刻かつ重大な事態に直面している。 上記ブログ記事でも述べたように、今回の前川氏に関する記事の問題は、言論報道機関としての新聞社の「不祥事」である。組織として、それを正面から受け止め、信頼を回復するために最大限の取組みをしなければならない。 そのような事態において最も重要なのが、組織のトップの対応であることは言うまでもない。昨年6月に、読売新聞グループ本社社長に就任した山口寿一氏が、今回の問題にどう対応するのか、そこに、読売新聞の組織の命運がかかっている。 実は、その山口氏が検察や裁判所を取材する「司法記者」だった時代、現職検事だった私とは深い付き合いがあった。山口氏は、事件の分析・評価、取材・記事化など、あらゆる面で優れた能力の持ち主で、なおかつ、人間として極めて信頼できる人物だった。私にとって、当時の山口氏は、腹を割って話をすることができる大事な存在であった。 山口氏と私との付き合いは、90年代初頭、私が検察庁から公正取引委員会事務局に出向したころに遡る。出向前に関わった捜査で、「ストーリーありきの調書中心主義捜査」「不当・違法な取調べ」の現実を知り、特捜検察に深く失望していた私と山口氏の問題意識はほとんど一致していた。しばしば飲食を共にし、検察や公取委・独禁法の問題などについて、意見を交わした。 その後、公取委から東京地検特捜部に戻った私は、まもなく始まったゼネコン汚職事件の捜査体制に組み込まれた。「特捜の暴走」に加担させられることに苦悩していた私にとって、唯一の理解者だったのが、当時社会部の遊軍記者だった山口氏だ。彼自身、検察側だけではなく、検察の暴走捜査に押しつぶされそうな捜査対象者に対して、独自の取材を試みたりしていた。事件の真相に迫り、不当な捜査を止めたいという思いを共有していたと思っている(このゼネコン汚職事件をモデルに、特捜の暴走と司法マスコミとの癒着を描いた推理小説(【司法記者】講談社文庫:2013年、ペンネーム由良秀之)には、検察の「組織の論理」に反発し独自の行動をとる若き検事と、その検事に水面下で協力し連絡を取り合いつつ、独自の取材を行う記者が登場するが、その記者のモデルとなったのが山口氏である。)。 その後、私は、一旦は検事辞職を申し出たが、当時の人事課長等に慰留されて検察の世界に残り、その後、広島地検特別刑事部、長崎地検等で、独自の手法による検察捜査に取り組んだ(【検察の正義】(ちくま新書:2010年))。山口氏とは、その間も、折に触れて、連絡を取り合っていた。 そのような電話でのエピソードの一つに、「特捜部50周年キャンペーン」がある。司法クラブの各社が、露骨な「東京地検特捜部賛美記事」の特集を組むことを最高検検事から半ば強要されていることに不満を抱いていると聞いたことは、著書でも紹介している(【検察が危ない】(ベスト新書:2010年)p.119)。 このような話をしてくれたのが、当時、読売の司法クラブキャップだった山口氏だ。司法記者としての彼が、権力に利用されることに対する抵抗感という、極めて真っ当な感覚を持ち合わせていたことを示している。 捜査の重要な局面で、彼が、わざわざ東京から来てくれて、私の話し相手になってくれることもあった。 広島地検特別刑事部長の時代、広島県が設定していた海砂採取の期限延長を画策した採取業者と県議会議長・議員との癒着を追及した事件の際、広島に来てくれた山口氏とは、捜査の方向性や、瀬戸内海での海砂採取の環境問題としての重要性などについていろいろ議論をした。この事件は、政治資金規正法違反事件の検察捜査から海上保安部との共同捜査による砂利採取法違反事件に展開し、県内の全業者が摘発されたために、県は、期限を延長することなく採取を全面禁止にした。閉鎖水域での海砂採取禁止は、その後、瀬戸内海に面する他県にも波及していった。 長崎地検次席検事の時代、公共工事利権を背景とする、自民党の地方組織の集金構造の解明に向けて取り組んだ自民党長崎県連事件では、「検察の組織の壁」に何回も阻まれた(前掲【検察の正義】最終章「長崎の奇跡」)。検察裏金問題の関係で自民党政権に借りができたのか、最高検・法務省からの捜査への圧力は強烈だった。その最も重要な局面でも、山口氏は、長崎まで来てくれたことがあった。次席官舎で深夜まで飲み明かし、最高検・法務省の壁を打ち破ることに関して多くの助言をしてくれた。山口氏は、その後、配下の記者を長崎に出張させ、読売本社社会部としての取材・報道も試みてくれた。 このように、検事時代の私が自分なりのやり方で現場の検察捜査に取り組み、苦悩していた時、いつも力になってくれたのが山口氏だった。検察について、彼と話したこと、議論したことは、私にとって大きな糧となっている。 そういう山口氏とは、私が検察の現場を離れ、コンプライアンスを専門とする大学教授・弁護士の活動を始めて以降も、親しく付き合っていた。報道の現場を離れ、法務部長等の立場で新聞社の経営問題に関わるようになっていた山口氏は、私が桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センター長を務めていた2005年、各業界の主要企業のコンプライアンス責任者をメンバーとする研究会を立ち上げた際に、読売新聞の法務部長として研究会に参加してくれた。当時は、独禁法等に関する読売新聞の法務的な重要課題について、私に相談をしてくることも多かった。もちろん、私も、彼からの相談に対しては、可能な限りの助言をした。 しかし、私が東京地検特捜部の陸山会事件の捜査に対してメディアを通じて検察を厳しく批判するようになった2009年頃から、山口氏は、私とは全く連絡をとらなくなった。長く続いていた年賀状のやり取りも途絶えた。 その後、一度だけ、私の方から、山口氏の携帯電話に連絡をとろうとしたことがある。当時読売新聞社専務であった山口氏をめぐる問題が週刊文春で取り上げられた際だった。(2014年2月6日号「仰天スクープ ナベツネも知らない読売新聞の『特定秘密』」「”御庭番”山口専務が謎の女性に入れ揚げ 会社を私物化」)そこで書かれていることが、私の認識する山口氏とはあまりにもかけ離れたものだったので、その真偽を確認したかったのと、もし、それが事実であれば、一言助言・忠告をしたいと思ったからだった。しかし、留守番電話にメッセージを入れても、秘書を通じて伝言を頼んでも、山口氏からの連絡はなかった。 少なくとも、私が知る司法記者時代の山口氏は、今回の前川氏に関する記事を書いたり、関わったりすることの対極にある記者だった。しかし、今回の前川氏に関する記事について、読売社内では、「山口社長が社会面に書くよう命令した」と言われているとも報じられている(【政権「忖度メディア」の現場記者に今何が起きているのか!?】週刊プレイボーイ6月17日号)。 類まれな傑出した司法記者だった山口氏が、今回の前川氏に関する記事に主体的に関わるような人物になったのだとすれば、彼がグループ社長になるまでの間に大きな変節があったことになる。その背景には、読売新聞という組織の病理があるのであろう。それがいかなるものなのか、山口氏自身が最も良く知っているはずだ。 山口氏には、今一度、司法記者時代の「原点」に立ち返ってもらいたい。そして、グループの総帥としての統率力を発揮して、新聞社の組織を歪めてきた病理を正してもらいたい。 それ以外に、読売新聞を救い、言論報道機関として再生させる手立てはない。        

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読売新聞は死んだに等しい

読売新聞は死んだに等しい

巨大新聞による新聞史上最悪の不祥事 読売新聞は、1874年創刊で、140年の歴史を有する日本最大の新聞であり、世界最多の発行部数を有する。 その読売新聞が、5月22日に、「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」と題し、前川喜平前文部科学省事務次官(以下、「前川氏」)が、新宿の「出会い系バー」に頻繁に出入りし、代金交渉までして売春の客となっていたかのように報じる記事を大々的に報じた(以下、「読売記事」)ことに対して、各方面から激しい批判が行われている。 読売記事は、5月25日、前川氏が、記者会見を開き、加計学園の獣医学部の新設の認可に関して、「総理のご意向」などと記された記録文書が「確実に存在している。」「公平公正であるべき行政のあり方がゆがめられた。」などと発言する3日前に出されたものだった。 前川氏は、記者会見で、出会い系バーへの出入りについて質問され、出入りを認めた上で「女性の貧困問題の調査のためだった。」と説明したが、菅義偉官房長官は、その翌日の5月26日の定例会見で、前川氏の記者会見での発言に関して、加計学園の獣医学部新設について、「首相の意向」「行政が歪められたこと」を強く否定した上、記者の質問に答えて、 女性の貧困問題の調査のために、いわゆる出会い系バーに出入りし、かつ、女性に小遣いまで与えたということだが、そこはさすがに強い違和感を覚えたし、多くの方もそうではないか。常識的に言って、教育行政の最高の責任者がそうした店に出入りし小遣いを渡すことは到底考えられない。 などと発言した。 読売記事と官房長官発言を受けて、前川氏に対しては、教育行政のトップでありながら、出会い系バーに出入りし、援助交際の相手になっていたことへの批判が高まり、加計学園問題に関する前川氏の記者会見での発言の影響力を大きく減殺する効果を生じさせた。 一方、会見当日の5月25日発売号で、前川氏の独占インタビューを掲載し、同氏が記者会見で発言する内容を事前に詳細に報じていた「週刊文春」は、翌週の6月1日発売号で、「出会い系バー相手女性」と題する記事を掲載した(以下、「文春記事」)。 それによると、前川氏が出会い系バーや店外で頻繁に会っていた女性は、生活や就職の相談に乗ってもらっていたと述べ、「私は前川さんに救われた。」と話しているとのことである。読売新聞の記事で書かれているのとは真反対に、前川氏は、出会い系バーに出入りする悩みを抱えた女性達の「足長おじさん」的な存在だったもので、売春や援助交際などは全くなかったとのことだ。しかも、この女性は、前川氏の出会い系バーへの出入りのことが批判されているテレビを見て「これは前川さん、かわいそうすぎるな」と思い父と話した上で前川氏のことを話すことにしたとのことである。文春記事の内容が事実であれば、出会い系バーへの出入りの目的等についての前川氏の説明の真実性が裏付けられたことになる。 読売記事の掲載は、動機・目的が、時の政権を擁護する政治的目的としか考えられないこと、記事の内容が客観的事実に反していること、そのような不当な内容の記事の掲載が組織的に決定されたと考えられること、という3点から、過去に例のない「新聞史上最悪の不祥事」と言わざるを得ない。   読売記事によって生じる「印象」と「事実認識」 読売新聞インターネット・サイトの「読売新聞プレミアム」に掲載されていた読売記事は既に削除されているが、改めて、全文を引用する(下線と(ア)~(キ)は筆者)。   文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。 教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ(ア)。 関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。 女性らは、「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある(イ)。店は直接、こうした交渉には関与しないとされる(ウ)。 複数の店の関係者によると、前川前次官は、文部科学審議官だった約2年前からこの店に通っていた。平日の午後9時頃にスーツ姿で来店することが多く、店では偽名を使っていた(エ)という。同席した女性と交渉し、連れ立って店外に出たこともあった。店に出入りする女性の一人は「しょっちゅう来ていた時期もあった。値段の交渉をしていた女の子もいるし、私も誘われたことがある」と証言した(オ)。 昨年6月に次官に就いた後も来店していたといい、店の関係者は「2~3年前から週に1回は店に来る常連だったが、昨年末頃から急に来なくなった」と話している。 読売新聞は前川前次官に取材を申し込んだが、取材には応じなかった。 「出会い系バー」や「出会い系喫茶」は売春の温床とも指摘されるが、女性と店の間の雇用関係が不明確なため、摘発は難しいとされる(カ)。売春の客になる行為は売春防止法で禁じられているが、罰則はない(キ)。 前川前次官は1979年、東大法学部を卒業後、旧文部省に入省。小中学校や高校を所管する初等中等教育局長、文部科学審議官などを経て、昨年6月、次官に就任したが、天下りのあっせん問題で1月に引責辞任した。   この記事を読んだ多くの人が、「前川氏は、出会い系バーに頻繁に出入りし、値段の交渉をした上で女性を連れ出して売春や援助交際の相手になっていた」と思い、前川氏が「女性の貧困の調査の一環」と説明していることに対して、「見え透いた弁解で、そのような嘘をつく人間の話はすべて信用できない。」と感じたはずだ。 読売記事では、前川氏の「出会い系バー」への出入りに対する「不適切な行動に対し、批判が上がる」という否定的評価(ア)が、その後の記述で根拠づけられるという構成になっているが、記事の中で、前川氏の行為そのものを報じているのは (エ)と(オ)だけであり、それ以外は、出会い系バーの実態等に関する一般論だ。 前川氏は、読売新聞の取材に対してコメントしていないが、(エ)の出会い系バーに頻繁に出入りしていた事実は、否定する余地のない客観的事実であり、問題は、それがどう評価されるかであった。 この点について、「読売記事」は、「出会い系バー」について、売春、援助交際の場となっているが、その交渉に店側は直接関与しないという一般的な実態(イ) (ウ)や、売春を目的とするもので、実質的には違法なのに摘発を免れている理由(カ)、売春の客となることの違法性などの法的評価 (キ)を書いている。それによって、「出会い系バー」の営業実態は「管理売春」であり、摘発は難しいが実質的には違法であり、そこへの男性の出入りは、一般的に売春、援助交際が目的だということを前提にして、前川氏がそのような出会い系バーに出入りしていたという客観的事実から、「売春、援助交際が目的」と“推認”させようとしている。 一方、(オ)の記述は、独自の「関係者証言」によって前川氏の出会い系バーでの行動という“直接事実”を述べたものであり、まさに記事の核心部分と言える。 ここでは、「複数の店の関係者」の証言に基づき、前川氏が「同席した女性と交渉し、連れ立って店外に出たこともあった」とされ、さらに、「店に出入りする女性の一人」の証言として、「値段の交渉をしていた女の子もいる」「私も誘われたことがある」と記載されている。 読売記事は、上記のように、“推認”と“直接事実”の両面から、前川氏の出会い系バーへの出入りが売春、援助交際を目的としていることが二重に裏付けられ、それが「不適切な行動に対し、批判が上がる」という批判的評価(ア)の根拠とされるという構成になっている。   出会い系バーへの出入りだけでは、売春、援助交際の“推認”は働かない しかし、文春記事をはじめとするその後の報道で、読売記事の“推認”と“直接事実”は、いずれも事実に反することがほぼ明白になっている。そして、そのことを、記事掲載の段階で読売新聞側が知り得なかったのか、知った上で意図的に、誤った内容を報じたのかが問題となる。 まず、上記の“推認”に関しては、調査のために全国の出会い系喫茶・バーを取材した評論家の荻上チキ氏の以下のような指摘がある。 【前川前文科次官「出会い系バーで貧困調査」報道に必要なのは、事実の検証であり人格評価ではない/『彼女たちの売春』著者・荻上チキさんに聞く】 で、萩上氏は、   出会い系バーは、業者が女性を囲って行われる「管理売春」ではありません。ですので、行っても交渉決裂になることもありますし、めぼしいマッチングに恵まれずただ帰ることもあります。店に行った=買売春した、とはなりません。「バー通い」だけだと、どの行為なのかを外形的に判断はできないですね。   と述べている。「出会い系バー」を「管理売春」営業のように決めつける上記(カ)の記述は事実と異なるのである。 また、萩上氏によると、出会い系バーが、多くの女性や男性が、性サービスを対価とした交渉を目的としてやってくる場所であることは間違いないが、売春をせず、ご飯に行ったりお茶をしたり、カラオケに行く、連れ出しが目当てで来る人もいるし、大学生の集団とか、会社員の集団とかで、「エピソードを聞きたい」「実態を知りたい」と調査や取材に来る人もいるとのことである。そもそも、出会い系は、「小遣い」を渡さないと外出できず、話を聞くためだけに店を出ていけないシステムになっており、「教育行政の最高の責任者がそうした店に出入りして、小遣いを渡すようなことは到底考えられない」との菅官房長官の指摘も「正しくない」としている。 また、前川氏の「女性の貧困の調査のために出会い系バーに行った」との説明について、萩上氏が、そういった調査をやっている萩上氏は、 別にありえないとは思いませんでした。菅官房長官が「1回、2回で」とか「小遣い渡して」と批判するけれども、仮に調査だったらそんなことはざらにあります。前川氏を否定するあまり、誤った知識を拡散したりするのは違うなと。 と述べている。 前川氏が頻繁に出会い系バーに出入りしていたことだけでは、売春、援助交際に関わっていたかのような“推認”は働かない。このようなことは、読売新聞の日頃からの取材で、十分に認識し得た事実のはずなのに、なぜ、そのような事実に反する“推認”を持ち出したのかが問題だ。   前川氏が「値段の交渉」を行ったとの「関係者証言」 読売記事で書かれている“直接事実”、 前川氏の行動に関する(オ)の記述(値段の交渉をしていた女の子もいる。私も誘われたことがある)に関して重要なことは、その直前の(イ)(ウ)で、「一般的に女性の側から売春、援助交際を持ち掛け、店は直接、こうした『交渉』には関与しない」とされ、そこでの「交渉」というのが、明らかに「売春、援助交際の価格交渉」の意味で使われているので、(オ)の「交渉」「値段の交渉」も、同様に「売春等の交渉」を指していると解されることだ。 ところが、文春記事によれば、前川氏と3年間で3、40回会った「A子さん」だけでなく、「A子さんから前川氏を紹介された女性」、「前川氏とA子さんが通っていたダーツバーの当時の店員」も、前川氏と女性達との間に売春、援助交際など全くなく、生活や就職等の相談に乗り、小遣いを渡していただけであったことを証言している。 しかも、前川氏が出入りしていた出会い系バー周辺者を取材して報じているのは、週刊文春だけではない。週刊FLASH6月13日号の記事でも、前川氏と「店外交際」した複数の女性を取材し、「お小遣いを渡されただけで、大人のおつき合いはなし」との証言が書かれている。同記事は、前川氏の独占インタビューを掲載し、その証言価値を維持しようとする動機がある週刊文春とは異なり、何の利害関係もない光文社が発行する週刊誌の記事である。 […]

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獣医学部新設は本当に必要なのか ~「法科大学院の失敗」を繰り返すな

獣医学部新設は本当に必要なのか ~「法科大学院の失敗」を繰り返すな

学校法人加計学園が運営する大学の獣医学部を今治市に設置する認可をめぐる問題は、2つの点に整理できる。 第1に、獣医学部の新設を認めた文科省の行政判断が正しかったのかという点、第2に、その文科省の行政判断に対して、内閣府・官邸側からの「不当な圧力」が加わったのではないか(或いは、「首相側の意向の忖度」が働いたのではないか)という点だ。 第1の点に関して問題がなかったのであれば、第2の点は、さほど重要な問題ではない。50年以上にわたって獣医学部の新設が認められて来なかったことに問題があったということであり、獣医師の業界の既得権益を保護する岩盤規制の撤廃のためには、ある程度の圧力がかかったり、忖度が働いたりすることも、むしろ望ましいということになる。 しかし、逆に、獣医学部の新設の設置認可の判断に問題があったということになると、なぜ、そのような問題のある判断が、所管の文科省において行われたのか、という点が問題となる。それが、官邸側の「不当な圧力」や、首相の意向の「忖度」によって行われたのだとすると、その背後には、加計学園の理事長が安倍首相の「腹心の友」であることが影響しているのではないか、ということになり、まさに行政が、首相の個人的な意向の影響で捻じ曲げられたのではないかという重大な問題に発展する。 前川氏が、記者会見で、「官邸側から文科省への圧力」の存在を窺わせる「文科省の内部文書」について「確かに存在した」と述べたことで、第2の点について関心が集中しているが、それ以上に重要なのは、今年1月まで文科省の事務部門のトップを務めていた前川氏が、獣医学部の設置認可に関する「行政が捻じ曲げられた」と明言したことである。 この点について、前川氏は、概要、以下のように述べている(産経新聞記事【前文科次官会見詳報(2)】) 今治市における新しい獣医学部の新設に向けて、新たな追加規制改革を行うかどうかは、2015年から既に検討課題にはなっていた。 「『日本再興戦略』改訂2015」という閣議決定があり、この中で、新たな獣医学部の新設を認めるかどうかを検討するにあたって、以下の4つの条件があると示した。 ①現在の提案主体による既存の獣医師養成ではない構想が具体化すること、②ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになること、③それらの需要について、既存の大学学部では対応が困難であること、④近年の獣医師の需要の動向を考慮しつつ全国的な見地から検討すること、である。 獣医師養成の大学の新設を、もし追加規制改革で認めるなら、この4つの条件に合致していることが説明されないといけないが、私は4つの条件に合致していることが実質的な根拠をもって示されているとは思えない。   前川氏は、閣議決定により、上記4条件が充足されることが、獣医学部の新設の規制緩和の条件とされたのに、それが充たされないまま認可をすることになった、ということで、「行政が捻じ曲げられた」と述べているのである。 この「4つの条件」で検討することについての閣議決定があったのは事実のようだが、問題は、加計学園の設置認可が、この「4つの条件」を充たしているのか、ということだ。 確かに、長年にわたって獣医学部の新設を認めて来なかったことは、一つの行政の規制であり「岩盤規制」と言っても良いであろう。 一般的に、「岩盤規制の撤廃」は「善」であり、それに抵抗して既得権益を守るのが「悪」であるかのように決めつける見方がある。しかし、少なくとも、専門職の資格取得を目的とする大学等の設置認可や定員の問題は、そのような単純な問題ではない。 本来、憲法が保障する「学問の自由」(23条)の観点からは、大学等の設置は、自由であるべきだ。しかし、それが、何らかの職業の国家資格の取得を直接の目的とする大学、大学院の設置となると、国家資格取得者が就く職業の需給関係等についての見通しに基づいて、大学、大学院等の設置認可の判断が行われる必要がある。その見通しを誤ると、大きな社会的損失を生じさせることになりかねない。   国家資格取得のための大学院設置認可の政策の大失敗 2004年に70を超える大学に設置され、既に35校が募集停止に追い込まれている「法科大学院」、18校設置され、そのうち6校が募集停止に追い込まれている「会計大学院」等、近年、専門職育成を目的とする大学院設置認可で、文科省は失敗を繰り返してきている。それだけに、文科省としては、獣医師の資格取得を目的とする獣医学部の大幅な定員増につながる学部設置認可に慎重になるのも、ある意味では当然だと言える。 特に、法科大学院の認可の結末は惨憺たるものだった。2013年4月の当ブログ【法曹養成改革の失敗に反省のかけらもない「御用学者」】でも述べたように、法科大学院の創設、法曹資格者の大幅増員を柱とする法曹養成制度改革は、2001年の司法制度改革審議会の提言で、「実働法曹人口5万人規模」との目標が掲げられ、「平成22年ころには新司法試験の合格者数を年間3000人とすることをめざすべき」との政府の方針に基づくものだった。 文科省は、全国で70校もの法科大学院の設置を認可したが、結果的には、それらの法科大学院に膨大な額の無駄な補助金が投じられ、巨額の財政上の負担を生じさせたばかりでなく、司法の世界をめざして法科大学院に入学した多くの若者達を、法曹資格のとれない法科大学院修了者、法曹資格をとっても就職できない司法修習修了者として路頭に迷わせるという悲惨な結果をもたらした。 このような法曹養成制度改革は、「従来の日本社会で、『2割司法』などと言われて司法の機能が限定されてきたのは、諸外国と比較して弁護士等の法曹資格者が少なすぎたからで、その数を大幅に増やしてマーケットメカニズムに委ねれば、司法の機能が一層高まり、公正な社会が実現できる」という考え方に基づき、法務省主導で行われてきた。弁護士が少なすぎて弁護士報酬が高すぎるから、多くの人が訴訟等の司法的手段を選択しないのであり、弁護士を大幅に増やせば、司法的手段を使う人が大幅に増える、という極めて単純な考え方である。法曹資格者が諸外国に比較して少ないことによって弁護士等の法曹資格者の既得権益が守られているという認識の下、「岩盤規制の撤廃」として行われたのが、法科大学院設置による法曹資格者の大幅増員の政策だった。 しかし、一つの国、社会において、司法的解決と、それ以外の解決手段とのバランスがどうなるのかは、社会の在り方や、国民・市民の考え方そのものに深く関わる問題であり、単純にマーケットメカニズムに委ねれば良いという問題ではない。 結局、法曹資格者の数は大幅に増えたが、訴訟はほとんど増えず、弁護士の需要はそれ程高まらなかった。 法務省が主導した法曹養成制度改革での「司法試験合格者3000人、法曹資格者5万人」という見通しに引きずられる形で行われた法科大学院設置認可という政策は、文科省にとっては「大失敗」に終わり、大きな禍根を残したのである。   獣医学部の新設と獣医師の需要見通し 国家戦略特区の指定によって、今治市における加計学園の獣医学部新設の認可を強く求めてきた内閣府は、文科省にとって、法曹養成改革における法務省と同様の存在だったと言える。「確かな需給見通し」に基づかないものであれば、文科省が設置認可に強く反対するのは当然だ。 では、獣医学部卒業者が国家試験に合格して取得する獣医師の需給関係の見通しはどうだったのか。これまで獣医学部がなかった四国において獣医師の需要が特に大きかったのか。 獣医師の主な職種には、牛や豚・鶏などの産業動物を対象とする診療行為やワクチン接種、伝染病防疫等を行う「産業動物臨床獣医師」・「行政獣医師」等と、犬、猫などを対象として診療行為を行なう「小動物臨床獣医師」とがあり、概ね前者が6割、後者が4割となっている。 農水省の資料【畜産・酪農に関する基本的な事項】によれば、日本における家畜等の飼養数は、概ね横ばいの鶏以外は、牛、豚ともに減少傾向にある。畜産物の自由化に伴って日本の畜産業が衰退傾向にある中では、当然と言える。 一方、【社団法人ペットフード協会の公表資料】によると、日本におけるペット飼育数は、ここ数年、犬が減少傾向、猫は概ね横ばいである(高齢化により、毎日散歩が必要な犬の飼育数が減少するのは自然のなりゆきとも言える。)。 獣医師が診療の対象とする家畜、ペットの数を見る限り、獣医師の需要が今後拡大していくことは考え難い。過去50年にわたって認められてこなかった獣医学部の新設を、今、新たに認める根拠となる需給予測を立てることは相当に困難だと言えよう。 では、従来、四国地域に獣医学部がなかったことが、同地域に獣医学部を新設しなければならない特別の事情になるのだろうか。農林水産省「平成27年農業産出額(都道府県別)」によると、平成27年の全国の畜産物産出額が3兆1,631億円であるのに対して、四国4県の産出額は、合計で1036億円であり、全国の3.3%に過ぎない。 しかも、四国というのは、独立した地域ではあるが、本四架橋が3ルートで開通して以降は、実質的に中国地方、関西地方と地続きに近く、四国地域に獣医学部が存在しないことが特に弊害を生じさせているようには思えない。 このように考えると、少なくとも獣医師の需要という面から、獣医学部の新設を根拠づけることは困難だ。既存の獣医師養成ではない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、それらの需要について、既存の大学学部では対応が困難だという事情がある場合でなければ獣医学部の新設を認めるべきではないという、前川氏が指摘した閣議決定の「4条件」は合理的だと言える。加計学園が運営する大学の今治市での獣医学部新設は認可される余地がないように思える。 「獣医師が新たに対応すべき分野」の獣医師医療という面では、むしろ、加計学園の大学ではなく、「ライフサイエンス分野の業績」を強調した京都産業大学こそ条件を充たす可能性が高いように思える。   獣医医療の質の確保の必要性と教育人材の確保 もう一つ懸念されるのは、今回160人もの定員の獣医学部を新設して、十分な質の獣医師教育が可能な教育人材が確保できるのかということだ。一度に70校もの法科大学院設置認可を認めた際にも、教育人材の問題があった。教員が圧倒的に不足した科目があり、また、実務教育のため現役法曹を実務家教員として活用しようとしたが、教育に不慣れなこともあって十分な教育成果が上がらなかったことも、法科大学院修了者の司法試験合格率の低迷の一因となった。 加計学園での獣医師養成教育については、果たして十分な教育人材が確保できているのであろうか。獣医師の国家試験に合格できない卒業生が出たり、資格はとれても、十分な技能を有しない獣医師を生じさせたりすることはないのであろうか。 獣医師の需要が、今後全体として増加するどころか、減少する可能性もある中で、従来の獣医学部の定員合計の2割を超える新たな獣医学部が新設されることで、獣医師が過剰になり、獣医医療の質が低下することだけは避けてもらいたい。 「ペット病院での診療費が高い」との声もあるようだが、健康保険制度がないペットの診療の単価が高くなるのは当然である。ペットに愛情を注ぐ多くの人は、ペット病院の診療費が低下することより、不測の怪我、病気の際のペットに対する医療の質が維持されることの方を望んでいるのではないか。   冒頭で述べた第1の点について、今治市での加計学園の大学の獣医学部の新設を認可したこと自体、行政として合理的な判断とは到底考えられない。 国家戦略特区を所管する内閣府の官僚が、「『岩盤規制の撤廃』は、国家資格取得のための大学等の設置認可も含め、あらゆる領域において『常に善』」などという妄想に取り憑かれているとも思えないので、彼ら自身の判断で、文科省に対して無理筋の認可を迫ったということではないのであろう。やはり、第2の点に関して、安倍首相の指示やその意向の「忖度」があったと考えざるを得ない。                

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現職検察官が国賠審の法廷に立たされる前代未聞の事態

現職検察官が国賠審の法廷に立たされる前代未聞の事態

給与の源泉徴収をめぐる問題が、徴税という国家作用のために、無理矢理「脱税事件」に仕立て上げられ、源泉徴収で納税する多くの給与所得者に対して重大な脅威を与えた八田隆氏の事件。 国税局と検察の面目、体面を保ち、両者の関係を維持するという「組織の論理」により、不当な告発、起訴、そして、一審無罪判決に対する検察官控訴、という検察官の権限の濫用は、1回結審で棄却、上告断念という検察の大惨敗に終わった。 しかし、不当な告発・起訴・控訴が、単に、裁判所の適切な判断によって失敗に終わった、ということだけで終わらせてはならないと考えた八田氏は、刑事事件で無罪を勝ち取った小松正和弁護士、喜田村洋一弁護士に、私と森炎弁護士が加わった弁護団を結成し【#検察なう(393)「国家賠償訴訟に関して(2)~代理人ドリーム・チーム結成!」】、不当な権限濫用が行われた真相を解明し、将来にわたる冤罪の防止に結びつけるための国家賠償請求訴訟の提起に踏み切った。 当ブログでも、このような国賠訴訟の意義や背景について、2014年7月の提訴の段階での【八田隆氏の対検察国賠訴訟の意義】【八田隆氏が国家賠償請求訴訟で挑む「検察への『倍返し』」】などで詳しく述べたほか、昨年4月、私が主に担当している「控訴違法」の問題をめぐる審理の展開について詳述している(【八田氏国賠訴訟、「控訴違法」で窮地に追い込まれた国・検察】)。 その八田氏の対検察国賠請求訴訟は、とうとう“国・検察にとって前代未聞の重大な事態”を迎えた。 来たる9月11日(午後2時半)に、東京地裁で、現職検察官、しかも、地検次席検事の要職も務めた中堅検事の証人尋問を行うことが決定されたのだ。 八田氏の刑事事件については、そもそも国税局が告発したことも、その告発事件を検察官が起訴したことも、全くデタラメだが、何と言っても最も明白に違法なのは、一審で無罪判決が出た後に、それを覆す見込みが全くないのに、検察が無理やり控訴したことだ。 検察官側からの控訴は、検察内部での慎重な検討を経て、控訴審で新たな証拠を請求し、採用される可能性がある場合など、一審無罪判決が覆せる十分な見通しがある場合でなければならないと考えられてきた。しかも、裁判員制度の導入に伴う控訴審のあり方の見直しに伴い、控訴審では第1審の判断を尊重すべきという観点から、平成24年2月13日の最高裁判決で「控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。」とされたことによって、無罪判決に対する検察官の控訴も、さらに制約を受けることになった。 ところが、控訴違法に関する被告(国)側の主張は、「検察官は、第一審の事実認定が不合理であることを『具体的に』示すことができない場合に控訴申立てをしても、国賠法上違法ではない」とまで言い切って、無罪判決に対する検察官控訴は全く制約を受けないかのような無茶苦茶な主張を続けてきた(【八田氏国賠訴訟、「控訴違法」で窮地に追い込まれた国・検察】)。 その後、被告(国)側は、「検察は、言い渡された無罪判決の内容を十分に検討しないまま控訴を決定したのではないか」との原告の主張に対して、反論のための書面提出に長い期間を要求したり、曖昧な反論しかせずにごまかしたりするなどの不誠実な対応を続け、審理を引き延ばしていたが、5月8日の期日で、裁判所は、とうとう、一審公判の担当検察官で、控訴の検討でも中心となったはずの、現在東京地検検事の検察官の証人尋問を行うことを決定し、その後、尋問期日が9月11日に指定されたのだ。 国家賠償請求訴訟で、現職検察官が証人尋問の場に立たされるというのは前代未聞の事態だ。不当極まりない検察の控訴の決定が、検察内部でどのような経過で決定されたのか、現職検察官の証人尋問によって明らかにされることになる。完全にベールに包まれてきた検察内部の意思決定のプロセスが公開の法廷での事実審理の対象にされることになった。 国税局の告発で東京地検特捜部が起訴した事件において過去に例がない「前代未聞の無罪判決」(『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社))が出されたことが発端となって提起された八田氏国賠訴訟は、現職検察官の証人尋問という、さらなる「前代未聞の事態」を引き起こし、「検察の暴走」の真相究明に向けて最大の局面を迎える。    

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美濃加茂市長事件、弁護団は、なぜ“再逆転無罪”を確信するのか

美濃加茂市長事件、弁護団は、なぜ“再逆転無罪”を確信するのか

全国最年少市長だった藤井浩人市長が、受託収賄等で逮捕、起訴された美濃加茂市長事件。昨年11月28日に名古屋高裁が言い渡した「逆転有罪判決」に対して、藤井市長は、即日上告していたが、5月16日、弁護団は、最高裁判所に上告趣意書を提出した。 同日午後1時から、東京地方裁判所の司法記者クラブで、主任弁護人の私と、上告審で新たに弁護団に加わった原田國男弁護士、喜田村洋一弁護士に、藤井市長も駆けつけて記者会見を行った(記者会見に参加したジャーナリストの江川紹子氏のyahooニュースの記事【「日本の司法を信じたい」~美濃加茂市長の弁護団が上告趣意書提出】)。 藤井市長は、会見で、「私が潔白であるという真実が明らかにされることを確信している」と述べたが、我々弁護団も、上告審での“再逆転無罪”を確信している。 日本の刑事裁判の「三審制」の構造 上告趣意書は全文で128頁に上る。記者会見では、説明用に抜粋版(50頁)を作成して配布した。これとほぼ同様の内容の抜粋版を、私の法律事務所のHPに掲載している(【上告趣意書抜粋版】)。 抜粋版の内容を中心に、我々弁護団が、最高裁で“再逆転無罪”を確信している根拠を挙げることとしよう。 その前に、日本の刑事裁判における「三審制」の構造と、その中で、上告審がどのように位置づけられているのかを説明しておく。 検察官の起訴を受けて、第1審(地裁)では、公訴事実について、白紙の状態から事実審理が行われる。被告人・弁護人が無罪を争う事件であれば、検察官の請求によって、公訴事実を立証するための証人尋問等の証拠調べが行われ、被告人質問で、被告人の弁解や言い分も十分に聞いた上で、第1審判決が言い渡される。判決に対して不服があるときは、つまり有罪であれば被告人・弁護人側、無罪であれば検察官側が、控訴の申立てをし、裁判は、控訴審に移ることになる。 控訴審(高裁)は、基本的には、「事後審査審」と言われ、第1審判決の事実認定や訴訟手続に誤りがあるか否かという観点から審理が行われる。特に誤りがないと判断されれば控訴は棄却され、誤りがあると判断された場合には、第1審判決が破棄され、第1審で審理のやり直しが命じられたり(差戻し)、控訴審自ら判決の言い渡し(自判)が行われたりする。このように、第1審判決の見直しに関して、必要に応じて、控訴審での事実審理が行われる。こうして出された控訴審判決に対して、不服があれば最高裁判所への上告が行われることになる。 上告審(最高裁)は、三審制の「最後の砦」であるが、上告理由は、「憲法違反、判例違反、著しく正義に反する事実誤認・法令違反」に限定されている。控訴審までに行われた事実審理や法律適用が、国の根本規範である憲法や、刑事裁判のルールと言うべき「最高裁判例」に違反した場合や、事実認定や訴訟手続に重大な誤りがあって、そのまま確定されることが「著しく正義に反する」という場合でない限り、上告審で控訴審判決が覆されることはない。 上告趣意書で主張した3点の上告理由 美濃加茂市長事件で、弁護人が上告理由として主張したのは、以下の3点である。 第1に、原判決(控訴審判決)は、「1審が無罪判決を出したとき、控訴審が、新たな証拠調べをしないまま1審判決を破棄して有罪判決を下すことができない」とする最高裁判例(昭和31年7月18日大法廷判決・刑集10巻7号1147頁)及び「第1審判決が、収賄の公訴事実について無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が、事件の核心をなす金員の授受自体についてなんら事実の取調を行うことなく、訴訟記録及び第1審で取り調べた証拠のみによつて犯罪事実の存在を確定し、有罪の判決をすることは違法」とする最高裁判例(昭和34年5月22日第二小法廷判決・刑集13巻5号773頁)に違反する(以下「判例違反①」)。 第2に、原判決は、「控訴審が1審判決に事実誤認があるとして破棄するためには、1審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要」とする最高裁判例(平成24年2月13日第1小法廷判決・刑集66巻4号482頁「チョコレート缶事件判決」)に違反する(以下「判例違反②」)。 第3に、原判決は、重大な事実誤認により、被告人を無罪とした1審判決を破棄して被告人を有罪としたものであり、無辜の被告人を処罰の対象とした点で、著しく正義に反するものである。 1審無罪判決を破棄して有罪自判するために必要な証拠調べ 第1の判例違反①の主張は、原判決が、第1審無罪判決を破棄して有罪の自判をすることについての判例のルールに違反したというものだ。このルールというのは、証人尋問や被告人質問等を直接行って、供述者の態度や表情等も含めてその信用性を判断する第1審(このようなプロセスを経た裁判所の判断を重視することを「直接主義」「口頭主義」と言う)と、その結果を記録した書面だけで判断する控訴審とは大きく異なるのであるから、控訴審が、一審無罪判決を覆して有罪判決を言い渡すためには、自ら新たな証拠調べをしなければならない、というものだ。しかも、その証拠調べも、単に、「やれば良い」というものではなく「事件の核心に関するもの」でなければならない。その結果、公訴事実が認定できると控訴審が判断した場合にのみ、有罪の自判をすることができる、というのが判例である。 ところが、本件の名古屋高裁での控訴審では、この新たな証拠調べが「事件の核心」である現金授受に関して行われたとは到底言えない。 控訴審では、贈賄供述者の中林本人の証人尋問が職権(裁判所自らが必要と判断して実施すること)で行われた。それは、中林の一審証言に際して「検察官との入念な打合せ」が行われ、証言に大きな影響を与えたと思われたことから、検察官との打合せ等に影響されない中林の「生の記憶」を確認するために、事前に資料等を全く渡さない状態で、中林の「生の記憶」を確かめようとしたものだった。ところが、ブログ【控訴審逆転有罪判決の引き金となった”判決書差入れ事件”】でも書いたように、融資詐欺・贈賄の罪で服役中の中林に、今回の証人尋問の実施について裁判所から正式の通知が届くよりも前に、中林自身の裁判で弁護人だった東京の弁護士から、尋問に関連する資料として、藤井市長に対する一審無罪判決の判決書等が送られるという想定外の事態が起こった。中林は、自分の捜査段階での供述や一審での証言内容などがすべて書かれている判決書を事前に読んで、証言を準備していたのである。 中林は、一審証言とほぼ同じ内容の証言を行ったのだが、判決書を事前に読んでいたのだから当たり前であり、少なくとも、中林証言の信用性を認める証拠としては意味のないものだった。原判決も、 当裁判所としても予測しなかった事態が生じたことから、当裁判所の目論見を達成できなかった面があることは認めざるを得ない。したがって、当審における中林の証言内容がおおむね原審(1審)公判証言と符合するものであるといった理由で、その信用性を肯定するようなことは当然差し控えるべきである。 と判示している。 それ以外に、控訴審で行われた新たな証拠の取調べは、中林の取調べを行った中村警察官の証人尋問だけだった。ところが、それは、「中林の供述経過」だけにしか関係しない証拠で、しかも、中林の取調べを担当した警察官という捜査の当事者であり、中林証言の信用性が否定されることに重大な利害関係がある人物の証言なので、証拠価値が極めて低い。このような証拠調べが、控訴審での「新たな証拠調べ」として評価されるものではないことは明らかである。 そうなると、控訴審で、一審無罪判決を覆す判断をしようと思えば、最低限必要なことは、被告人質問で、現金の授受という「事件の核心」について、被告人から直接話を聞くことであった。しかし、被告人の藤井市長は、公判期日すべてに出席していたのに、裁判所は、被告人質問を一切行わず、直接話を聞くことを全くしないまま結審し、逆転有罪判決を言い渡したのである。 しかも、原判決は、ブログ【村山浩昭裁判長は、なぜ「自分の目と耳」を信じようとしないのか】でも述べたように、直接見聞きしたわけでもなく、裁判記録で読んだだけの一審被告人質問での供述について、「中林が各現金授受があったとする際の状況について、曖昧若しくは不自然と評価されるような供述をしている」という理由で、証拠価値がないと判示したのである。現金は全く受け取っておらず、一緒に昼食をしただけだと一貫して述べている藤井市長が、1年半も前に、誰かとファミレスで短時間、昼食を一緒にした時のことについて、資料をもらったか否か、どのような話をしたのかなど具体的に覚えていないのが普通であり、その点について記憶が曖昧だということは、被告人供述の証拠価値を否定する理由には全くならないことは言うまでもないが、原判決は、この被告人供述について、「被告人が記憶のとおり真摯に供述しているのかという点で疑問を抱かざるを得ない」などと、藤井市長の供述態度まで批判しているのである(その供述を直接見聞きしたわけでもないのに!)。 このような原判決が、第1審の無罪判決を破棄して有罪を言い渡す場合の判例のルールに違反していることは明白である。 控訴審での事実誤認の審査と1審の論理則・経験則違反の指摘 判例違反②の根拠としている「チョコレート缶事件判決」は、控訴審における事実誤認の審査の方法について、最高裁が平成24年に示した判断である。それまでは、第1審裁判所が、直接証人尋問等を行って得た「心証」と、控訴審裁判所が、事件記録を検討して得た「心証」とが異なっていた場合に、控訴審判決が、第1審判決を事実誤認で破棄することについて特に制約はなかった。しかし、裁判員制度が導入され、それまで以上に、刑事裁判の審理を1審中心にすることの必要性が高まる中で、最高裁は、 第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきもの と判示し、論理則・経験則違反が具体的に指摘できない場合には、第1審判決を事実誤認で破棄することができない、としたのである。 原判決でも、第一審判決の事実認定を批判する中で、「論理則・経験則違反」という言葉を多数、使ってはいる。しかし、その内容は、1審判決が論理則・経験則に照らして不合理であることを具体的に指摘したものではなく、控訴審の誤った「心証」に基づく判断を「論理則・経験則」と言い換えているだけである。 個別の判示についての記述は、証拠関係の詳細にわたるので「抜粋版」では省略したが、典型的な一例を挙げよう。 本件では、現金授受があったとされる現場に、常にTが同席していたこと、そのTが「自分が見ているところで現金授受の事実はなかった。席も外していない。」と証言していることが、現金授受を認定する上での最大の問題であった。 その点に関連して、最初にとられた中林の警察官調書では、1回目の現金10万円の授受があったとされた「ガスト美濃加茂店」での会食について、Tは同席せず、被告人と中林の二人だけだったように記載されているのに、その後、検察官調書で、Tも含めて3人の会食だったとされていることから、弁護人は、「当初、二人だけの会食だったと供述していた中林が、ガスト美濃加茂店の資料で3人だったことが判明したため、事後的に辻褄合せをしたものだ」と主張し、その点を、中林供述が信用できないことの根拠の一つとしていた。それに対して、中林は、一審公判で、「警察官調書作成後、メール等の詳しい資料を熟読するうちに、平成26年3月末頃から同年4月上旬頃、被告人が到着するのをガストの駐車場でTと一緒に待っていた情景等を思い出した。」と供述して、Tが同席していたことを自分で思い出したように証言していた。 これに対して、1審判決では、 中林は、すでに3月27日付け警察官調書において、被告人とガストの駐車場で待ち合わせたこと自体は供述しているし、4月2日午前中に被告人と中林との間でやり取りされたメールを見ても、Tを同行していた事実を推測させるような記載は見当たらないことからして、前記資料等を見たことをきっかけに前記情景等が思い出されたとする中林の説明はそのまま首肯し難い。 と指摘していた。 これに対して、控訴審判決(原判決)は、 確かに、メールの履歴をみる限り、Tに関する記載は無いものの、記憶喚起のあり方として、Tの存在を直接示す記載が無くても、メールを見ながら当時の状況について記憶喚起している中で、Tがいた情景を思い出すということは、経験則上あり得ることであり、この点も特に不自然ではない。 と判示し、まさに、1審判決の指摘が経験則に反しているかのように判示した。 しかし、1審判決は、記憶喚起の経過として、「メールにTの存在を直接示す記載が無いのにメールを見ながら当時の状況について記憶喚起している中で、Tがいた情景を思い出すこと」があり得ない、と述べているのではない。中林は、警察官調書で、被告人とガストの駐車場で待ち合わせたこと自体は供述しているのだから、「被告人が到着するのをガストの駐車場でTと一緒に待っていた情景等を思い出した」という「記憶喚起の経過についての説明内容」が不合理であることを指摘しているのである。 しかも、この点について、中林は、控訴審での証人尋問で、「Tがガストに同席していたことを思い出したきっかけ」について裁判所から質問され、「刑事さんに頼んで、カードの支払の明細を取寄せてもらったところ、しばらくして、それが来て、3人分のランチの支払があったので、Tがいたことがわかった。」と証言しており、中林は、控訴審では、「被告人が到着するのをガストの駐車場でTと一緒に待っていた情景等を思い出したこと」という1審での証言を、自ら否定している。 また、前述したように、控訴審で証人尋問が行われた中林の取調べ警察官の中村も、「中林は4月2日ガストでのT同席を、自分で思い出したのではなく、4月13日頃にガスト美濃加茂店の資料を示されて思い出した。」と証言しており、一審の中林証言は、中村証言とも相反している。 このように、Tの同席を思い出した経緯についての1審中林証言を、「首肯しがたい」とした1審判決の指摘が正しかったことは、控訴審における証拠調べの結果によっても裏付けられているのである。 ところが、原判決は、自ら行った証拠調べ(中林証人尋問)の結果を完全に無視し(この点に限らず、原判決が控訴審での中林証人尋問の結果を全て無視したことは前述した。)、1審中林証言について《この点も特に不自然ではない。》などと判示して、一審判決の指摘が誤っているかのように言っているのである。 これは、原判決の指摘が「1審判決の論理則・経験則違反の指摘」に全くなっておらず、余りにも杜撰なものであることの典型例であるが、それ以外の点も、証拠に基づいて仔細に検討していくと、中林の捜査段階からの供述経過や、関係者の供述を無視したり、1審判決の指摘の趣旨を誤ってとらえたり、全くの憶測で中林の意図を推測して中林証言の不自然性を否定したりするなど、1審判決の事実認定に対する批判として的外れなものばかりである。このような原判決は、最高裁判例で言うところの、「一審判決の論理則・経験則違反を指摘」したとは到底言えず、上記判例に違反していることは明白である。 著しく正義に反する重大な事実誤認 そして、第3の上告理由が、中林証言の信用性を肯定し、現金授受があったと認定したことの「著しく正義に反する重大な事実誤認」である。 証拠の詳細にわたる内容なので、「抜粋版」では省略したが、上告趣意書では、原判決が、証拠評価に関して多くの重大な誤りを犯していることを徹底して指摘した。証拠評価に関して、不当に過大評価したのが中林の知人のAとIの証言、不当に過少評価したのが、現金授受があったとされる会食に同席したTの証言だ。 Aは、1審公判で、「平成25年4月24日頃、中林から、被告人にお金を渡したいから50万円貸してくれないかと頼まれた。」と証言した。また、Iも、1審公判で、「浄水プラントの実証実験が始まった後の同年8月22日、中林とともに西中学校に浄水プラントを見に訪れた際、中林に、『よくこんなとこに付けれたね』と言ったのに対して、中林が、『接待はしてるし、食事も何回もしてるし、渡すもんは渡してる』と発言し、何百万か渡したのかと聞いたら、中林が『30万くらい』と答えた。」旨証言した。 これらの証言について、1審判決は、A証言を「中林において被告人に対して現金供与の計画を抱いていたとの事実の裏付けにはなり得るものの、それ以上に第2現金授受の存在を直接に裏付ける事実となるものではない」、I証言を「その性質上伝聞証拠に当たり、中林の公判供述の信用性に関する補助事実に過ぎない上、Iの公判供述における中林の発言内容は曖昧な内容である」と述べて、極めて簡潔な判示で証拠価値を否定した。 ところが、原判決は、Aが証言する中林の発言が、「Aに依頼した時点で、被告人に対し金銭を供与することを企図していたことを推認させる事実」だとし、Iが証言する中林の発言が、各現金授受に関する中林証言と金額も含めて整合している」とし、AとIの証言を、後から作為して作り上げることのできない事実であるという意味において、「中林証言の信用性を質的に高めるもの」と評価したのである。 1審判決が、A、Iの証言の証拠価値を当然のごとく否定したのは、もともと、その証言が、「中林の発言」を聞いたという間接的なもので、「伝聞証拠」であり、証拠としての価値が低いことに加えて、その「中林の発言」の内容も、信用性を高めるようなものではないからである。Aが証言するように、中林がAに借金を依頼する際に、その理由について「被告人に金を渡したい」と発言した事実があったとしても、Aから頻繁に高利で金を借りていた中林が借金を依頼する口実にしたに過ぎないと考えるのが常識であろう(実際に、控訴審での検察官の主張も、A証言は、中林の供述経過に関する証拠にしようとしただけで、Aが証言する「中林発言」が信用性を高めるとは言っていない)。また、Iが証言する、美濃加茂西中学校を中林とともに訪れた際の会話というのも、それまで実績がほとんどなかった中林の会社が美濃加茂市の中学校に浄水プラントを設置したことについて、中林が、会社の実績を上げたように誇大に説明する中で(実際には、この設置は「実証実験」であり、費用もすべて中林側が負担しているのであるが、Aはそのことは知らされていない。)、「それなりのことはしている」と言ったという程度の「他愛のない世間話」に過ぎないと考えるのが常識的な見方だろう。 それに加え、1審裁判所は、彼らの証言態度や中林とA、Iとの関係などから、凡そ証拠として評価するに値しないと判断したものと考えられる。 A、Iは、かねてから中林と深い関係があるほか、本件や中林の融資詐欺の捜査の進展によって利害を受ける立場にあり、全くの第三者による証言とは質的に異なる。 […]

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「事業の検証と責任追及」についての小池知事と五十嵐市長の決定的な違い

「事業の検証と責任追及」についての小池知事と五十嵐市長の決定的な違い

4月19日、私が委員長を務めたつくば市の総合運動公園事業検証委員会の報告書が公表された(全文がつくば市のHPで公開されている)。 この事業は、前市長時代に市議会もほぼ全面支持で事業計画が立案されたが、約66億円でUR(都市再生機構)から用地を買収する議案承認の段階で議会の賛否が拮抗、僅差で可決されたものの、その後市民から反対運動が高まったことを受けて市議会で住民投票条例が可決され、投票の結果、事業が白紙撤回に追い込まれた。 住民投票の結果を受けて、市原前市長は、4選目の不出馬を表明、昨年11月13日に行われた市長選挙に立候補して当選したのが、市議会議員として反対運動の中心となっていた五十嵐立青氏だった。 白紙撤回された総合運動公園事業の検証を行うことは、五十嵐市長が、市長選挙の公約にも掲げていたものだった。市民の代表である前市長が計画を進めようとした事業計画が、同様に市民を代表する市議会からの反対と、住民投票で示された民意によって白紙撤回に追い込まれた経過を、市長選挙で示された民意に基づいて検証したというのが、今回の検証だ。 つくば市の総合運動公園事業をめぐる問題は、当該地方自治体にとって大規模な事業であり、その事業の是非について激しい意見対立があった点、対応方針が新旧首長で大きく異なっている点において、東京都の豊洲市場問題と共通している。 五十嵐現市長は、つくば市の総合運動公園事業の計画に対する反対の立場で、この事業を最終的に住民投票によって白紙撤回に追い込む側の中心であった。結果として、つくば市には、URから約66億円で買収した土地が、当面使う予定のない市有地として残っている。 一方、東京都の豊洲市場への移転問題については、話が持ち上がった当時から、土壌汚染の問題がある工場跡地に生鮮食品の市場を整備することについて反対論が根強くあったが、豊洲への移転を決定した石原慎太郎氏から猪瀬直樹氏、舛添要一氏まで歴代の知事は、一貫して豊洲への市場移転に積極的だった。舛添氏の辞任を受けて行われた都知事選挙で当選し、昨年7月31日に小池百合子氏が都知事に就任した時点では、豊洲市場の施設はほとんど完成し、11月7日の移転を待つのみであったが、8月31日、小池都知事は、豊洲への移転延期を発表し、その後、一貫して移転に慎重な姿勢をとり続け、都知事の側近から築地市場の再整備の試案が公表されるなど、現在も、市場移転問題をめぐる混乱は続いている。 つまり、小池都知事は、前任までの都知事とは、豊洲市場問題に対する姿勢が大きく異なるのであり、同じ自治体において、現首長が前任までの首長とは異なった方針に転じたという点では、つくば市の五十嵐市長と前市長の関係と同じなのである。   新たに就任した首長が、当該自治体の行う大規模事業に対して何らかの見直しを行おうとする場合、それまでの首長が行ってきた事業の経緯やその問題点を把握し、自らの首長としての対応を決定していくことになる。 ここで重要なことは、首長の対応をいかにして、客観化し、適正な手続で進めていくかだ。 【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】でも述べたように、日本の地方自治制度において、直接選挙で選ばれる首長の権限は絶大だ。議会には予算の提出権がなく、首長側が独占しているという意味では、米国の大統領よりも権限が強い。その首長が選挙によって交代し、当該自治体の運営や事業の執行に関して、前任者とは異なった方針で臨もうとする場合、非常に困難な問題が生じる。 前任者までの首長も、同様に「強大な権限」に基づき既に決定し執行した事業なのであるから、同じ地方自治体という組織の後任の首長も、一度法的に生じてしまったものを覆すことはできない。後任者の首長は、同じ組織を継承した者として、前任者までに生じた法的効果を継承して、自治体の運営と事業の執行に臨まざるを得ないのである。 つくば市の総合運動公園事業については、五十嵐市長の就任時点で、住民投票によって白紙撤回が決まっていたが、前市長の時代に市が約66億円の予算を投じて行ったURからの用地の購入は、市長が変わったからと言って、無かったことにはできない。東京都の豊洲市場の問題についても、小池知事が移転を延期した時点で既に6000億円もの費用が投じられて市場の施設のほとんどが完成しているという事実がある。五十嵐市長の総合運動公園事業への対応も、小池知事の豊洲市場問題への対応も、それだけの費用を投じて既に土地を購入したり施設の建設が完了したりしていることを前提にせざるを得ない。 このような場合、前任者までの首長とは意見を異にする首長としては、対応方針の転換によって自治体に多額の損失が生じる可能性があるため、前任者までの首長の対応の誤りや問題点を強調し、その責任を強調することになりがちだ。 その点、つくば市の総合運動公園事業に対して、五十嵐市長が就任後に行ったことと、小池知事が就任後に豊洲市場問題に対して行ってきたこととの間には大きな違いがある。 五十嵐市長は、市民に公約した事業の検証を、条例に基づく「第三者委員会」としての検証委員会を設置して、独立かつ中立の機関による客観的な調査に委ねた。重要なことは、条例の制定という形で、もう一つの市民の代表である市議会の了解を得た上で検証委員会を設置したこと、しかも、事業の経緯についての事実調査、原因究明等について、独立性、中立性を確保し、自らの意向とは完全に切り離した形で検証が行われたことだ。 一方、小池知事は、豊洲への移転延期の決定を、全く都議会に諮ることなく独断で行った上、「市場建物の地下に『盛り土』が行われていなかった問題」についても、条例上の根拠も何もない「専門家会議によるオーソライズ」を金科玉条のように扱い、移転の延期を正当化する事後的な根拠にした(【豊洲市場問題、混乱収拾の唯一の方法は、小池知事の“謝罪と説明”】)。そして、豊洲市場への移転延期で膨大な損失が生じていることに関して、移転を決定した石原氏の責任追及を行うべく、石原元都知事の損害賠償責任を否定していた従来の都の対応を見直す方針を明らかにし、訴訟代理人も交代させている。それも、小池氏自身の独断で決めたものであり、第三者による客観的な検証は全く行われていない(【「小池劇場」の”暴走”が招く「地方自治の危機」】)。   つくば市総合運動公園事業検証委員会発足時点の記者会見で、五十嵐市長は、「検証委員会設置は、責任追及を目的とするものではない。」と明言していたが、委員会としては、市原前市長が何らかの個人的動機によって事業を行おうとした疑いや、本件土地を売却したUR側と市との間に何らかの不透明な関係、癒着関係等の疑いが指摘されていたことも踏まえ、その点も念頭においた調査を行った。その結果、「本件検証における調査結果からは、個人的な動機が介在した事実や不正の事実等は認められなかった」との結論に至り、「本件をめぐる問題は、二元代表制の地方自治制度の下で、首長や執行部が大規模事業の実施を決定し、事業を遂行していくことに関して、民意の把握、市議会や市民への説明等に関して不十分な点があった場合に、行おうとする事業の規模・性格や首長と議会との関係等の要因如何では、計画どおり事業を遂行することが不可能な事態に追い込まれることもあり得ることを示すもの」と分析したうえで今後のつくば市の事業への対応についての提言を示した。 つくば市においては、市を二分した対立には一応の決着がつき、今回の検証結果が、今後、市が行う大規模事業において教訓として活用され、市長と市議会との健全な関係と、民意を尊重した市政が展開していくことが期待される。 それと全く対照的なのが小池知事のやり方である。豊洲市場問題の混乱を招き、市場関係者や都民に膨大な損失を生じさせ、独断で過去の知事の責任追及の方針を示すことで市場問題への自らの対応への批判をかわそうとする小池氏は、「東京大改革」どころか、「都政の破壊活動」を行っているに等しい。東京都民の一人として、極めて憂慮すべき事態と言わざるを得ない。      

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「浜渦氏偽証告発」“都議会の品格”が問われる

「浜渦氏偽証告発」“都議会の品格”が問われる

虚偽陳述(偽証)による告発とは 豊洲市場への移転問題に関して東京都議会に設置された地方自治法100条に基づく委員会(「百条委員会」)が喚問した浜渦武生元副知事に関して、「虚偽陳述」で告発する動きが強まっていると報じられている。 地方自治法100条9項は、「議会は、選挙人その他の関係人が、第三項又は第七項の罪を犯したものと認めるときは、告発しなければならない。」と定めている。「第七項の罪」というのが、「虚偽陳述」である。 虚偽陳述とは、「意図的に虚偽の陳述を行うこと」であり、「陳述内容が虚偽であること」に加えて、陳述の際に「虚偽であることの認識があったこと」が必要である。 「(議会は)…告発しなければならない」というのは、公務員の告発義務(刑訴法239条2項)の規定と同様の文言であり、「告発を行うか否かについての合理的な裁量は認められる」というのが一般的な解釈だ。 この権限は、国会での国政調査権に基づく証人喚問と同様に、議会での喚問において意図的な虚偽陳述が行われ、それを放置したのでは委員会設置の目的が達せられないと判断される時に、議会が告発を行うものであり、委員会設置の目的実現のために議会に与えられた手段だ。政治的対立を背景に、関係者をつるし上げることは百条委員会の目的ではない。 百条委員会設置の目的と浜渦氏の陳述内容 東京都の百条委員会における調査の焦点となったのは、第1に、なぜ土壌汚染がわかっていた豊洲市場に移転することが決まったのか、第2に、なぜ2011年の売買契約時に東京ガスの土壌汚染対策費78億円を上限とする「瑕疵担保責任の放棄」が盛り込まれたのかであり、それらの経緯を明らかにするために、当時の東京都幹部職員、東京ガス関係者等、多数の証人の喚問が行われた。 浜渦氏は、2005年まで副知事を務め、市場問題を所管していた上、当時の石原慎太郎知事の命を受けて東京ガスとの交渉に直接関わっていた人物であり、上記第2の目的に関して、浜渦氏が東京ガスとの交渉の中で「瑕疵担保責任の放棄」に関わっている疑いがあるというのが、百条委員会での喚問の目的だったはずだ。 3月19日の百条委員会での喚問で、浜渦氏は以下のような陳述を行った。 ①2001年7月の東京ガスとの移転に関する基本合意締結までは、水面下での交渉に関わったが、それ以降は、同社との交渉には一切関わっていない。 ②基本合意締結時には、(東京ガスには)「土地はきれいにしてください」と頼んだ。 ③その後の交渉は知事本局に任せており、東京ガスに追加の土壌汚染対策を求めない「瑕疵担保責任の免除」が盛り込まれるきっかけとなった「確認書」による合意には関わっていない。 ④基本合意締結後は、東京ガスとの交渉は知事本局が担当しており、豊洲市場の問題については、報告を受けておらず、指示もしていない。 浜渦氏は東京ガスとの「水面下の交渉」において、「東京ガス側の土壌汚染対策の免除につながるようなことは一切しておらず、瑕疵担保責任の免除にも全く関わっていない」というのが浜渦氏の陳述の趣旨である。 上記の百条委員会設置の目的と、浜渦氏喚問の目的からすると、浜渦氏の刑事処罰を求めて虚偽陳述で告発するとすれば、「浜渦氏が東京ガスとの交渉に、いつまで、どの程度に関わっていたのか、その交渉の中で東京ガスの土壌汚染対策の責任に関してどのようなやり取りが行われたのか、という点に関して意図的な虚偽の陳述が行われた場合」であろう。 偽証等の刑事処罰の対象 国会での証人喚問に関しても、籠池氏の証言について、自民党議員が偽証告発をめざして調査しているようだが、【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】でも述べたように、「郵便局での振込手続を誰が行ったのか」等、自民党調査チームが問題にしている事項が、国会の国政調査権に基づく証人喚問の証言について偽証告発の対象となるものではないことは明らかだ。 国会の喚問でも、百条委員会の喚問でも、偽証等で刑事処罰の対象になり得るのは、「調査目的に関わる重要事項」について「意図的な虚偽証言」が行われた場合である。 東京都の百条委員会であれば、上記の委員会の調査目的に関わる重要な事実に関して意図的な虚偽陳述があれば告発を行って処罰を求める価値があると言えよう。 百条委員会の委員でもある音喜多駿都議会議員が、ブログで述べているように 浜渦副知事は困難な交渉をまとめた「タフネゴシエーター」でもなんでもなく、「汚染土壌が残置されたままでもよい」と大幅な譲歩を行い、交渉を取りまとめただけだった。 ここで東京都が譲歩した内容が、その後に判明した高濃度の汚染物質除去に対応する際の基準になり、結果として瑕疵担保責任を東京ガス側に強く求めることができず、莫大な都税が汚染除去に投じられることになった というような事実関係だとすれば、浜渦氏には、東京ガスとの交渉で「大幅な譲歩」を行ったことについて重大な責任があるということになり、浜渦氏の「瑕疵担保責任を免除することにつながる交渉や合意には一切関わっていない」という趣旨の陳述は、自己の責任を否定するための虚偽陳述ということになり、虚偽陳述で告発をするのが当然ということになる。 しかし、基本合意の際に都と東京ガスとの間で交わされた「確認書」が、最終的に東京ガスの瑕疵担保責任が免除されたことに関して決定的に重要だというストーリーが、これまでの百条委員会の調査では、明らかになったとは言えない。 「確認書」の作成者の野村氏からは「確認書に関して浜渦氏の指示を受けた」とか、「それについて報告した」との陳述はなく、その上司であった赤星氏も、「確認書は見ていない」と言っている。また、交渉相手の東京ガスの関係者も、「確認書」の内容は二者間合意として認識しているが、「その内容に浜渦氏が関わっていた」とは言っていない。 つまり、百条委員会では、現時点で、浜渦氏と「確認書」を関連づける証拠は何も得られていないのである。 何が虚偽陳述とされているのか 報道されているところによると、浜渦氏の虚偽陳述で告発すべきとされているのは、上記④の中の「基本合意締結後は報告を受けていない」との陳述が、実際には報告を受けていたことが明らかなので、虚偽である疑いが強まったということのようだ。 浜渦氏は、4月10日に記者会見を行い、①について「基本合意後は交渉に関わっていない」と繰り返す一方で、④については、 (担当者部局が)困れば相談に来たかもしれない。聞かれたことは職員に丁寧に答えたが、指示はしていない と述べて、委員会での陳述と若干異なる説明をした。このことで、百条委員会での浜渦氏の「報告を受けていなかった」との陳述が虚偽である疑いが一層強まったとされ、同氏の偽証告発が行われる見通しだとされている。 確かに、3月19日の証人喚問で、浜渦氏は、「私への報告は一切ありませんでした」と陳述している。しかし、それは「二者間合意は全く知りません」「こういう書類(確認書)があったというのも最近知ったことです」と述べていることからしても、その「報告を受けていない」というのは「二者間合意」や「確認書」のことを言っているようにも思える。 百条委員会の際の質問が、かなり長いものなので、「報告を受けていない」というのが、具体的に何についての報告を意味しているのか、必ずしも明確ではない。 これに対して、記者会見で「困れば相談に来た。聞かれたことは丁寧に答えた」と言っているのも、市場問題を所管する副知事として一般的な報告を受けていたという程度のようにも思えるので、百条委員会での「報告を受けていない」という陳述と相反するのかどうかもよくわからない。 しかも、浜渦氏は、記者会見で、再喚問に応じる意向を示している。だとすると、地方自治法100条9項但し書で「虚偽の陳述をした選挙人その他の関係人が、議会の調査が終了した旨の議決がある前に自白したときは、告発しないことができる。」とされていることとの関係が問題になる。もし、「報告は受けなかった」という陳述が「百条委員会の調査の目的に関わる重要事実」だというのであれば、浜渦氏が記者会見で、再度喚問されれば説明する意向を示している以上、再度喚問して訂正する機会を与えないまま偽証告発を行うことが正当なやり方だとは思えない。 浜渦氏に対して虚偽陳述の告発を行うとすれば、東京ガスとの交渉における浜渦氏の関与の内容に関して重要な事項について虚偽の陳述が行われたことが確認された場合であろう。百条委員会での浜渦氏の偽証告発のためには、浜渦氏が「確認書」の合意に直接関わったことや、基本合意締結後の豊洲市場問題への関与が、所管する副知事としての一般的なものではなく、具体的な指示を行うなどの積極的な関与であったことが、証拠により明らかになることが必要である。 音喜多氏などが、 浜渦副知事に対して報告していた「お手紙」の現物は公的に提出された資料から発見されており、(報告を受けていたことの)動かぬ証拠が存在する などと述べているが、虚偽陳述(偽証)を立証する証拠というのは、「公的に提出されたか否か」が問題なのではない。それが、虚偽の陳述であることを具体的に立証する証拠価値を有しているか否かが問題なのである。 浜渦氏の虚偽陳述(偽証)については、まだ、漠然とした疑いのレベルにとどまっているように思える。 「法律上の告発」に伴う責任 拙著【告発の正義】(ちくま新書:2015年)参照)でも述べたように、最近、私人にせよ、官公庁にせよ「告発」をめぐる環境が激変している。「告発」は重大な社会事象になっていると言える。しかし、それが、「悪事を暴くこと」という社会的意味で使われるのではなく、法律上の権限として行われる場合には、それ相応の責任を伴うことを忘れてはならない。 官公庁の告発であれば、事前に検察に相談し、起訴の見通しを確認するのが従来の慣例であった。しかし、議会は独立かつ自律性を持った機関なので、議会が虚偽陳述(偽証)による告発を行う場合に、検察官に事前相談することはあまりない。それだけに、告発は、調査の目的に関わる事項についての虚偽陳述(偽証)であり、なおかつ、その嫌疑が相当程度あって、起訴される見通しが高いと議会として判断ができる場合に行われるべきであろう。 【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】等でも述べたように、国会の国政調査権に基づく証人喚問に関しても、「告発」に関する基本的な事項も理解されていないのではないかと思えるような動きがあったり、【行政調査権限は、「犯罪捜査」のためのものと解してはならない】で述べたように、大阪府という自治体のトップが、行政調査権限と「告発」の関係を理解していないような発言をしたりというような、日本は、本当に法治国家なのだろうかと思えるような事象が相次いでいる。 東京都という日本最大の、いや世界最大の都市の議会において、都議会が虚偽陳述による告発を行うというのであれば、犯罪の成立と起訴の可能性について十分な検討を行った上で行うべきである。そうでなければ、東京都議会の「品格」が問われることになりかねない。

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行政調査権限は、「犯罪捜査」のためのものと解してはならない

行政調査権限は、「犯罪捜査」のためのものと解してはならない

森友学園と籠池氏をめぐる事態は一層、異常かつ深刻なものとなっている。 一昨日出したブログ記事【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】でも述べたように、籠池氏の衆参両院予算委員会の証人喚問での証言について、「偽証告発」をめざす調査が行われている。告発の権限を持つ各院の予算委員会とは無関係に、自民党の西村康稔議員らによって調査が行われ、「偽証の疑いがある」「事実が確定したら告発をする」などと表明されたのが3月28日。翌29日には、国会ではなく内閣の側の菅官房長官が国会で、「(証言が)事実と違ったら告発」などと答弁し、その日のうちに、大阪地検が、前日に補助金が全額返還されているにもかかわらず、補助金適正化法違反の告発を突然受理し、最高検又は法務省からのリークとも思える「籠池氏告発受理」の報道が大々的に行われた。 そして、昨日31日には、森友学園に対する大阪府による立入調査が大々的に報道された。 大阪府の松井一郎知事は、森友学園に犯罪の疑いがあるかのような発言をかねてから繰り返していた。「偽計業務妨害」「私文書偽造」等、なぜそのような犯罪が成立するのが全く理解できない罪名から始まって、補助金不正受給の「補助金適正化法違反」の疑いがある旨のコメントが繰り返されていた。 3月29日と31日の記者会見で、松井知事は、次のように発言している。 (3月29日) 知事)籠池さんのことは、補助金の詐欺の疑いとかそういうものがあるのなら、それはもう、最後は司法に任せてやるべきだと思う。大阪府とすると、来週、調査に入りますから、その調査結果においては、教育長の方でね。 職員)明後日。 知事)明後日。調査に入るんで、そこに明確な、そういう補助金に対して違法性があるのなら、これはもう、教育長の方は警察の方へ届けるということになるでしょう。 記者)細かいんですけど、その刑事告訴・告発は、教育長が、大阪府知事として… 知事)これは大阪府知事名で、教育長が代理人になると思います。だってやっぱりこれは予算の不正取得になるのでね。 <中略> 記者)確認なんですが、先ほど知事は国会の偽証罪での告発について「ええ加減にした方がええ」というふうにおっしゃっていましたが、告発は予算委で3分の2以上の賛成が必要ですけども、維新としては、賛成反対という議論についても加わらないということですか。 知事)それは議論には入らないとダメだとは思いますけどね。そこは国会の対応なのでね、国会議員団の団長と幹事長が判断したらいいと思います。 記者)今のところ、代表として賛成すべき、反対すべき、というのはありますか。 知事)その、告発すること? 記者)そうですね。 知事)告発するのならやっぱり理屈というか理由がきちっと固まっていないとダメだと思いますけどね。まあでも僕は、大阪府としては、31日に調査に入れば、補助金の不正な搾取があれば、これは、知事としては、やっぱり府民の税金が不正に取られたということになれば、これはやっぱり警察・検察にきちっと申し立てはします。 (3月31日) 記者)仮に今日の調査で事実と異なるですとか、虚偽があった場合、府の対応について現時点でいかがでしょうか。 知事)これ教育長が判断することですけれども、やはり補助金を不正に取得されていたということになると、司法に判断を仰ぐような形になるんじゃないですかね。 記者)刑事告発が既に受理されていてですね、そちらの方の捜査もおそらく始まっているだろうという中で、契約書の話はその辺すごく絡んでくる部分があると思うんですけども、その辺、どういう風に整合性を取っていくかというか、その辺どのようにお考えでしょうか。 知事)いやもう整合性というか…この事実を知っているのは施主である森友さん側と、請負された建築会社、設計事務所、この皆さん方が誠実に真実を話すべきだと、こう思っています。 記者)その刑事的な話が進んでいることを理由に、今回の調査を断られたりということは、想定されているんでしょうか。 知事)まあ、誠実に対応されると、僕は思っています。 記者)補助金の問題とも絡むんですけど、偽計業務妨害としても検討されていることを思えば、今回の立入調査の結果を踏まえて、それはもう最終的に結論を出すということですか。 知事)そうですね。やはり立入調査で事実を明らかにしないと。 松井知事は、大阪府が森友学園に立入調査に入るのは、「補助金の詐欺」などの不正を突き止めることが目的で、調査の結果不正が明らかになれば、警察、検察に告発する方針であることを明確に述べている。「司法に任せてやる」「警察の方へ届ける」「司法に判断を仰ぐ」など表現は様々だが、大阪府の行為としては「告発」するということであり、さらに、「告発の名義人」を尋ねた記者の質問に答えて、「大阪府知事名で、教育長が代理人になる」とまで答えている。 もちろん、「調査の結果不正が見つかれば」と言っているが、不正が見つからなければ、そもそも告発も何も問題になるわけがないのであるから、それは当然のことだ。 松井知事の発言には、自分が行政のトップの立場にある大阪府の権限を使って、森友学園の犯罪を行政の手で明らかにしようという意図が露骨に表れている。 特に、31日の会見では、記者は国会での籠池氏偽証告発について、松井知事が反対するようなコメントをしていたことについて聞いているのに、自分の方から、大阪府の調査のことに話題を変え、「31日に調査に入れば、補助金の不正な搾取があれば、これは、知事としては、やっぱり府民の税金が不正に取られたということになれば、これはやっぱり警察・検察にきちっと申し立てはします」などと述べているのである。 また、既に補助金適正化法違反の告発を大阪地検が受理したと報じられていることから、記者が「刑事的な話が進んでいることを理由に、今回の調査を断られたり」と言って、「大阪府が補助金適正化法違反の事実を突き止めるために立入調査を行おうとしても、森友学園側が拒否するのではないか」という趣旨のことを聞いても、「誠実に対応されると、僕は思っています」などと述べて、そのような拒否はさせない、大阪府の調査に対しては「誠実」に対応するのが当たり前だという趣旨の発言をしているのである。 「不正の事実があれば処罰を求めて告発をする」、それだけ聞くと当然のことのように思える。しかし、行政機関の立入調査(正確には「立入検査」)をその手段とすることには法律上重大な問題があることを、この際、声を大にして言っておきたい。行政が、自らの調査権限を使って、司法のチェックも受けないで、犯罪捜査まがいのことを好き放題に行うようになったら、それこそ、専制国家そのものである。 行政機関による行政調査は、本来、「行政上の目的」で行われるものであり、それを拒否したり、質問に対して虚偽の陳述をしたりすることに対しては「罰則」の制裁がある。つまり、「行政目的で行う」という大前提の下で、立入検査という形で「家宅捜索」のような調査を受けることも、質問に対して答えることも、「拒絶できない」ことになっているのだ。 行政目的のために立入検査などを行った結果、刑事罰に処するべき悪質な違反事実がみつかったという場合、その段階で告発の要否を検討し、当該行政庁が警察、検察に告発を行う場合がある。それは、まず一定の行政目的での立入検査が行われた「結果」、犯罪事実が「発見」され、それを当該行政目的に照らして考えたとき、「行政機関に与えられた行政処分等の権限では行政の目的が達せられない」と判断されるからこそ、「告発すべき」ということになり、最終的には、捜査機関側の意見も聞いて、行政庁としての告発の判断が行われることになるのである。 「補助金の不正受給」の事実があったとしても、まずは「補助金の返還」を求めることが先決であり、その上で、悪質・重大な犯罪の疑いがある場合に、告発を検討することになる。 私が総務省顧問・コンプライアンス室長を務めていた2010年に、ICT関係の補助金に関して、コンプライアンス室への内部通報を端緒に、補助金適正化法違反で補助金をめぐる不正の事実をつかみ、総務省で特別チームを作って調査し、補助金適正化法違反による立入検査を行った事案もあった。多数解明した事案の中には、多額の補助金を私物化している悪質事案があり、告発に向けて検察庁と協議も行ったが、告発には至らなかった。 「最初から、犯罪の証拠を発見して告発することをめざして立入検査等の行政調査を行うこと」は、それによって、「無令状」の捜索や「黙秘権侵害」の聴取が行われることになるので違法であることは言うまでもない。逮捕,勾留,捜索,押収などの強制処分は,裁判官または裁判所の発する令状によらなければ,実行できないとする原則が「令状主義」である。 強制処分の理由と必要性を第三者が審査することで権限濫用を防ぎ、人権を保護するのが目的だ。 考えてみてもらいたい。例えば、あなたの会社について、犯罪の疑いがあるとの噂が流れ、管轄の行政庁又は自治体が、「噂がその通りであれば、告発する」と公言した上で、行政上の立入検査に入ってきて、「拒否すると罰則が科されますよ」と言われて、書類の提出を求められたり、「噂されている事実があるのか」と質問されるという状況に立たされたら、あなたならどうするだろう。 犯罪の疑いがあれば、捜査機関の判断によって捜査の対象にされることもある。しかしそれば、あくまで「任意」が原則であり、「強制」的に行う場合は、裁判官による「令状」が必要だ。犯罪捜査に応じることを、罰則で強制されることは、刑事手続きに関する憲法上の権利を侵害するものだ。 行政調査と憲法35条の「令状主義」・38条の「黙秘権の保障」との関係については、古くから税務調査等に関して問題にされてきた。昭和47年11月22日の川崎民商事件最高裁判決では、「刑事責任追及のための証拠収集と行政調査との関係」について、 右規定(憲法第38条の)による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。 との判断が示された。 それ以降、行政調査権限に関する規定には、必ず「犯罪捜査のためのものと解してはならない」との規定が設けられるようになった。補助金適正化法(第23条3項)においても、 (行政調査)権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない と定められている。 行政調査の現場では、告発を視野にいれている場合であっても、絶対に表には出ないよう十分な配慮がなされてきた。行政調査が「犯罪捜査の目的ではないか」と疑われた場合、それを理由にして、被調査者側から調査を拒否されても致し方ないからである。この場合、拒否に対する罰則適用も不可能である。 松井知事の、森友学園に対する調査に関する発言を見る限り、そのような「行政調査と犯罪捜査との関係」についての理解を欠いているとしか思えない。立入調査に入る行政機関のトップが、事前に、「不正や犯罪を発見して警察、検察に処罰を求める」と公言しているのだから、全く弁解の余地がないのだ。 重要なことは、松井知事のこのような発言が、かえって森友学園側に有利に働くということだ。森友学園側としては、立入検査に対して、「犯罪捜査のために行われている」と言って重要書類の提出や、質問への回答を拒絶することができる。それに対して罰則適用することはできない。しかも、「行政調査で解明しようとしている事項については、まず行政機関の手続きを優先させるべき」と判断するのが一般的であり、警察などの捜査機関が犯罪捜査で介入をすることは、適切ではないということになる。結局、大阪府に関連する問題に関して、森友学園の不正の解明は遅れてしまうことになりかねないのだ。 昨日は朝から、大阪府が立入調査に入ることがマスコミで大々的に報じられ、テレビのワイドショーは、さながら「立入調査の実況中継」のような状態であった。その中で、松井知事のかねてからの「調査の結果不正がみつかったら警察に」というような発言が、改めて映像で流され、キャスターが「松井知事は不正がみつかったら告発すると明言している」という趣旨の解説をしていた。そして、スタジオのパネルは、森友学園の様々な「犯罪の疑い」で埋め尽くされ、森友学園の犯罪に対して大阪府の調査でメスが入る、ということが強調されていた。 私は、森友学園とも籠池理事長とも何の関係もないし、もちろん、弁護人でも、代理人でもない。森友学園の幼稚園等で何が行われていたのか、小学校の開設をめぐって何が行われてきたのかを知る由もないし、実際に、犯罪が行われた可能性を否定するものでは決してない。しかし、仮に犯罪事実があったとしても、それは、「適正な手続」によって証拠収集され、事実解明されなければならないことは、憲法上の保障から言っても、当然のことだ。行政のトップが、その大原則を露骨に踏みにじる発言をすることは決して許されない。 このような知事の発言によって、行政の立入調査が、森友学園の犯罪を明らかにするためであるかのように強調する放送が行われることは、弁護士の立場から見過ごすことができない。 「偽証告発」をめざす動きの異常さ、補助金全額返還後の「告発受理報道」の異常さに加え、大阪府が、「犯罪事実を明らかにするために行政調査に入る」という異常さまで加わる。 日本は、いつから非法治国家、非立憲国家になってしまったのだろうか。

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籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”

籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”

3月23日の衆参両院予算委員会の証人喚問での証言が社会的注目を集め、「時の人」となっている籠池泰典氏をめぐって、3月29日から30日にかけて、二つの「告発をめぐる動き」があった。 一昨年秋に公刊した【告発の正義】(ちくま新書:2015年)等で、告発をめぐる最近の環境変化の問題について専門的立場から調査研究してきた私にとって、いずれも、不可解極まりないもので、凡そ理解できないものだ。このような告発をめぐる不可解な動きが行われる背景に、一体何があるのだろうか。 一つは、3月28日に、「籠池氏偽証告発」に向けての調査結果が公表されたことだ。 同日夜、自民党の西村康稔総裁特別補佐が、西田昌司参議院議員、葉梨康弘衆議院議員とともに、党本部で緊急の記者会見を行い、衆参両院で証人喚問を受けた森友学園の籠池泰典氏による複数の発言に虚偽の疑いが濃厚だとして「国政調査権の発動も必要だ。精査を進めたい」と述べ、その上で、議院証言法に基づく偽証罪での告発について「偽証が確定すれば考えたい」などと述べた。 そしてもう一つは、翌日29日の夕刻になって、大阪地検が、籠池氏に対する補助金適正化法違反での告発を受理したことだ。NHKは、次のように報じている。 大阪の学校法人「森友学園」が小学校の建設をめぐって金額が異なる契約書を提出し、国から補助金を受けていた問題で、大阪地検特捜部は29日、籠池理事長に対する告発状を受理し、今後、補助金の受給が適正だったかどうか捜査を進める   今回の告発受理公表の特異性 まず、二つ目の「補助金適正化法違反の告発受理」であるが、刑事訴訟法上、告発というのは、何人も行うことができる。告発人の一方的なアクションである。告発が行われたからと言って、その事件が起訴されるか、ましてや、告発事実が真実なのか、犯罪に当たるのか全く不明なので、告発やその受理が、当局の側から積極的に公表されることはほとんどない。告発人が、自らのリスクで公表し、マスコミがそれを報じることがあるだけだ。 ところが、今回の「籠池氏告発受理」の報道は、明らかに検察サイドの情報によって行われている。マスコミ各社の報道の多くは、告発人が誰かということすら報じていない。「告発状を受理し」と書かれているだけだ。【森友学園問題 補助金不正で捜査機関が動かないのはなぜか】で述べているように、この補助金適正化法違反が刑事事件として立件されるのは容易ではないと考えられた。しかも、3月28日に、森友学園は、問題となっていた国土交通省からの補助金全額を返還したとされている。通常であれば、起訴の可能性はほとんどなくなったので、告発状を引き取ってもらうことになるはずだ。それにも関わらず、「告発受理」が報じられるというのは誠に不可解だ。 この二つの不可解な「籠池氏告発」をめぐる動きが、相次いで起きたことの背景には、この森友学園問題をめぐって大混乱に陥っている首相官邸の意向があるように思える。   補助金適正化法違反による起訴の可能性はゼロに等しい まず、大阪地検による「籠池氏告発受理」の“謎”について考えてみたい。 【前記ブログ記事】でも述べたように、森友学園が設置をめざしていた小学校の建設工事に関しては、金額の異なる3つの請負契約書が作成され、そのうち最も高い約23億円の契約書が提出された国から5000万円余の補助金が学園に支払われた事実がある。この契約書が、国から補助金を受けるための虚偽の契約書だったとすれば、「偽りその他不正の手段」によって補助金の交付を受けた「補助金適正化法違反」が成立する可能性がある。 しかし、請負契約書が虚偽だったとしても、国の側で審査した結果、適正な補助金を交付したのであれば、「偽りその他不正」は行われたが、それによって補助金が不正に交付されたのではない、ということになる。詐欺罪であれば未遂罪が成立するが、補助金適正化法違反では未遂は処罰の対象とされていないので、犯罪は不成立となる。(補助金適正化法が適用される国の補助金の不正受給については、詐欺罪・同未遂罪は成立しない。)この点について、 専門家を交えた検討の結果、補助対象の設計費と工事費はおよそ15億2000万円と算定され、6194万円を助成することになり、先月までに5644万円余りが支払われている。 との報道があった。(NHK) 森友学園が受給していた国土交通省の「サスティナブル建築物先導事業に対する補助金」というのは、「先導的な設計・施工技術が導入される大規模な建築物の木造化・木質化を実現する事業計画の提案を公募し、そのうち上記の目的に適う優れた提案に対し、予算の範囲内において、国が当該事業の実施に要する費用の一部を補助」するもので、木造化・木質化が審査され、それに応じて建設代金の一部について補助金が交付されるものである。森友学園の件については、虚偽の請負契約書が提出されていても、森友学園が交付を受けていた補助金のうち、国交省の審査で、適正とされた部分を控除した「不正」受給金額は、少額になる可能性がある。また、審査の結果、認定された金額によっては、適正な金額が認定されており、不正受給がないという可能性もある。 しかも、森友学園は既に補助金を全額返還したというのである。過去の事例を見ても、よほど多額の補助金不正受給でなければ、全額返還済みの事案で起訴されることはない。 このように考えると、少なくとも今回の籠池氏の補助金適正化法違反の事実については、起訴の可能性はほとんどないと考えざるを得ない。そのような事件で、告発の受理の話が、告発人側とは異なる方向から表に出て、大々的に報道されるというのは、全く不可解であり、何か、特別の意図が働いているように思える。 大阪地検が、この事件を起訴する方向で捜査していく方針であれば、「告発受理」を公表することなどあり得ない。告発は捜査着手の要件でも、起訴の要件でもない。本気で行う捜査であれば密行性が重要であり、「告発受理」をマスコミに報道させるなどということはあり得ない。 実は、私自身も、この補助金適正化法違反の告発に関しては、3月中旬に、マスコミ関係者を通じて事前に相談を受け、告発状案にも目を通していた。単に、既にマスコミが報道しているような事実を、補助金適正化法違反で構成して告発状を提出しただけであって、捜査を行っていく上で特別の情報を含んでいるわけではない。 今回の告発受理の件については、昨日午前、大阪地検から告発人に突然連絡があり、その後、告発人に、大阪の記者が確認してきたとのことだが、その記者が「大阪地検告発受理」の情報を得たのは、東京の記者からだという。つまり、東京サイド(最高検ないし法務省)が「告発受理」の情報源だと考えられる。 いずれにしても、大阪地検の現場の動きではなく、何らかの意図があって、東京側主導で、「籠池氏の告発受理」が大々的に報道されることになったようだ。   自民党調査での籠池氏偽証告発はありえない 次に、「偽証告発」をめぐる動きであるが、【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】でも述べたように、籠池氏の証人喚問での証言を偽証告発するというのはもともと無理筋だった。自民党が籠池氏の「安倍首相からの100万円寄付」の発言の直後に、拙速に証人喚問に打って出たこと自体が、「拙劣極まりない危機対応」だったのであり、予想どおり、証人喚問は「籠池氏の独演会」に終わり、しかも、籠池氏が証人喚問で明らかにした昭恵夫人付職員からのファックスで、昭恵夫人が国有地の売却に関わっていた疑いが生じるなど、自民党、首相官邸はますます窮地に追い込まれることになった。 偽証の疑いがあるとして、告発をめざす調査の対象とされている事項は、 ①籠池氏は、「学園の職員が払込取扱票の振込人欄に“安倍晋三”と書き、郵便局に持参した」などと証言したが、「安倍晋三」の筆跡が籠池氏の妻が書いたとされる字に似ていることから、郵便局に行ったのは、職員ではなく籠池夫人ではないか。 ②寄付依頼書に「安倍晋三小学校」の記載がある払込取扱票を同封して使用した期間について、籠池氏は、「(安倍首相が)衆院議員時代、つまり総理就任、24年12月以前」であり、「使用してきたのは、ほんの一瞬」と午前の参議院予算員会で証言し、衆議院では「5カ月余り」と訂正したが、平成26年3月にも配っている。27年9月7日の100万円の振込に使われた払込取扱票にも「安倍晋三小学校」が記載されていることから、もっと長期にわたって使用していたのではないか。 の2点のようだ。 しかし、これらの事項に関して、国会議員が独自に調査した結果に基づいて籠池氏を偽証で告発することは極めて困難であり、現実的にはその可能性はほとんど考えられない。 まず、①で問題にされている籠池氏の発言は、参議院予算委員会での自民党の西田昌司議員の質問に対して答えたものだが、その前に、山本一太委員長の質問に対して、 その日は土曜日でございましたので、中身を確認し100万円であることを確認し金庫の中に入れました。そして、月曜、すぐ近くの新北の郵便局の方へまいったということでございます。その後、私は金庫に入れましたところあたりからは伝聞でございますので、私は直接いたしておりません。 と証言し、昭恵夫人から受け取った100万円を職員室の金庫に納めるところまでは自分がやったが、その後のことは「伝聞だ」と証言している。 したがって、その後の西田議員の質問に対する籠池氏の証言は、自分が直接経験したことではなく、「伝聞」であることが前提になっている。 「伝聞」であれば、聞いた話が間違っていれば、本人の認識も間違うのは当然のことだ。森友学園側で、100万円の振込の手続について、籠池氏の妻や学園職員からその時のことを聞いたのであろうが、当初の話が違っていたことがわかれば、それに応じて籠池氏の認識も変わることになる。証人喚問の時点では、籠池氏は、「学園職員が郵便局に行って手続をした」と聞き、そのように思っていたが、その後、郵便局に行ったのが実は籠池氏の妻だったことが判明したということであれば、籠池氏の「認識が間違っていた」だけで、「記憶に反して意図的に虚偽の証言をした」ことにはならない。籠池氏が、妻が郵便局に行ったことを知っていて、それを隠すために意図的に虚偽の供述をする理由があれば別だが、郵便局に行ったのが職員なのか妻なのかは、籠池氏にとってはどちらでも良い話であり、嘘をつく理由も考えられない。 すなわち、①の点について籠池氏に偽証罪が成立する可能性は限りなくゼロに等しい。このような問題で、籠池氏を偽証告発するために、払込取扱票の振込人欄の筆跡鑑定を行うというのは、全く馬鹿げていると言わざるを得ない。 次に、②の点については、籠池氏は、「安倍首相が総理大臣に就任する前」と証言し、その期間も「5ヶ月余り」と証言しているが、どの程度の期間使っていたのかという点についての籠池氏の証言が、客観的事実に反している可能性があることは確かである。 しかし、「安倍晋三小学校」の記載がある払込取扱票が、どの程度の期間使われていたのかというようなことが、国政調査権によって明らかにすべき「国政上重要な事項」なのであろうか。 【国会での証人喚問は「犯罪捜査のため」という暴論】でも述べたように、国会での証人喚問は、憲法62条に基づく「国政調査権」の手段として、国政上の重要事項に関して、偽証の制裁を科して証言を求め、真実を究明するために行われるものである。そこで、仮に、事実に反する証言が「故意に」行われたとしても、すべてが「偽証告発」の対象となるものではない。「偽証に対する制裁として刑事罰を科すこと」が、国政調査権の目的を達するために不可欠と判断された場合に、偽証告発が行われる。当然、国政にとっての重要事項を証人喚問によって明らかにしようとしたところ偽証が行われた、ということが証拠上明らかとなった場合に、偽証告発が行われることになるのである。 過去に偽証告発が行われた事例のほとんどが、その問題が検察等の捜査の対象となり、捜査の結果、偽証が明らかになった場合だけであることは【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】でも述べた。 典型的なのは、閣僚、政府高官、国会議員等に関して何らかの疑惑が持ち上がり、それに関して国会として真相解明のために、当事者の証人喚問が行われ、そこで、疑惑を否定する証言が行われたが、後日、検察等の捜査で、偽証であったことが明らかになった場合である。 そのような形で偽証告発に至った2000年以降の事例として、鈴木宗男議員、守屋武昌防衛事務次官のケースがある。この場合、疑惑は、その後刑事事件に発展する可能性があるのであるから、証人喚問において「刑事訴追を受ける可能性がある」ということで証言拒否することは可能である。しかし、証人喚問されたのが国会議員、政府高官の場合、もし証言を拒絶すれば疑惑が一層高まることになるので、「自らのリスク」で疑惑を否定する証言をすることもあり得る。その証言が、その後の捜査で否定され、なおかつ、意図的な偽証であることが明らかになれば、その事実について偽証告発が行われることになるのである。 実際のところ、「国政上の重要事項」は、刑事事件に関連するものである場合が多い。「刑事訴追を受ける可能性がある」と証言拒絶されてしまえばそれまでなのだが、政府高官、国会議員は、証言拒否によって疑惑が深まるから拒否することもできない、ということで、証人喚問することに意味があるのである。籠池氏が、証人喚問の後の外国人特派員協会での記者会見で、「いきなり民間人が証人喚問されるというのは、あり得ないこと」と怒りを露わにしていたが、民間人であれば、犯罪事実に関することを聞いても、当然、証言拒否をすることになるので、証人喚問をすることの意味がないのである。 今回の証人喚問で籠池氏が述べた100万円の寄付自体は、違法な寄付ではない。それがあろうとなかろうと「国政上重要な事項」ではない。その寄付の事実に関して、仮に、意図的な虚偽の証言があったとしても、国政調査権の目的が達せられないなどとは言えないので、偽証告発の対象になどならない。ましてや、「安倍晋三小学校と記載された払込用紙をどの程度の期間使って寄付を募っていたのか」という点も、国政調査で明らかにすべき事項とは考えられない。 証拠面でも、偽証告発というのは著しく困難だ。籠池氏は、証人喚問で、 総裁になられて、(「安倍晋三小学校」を)お断りになられた後に、振込用紙が残っていて、少しの期間使われたことがあった と証言し、その後、振込用紙がどのように使われているのかはわからなかったというのが籠池氏の弁解のようだ。証言内容が、仮に、客観的事実と異なっていたとしても、意図的に虚偽の証言をしたのでなければ、偽証とは言えない。 籠池氏の証言については、①、②いずれについても、意図的な偽証を明らかにできる証拠が収集されるとは思えないし、そもそも偽証の起訴価値もないので、偽証告発などあり得ないのである。   「二つの謎」の背景に何があるのか 大阪地検特捜部の不祥事で批判非難を受けたことで、それまでの「ストーリー通りの調書をとるための不当な取調べ」を中心としてきた特捜捜査の手法が使えなくなり、検察捜査は著しく弱体化した。「絵に描いたようなあっせん利得」の甘利元大臣の事件の捜査でも、為すすべなく敗北、東芝の歴代社長の告発をめざす証券取引等監視委員会に対しても告発を断念させることに懸命になっている。そのような今の検察にできることは、起訴の可能性のほとんどない補助金適正化法違反を「告発受理」するという「単なる手続」を行って、それを「籠池事件捜査着手」とマスコミにぶち上げて大々的に報道させることぐらいなのだろうか。 […]

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「刑事裁判の意味」が問われる「夢の街」株相場操縦事件判決

「刑事裁判の意味」が問われる「夢の街」株相場操縦事件判決

「夢の街創造委員会」(以下、「夢の街」)の株式をめぐる相場操縦事件で起訴された花蜜伸行氏に対する判決が、3月28日に東京地裁で言い渡される。 当ブログ【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】で述べた異常な訴訟指揮で審理が終結した事件である。弁護人の弁論で、取調べの録音録画停止後の検察官の発言の問題等を指摘された検察官が被告人調書の請求を撤回して供述による主観面の立証を断念したことなど、検察官立証の不十分さを指摘したのに対して、検察官が「証拠に基づかない弁論」などと異議を申し立てて不当な言いがかりを付け、裁判長が、その異議をあっさりと認めて弁護人の弁論の削除を命じたのである。 裁判長は、被告人・弁護人が全面無罪を主張している事件であるのに、なりふり構わず有罪判決に邁進する姿勢を示した。証人尋問でも、被告人質問でも、検察官が述べる「異議」を認めて弁護人の質問を制限する訴訟指揮にも、その姿勢は顕著に表れていた。 このような裁判長の下す判決なので、無罪となる可能性は低く、勝負は控訴審に持ち越されることになるだろうと予測はしている。 しかし、本当に、それで良いのだろうか。 判決に先立って、花蜜氏が行った「夢の街」株売買の経緯や内容を概説しておきたい。花蜜氏が行ったことは、決して相場操縦で起訴されるような「刑事事件」ではなかった。それは、経済の常識をわきまえた読者であれば容易に理解して頂けるであろう。 花蜜氏の「夢の街株取得計画」の概要 「夢の街」社の創業者の花蜜氏は、同社が上場するまでは社長を務めていたが、その後、同社の経営から離れ、同社の社長は、花蜜氏が招聘した中村利江氏が務めていた。2013年3月に、花蜜氏が特別顧問という形で再び経営に関わるようになった際、「経営に関与するのであれば、中村社長の持株に対抗できるだけの15%程度の株式を取得したい」と考えて、同社の株式の買い付けを始めた。 そこで、花蜜氏が夢の街株取得の計画のためにとった方法は、以下のようなものだった。 ①花蜜氏は、手持ちの資金や知人からの借金を原資に株の買い付けを始めたが、15%もの株式を取得するためには、信用取引の買い建玉を維持して、それを増やしていくしかなかった。そこで、購入時より値上がりして利益が出ている信用取引の決済の売り注文に、新たな信用の買い注文を対当させることによって利益を現実化させるという「益出しクロス」を行い、それによって得た値上がり分の資金を、更に買い建てる資金に回すという方法をとった。 ②夢の街株の取得の目的は、経営方針をめぐって中村社長と対立した時に、対抗できるだけの株数を保有することだったので、中村社長に知られないように買い進めることが必要だった。そこで、知人二人に「名義貸し」を依頼した。違法行為を行うために他人名義にしたわけではなかった。 ③クロス取引により出た利益を新たな買い建て資金に回していくには、前提として、夢の街株の株価が、「益出し」が可能な程度に少しずつでも上がり続けていなければならなかった。 ④しかし、この点については、花蜜氏は自信があった。夢の街を創業して上場企業に育てた同氏は、夢の街株が市場で過少評価されていると考えており、事業提携やM&Aを積極的に提案し、それが市場に評価されれば、株価が上昇傾向をたどることは確実だと考えていた。そして、自身が同株を買い進めることで一層株価の上昇を加速させ、時価総額を拡大させることを目論んでいた。 ⑤花蜜氏は、最終的には、時価総額250億円の企業にするため、事業をさらに多角的に展開していこうと考えていた。そのために、夢の街株をどんどん買い進めていき、それによって株価を上昇させていこうと考えていた。一般の投資家であれば、「できるだけ安く買って、できるだけ高く売る」ということを考えるが、花蜜氏にとっては、「売る」ということは頭になく、株価は上がれば上がるほど良いと思っていたので、自分の買い注文で少しでも株価が上がることをめざしていた。基本的には、前日の終値近辺にまとまった買い注文を出して、買い付けるという方法だったが、売り注文が薄い時などには、一気に買い上がって、株価を上昇させることもあった。 ⑥一方、夢の街株の株価が下落して、買い建て単価を大幅に下回ってしまうと追証が発生し、それを払えない事態になれば、買い建てている株式は強制売却され、花蜜氏の計画は破綻することになってしまう。そうした事態を防ぐために、花蜜氏は、自身が夢の街株の買い注文を発注することによって、株価が下落することを防止する必要があった。そこで、現在値を下回る水準にまとまった買い注文を入れて、株価がその水準を下回ることを防止しようとしていた。 夢の街株売買の結末と刑事事件化 このような花蜜氏の夢の街株の取得計画は、順調に進み、株価も、当初500円程度だったのが、2014年3月には2800円を超え、その後、1:2の株式分割が行われた後も、1200円前後で推移していた。 ところが、その後、まとまった売り注文が続々と出されるようになった。花蜜氏は、知人から借入れするなどして資金を追加し、夢の街株の防戦買いを行ったが、買っても買っても株価は上がらない。逆に下落し、持株の大半に追証が発生する水準を下回りそうな状況になってきた。 終値が、追証が発生する価格以下に下がらないように株価を引き上げる「買い上がり買付け」「下値支え注文」を行って何とか株価を維持していた花蜜氏に、「悪魔のささやき」がやってきた。知人を通じて、外資系ファンドから「夢の街株を安定保有するので、合計20万株譲ってくれないか」という申入れがあったのだ。花蜜氏は、20万株引き取って安定保有してもらえれば、得た資金で夢の街株を買い続けることができ、再び大きく上昇させることができると考えて、その話に乗ることにした。 譲渡の期日は、1回目が5月30日、2回目が6月2日と定められ、5月30日の昼頃、引け後のトストネットで、終値の7%引きの価格で10万株を譲渡する契約書に署名した。 すると、その日の大引けが近づいた午後2時40分頃から、津波のような猛烈な売り注文が襲ってきた。花蜜氏の必死の防戦買いも、あっという間に吹き飛ばされ、終値が大幅に下落、2億円を超える追証が発生した。花蜜氏には何が起きたのか全くわからなかった。大幅に下落した終値の7%引きの価格で10万株譲渡した代金が約1億円入ることになるが、それでは賄えない程の追証の金額だった。 追証資金を確保しようと、6月2日の10万株の譲渡も、予定どおり契約書に署名した。すると、また、猛烈な売り注文が襲ってきた。株価を回復させようとまたもや必死に防戦買いしたが、全く歯が立たず、その日の終値はさらに大幅に下落。その翌日に、花蜜氏の持株218万株は、すべて強制売却され、夢の街株は大暴落となった。 夢の街株をすべて失った上に、約10億円の借金を抱えることになった花蜜氏が、債権者に追われているところに、「死馬に鞭打つ」ように襲ってきたのが、2015年2月に開始された証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)の特別調査部の強制調査だった。容疑は、夢の街株の売買における「相場操縦」だった。 しかも、その取調べの中で、花蜜氏は調査官から驚愕の事実を知らされた。 5月30日、6月2日の株式売買注文に関する資料を見せられ、 『売り崩し』に使われたのは、あなたの株だったんですよ と言われたのである。花蜜氏から合計20万株の譲渡を受けた外資系ファンドが、契約書締結の直後から大量の空売りをかけ、譲渡価格の算定基準となる終値を下落させていたのである。 膨大な借金を抱えた上に、刑事処罰まで現実のものとなった花蜜氏には、立ち上がる気力すらなく、監視委員会の取調べでは、言いたいこともほとんど言えないまま、調査官が作文した調書に署名した。 そして、1年3ヶ月続いた調査の後で、東京地検に告発された。告発されたのは、花蜜氏だけではなく、株式取引の名義人になってくれていた知人のTさんも一緒だった。 花蜜氏の夢の街株売買の特異性と破綻の原因 ここまでが、花蜜氏が、相場操縦事件で告発されるに至った経過だ。 花蜜氏の夢の街株取得計画は、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとするもので、十分な資金もなく、上場企業の株式をまとまった数量取得しようとするやり方は、一般的な感覚からは、若干無理があるようにも思える。 しかし、それも「出前館」という新たな事業を営む同社の創業・上場を成し遂げた花蜜氏であるからこその発想であり、しかも、前記④の通り、夢の街株が過少評価されていること、自らが経営に参画することで業績を向上させていくことを確信していた花蜜氏にとっては、信用取引で15%の持株を取得することも、それと併せて、株価を一層上昇させ、時価総額を大きくしていこうとすることも、それほど荒唐無稽なものではなかった。 花蜜氏は、自分の買い注文で株価を引き上げ、「益出しクロス」をしながら資金を回転させていこうと考えただけで、一般的な相場操縦のように、注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、自分は売り抜けて儲けようなどという気持ちは全くなかった。 そういう花蜜氏の株式取得計画が破たんに追い込まれたのは、「安定保有する」と言って花蜜氏から20万株を買い受けた外国ファンドが、契約直後から「空売り」をかけて夢の街株を売り崩すという予想もしない行動に出たためだった。 花蜜氏は、買い進めた夢の街株すべてを失い、約10億円の負債を抱えることになった。まさに、株式市場という「相場」での「敗者」になった。しかし、それに加えて、相場操縦という「証券犯罪」で断罪されるような「犯罪者」ではないことは、既に述べた株式売買の経緯と内容から明らかであろう。 なぜ花蜜氏の株式売買は刑事事件化したのか このような花蜜氏の夢の街株の売買が、なぜ、相場操縦事件として刑事事件化してしまったのか。 それは、第1に、監視委員会の「誤解」である。誤解がわかっても、一度、刑事事件として調査に着手したら「引き返すことができない」という組織の体質にも根本的な問題がある。 第2に、告発を受けた検察がやるべきだったことは、事件の実体を見極め、それが「証券犯罪」なのかどうかを判断することであったが、検察はその判断をせず、長時間にわたる取調べで、「相場操縦の犯罪」であるかのように見える供述調書を作り上げるという、昔ながらの「調書中心主義」の捜査を行った。その供述調書を作るために、検察は、【前記ブログ】でも詳述した「録音録画停止後に、逮捕や共犯者の起訴を示唆する」という手段まで使ったのだ。 そして、第3に、裁判所は、証人尋問や被告人質問等の審理を行い、不当極まりない調査・捜査の過程や、事件が凡そ証券犯罪ではないことが明らかになったが、それらに全く関心を示さず、「調査・捜査の結果を無視して、売買の外形的事実という監視委員会の調査以前からわかっていた事実だけで有罪だと断じる検察官の論告」しか聞きたくないという姿勢を、傍聴席を埋め尽くした傍聴人の前で、露わにしたのである。 第2、第3の問題については、既に【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】で述べた。 ここでは第1の問題、監視委員会が、なぜ、このような花蜜氏の株式売買を、相場操縦の刑事事件として調査の対象にしたのか、そこにどのような誤解があったのかを述べておきたい。 「組織ぐるみの犯罪」と誤認して調査に着手した監視委員会  監視委員会の中でも、刑事事件としての告発をめざす調査を担当する「特別調査課」が、花蜜氏の強制調査に着手した最大の理由は、一連の売買を、夢の街という上場会社の「企業ぐるみの犯罪」ととらえたことにある。 夢の街の創業者である花蜜氏が、顧問として経営に再び関わるようになったことは公表されていた。このような場合、いずれ取締役に復帰することを予定していることが多い。監視委員会は、夢の街株が複数の名義を使って大量に買い集められ、しかも、その手口に、かなり露骨に株価を上昇させようとする意図が窺われることを把握し、その株式取引の名義人が花蜜氏に関係する人物であることをつきとめた段階で、夢の街の経営に復帰する予定の花蜜氏が、現社長の中村氏と意思を通じて、夢の街株を買い進めているものと考えたようだ。実際には、中村氏は花蜜氏の株式取得とは全く無関係だった。たまたま、同じ時期に、夢の街社が自社株買いをしていたことも、監視委員会が「組織的な買い集め」の疑いを持つことにつながったようだ。花蜜氏の銀行口座にはまとまった資産もなかったので、株式取得資金は、何らかの形で夢の街の会社側から出ているものと推測したのであろう。監視委員会の特別調査部は、そのような想定の下、組織的な相場操縦事件として、強制調査に着手したものと考えられる。 しかし、実は、花蜜氏は、中村社長とは全く関係なく、むしろ、中村社長にわからないように、他人名義で夢の街株を買い進めていたのだ。しかも、花蜜氏には、株式取得資金は僅かしかなかったが、上記①のとおり「益出しクロス」で得た実現益を新たな株式取得資金に回すという方法をとっていて、資金は会社からは全く出ていなかった。 監視委員会は、事件の見立てを完全に誤っていたのである。 花蜜氏の話によると、監視委員会での当初の取調べは、ほとんどが「会社ぐるみの株買い集め」の疑いに向けられていて、それが全くの見込み違いで、実は花蜜氏の個人的な買い集めだとわかった段階で、しばらく調査が中断したとのことだ。 「企業ぐるみの犯罪」という見立ては、完全に外れてしまったが、刑事告発をめざして強制調査に入った以上、「後には引けない」ということなのか、特別調査部は、花蜜氏の夢の街株売買を、個人の相場操縦の犯罪として構成しようとした。 そこで、問題になったのが、花蜜氏に、「違法な相場操縦」の主観的要件である「売買を誘引する目的」があるか否かであった。 【前記ブログ記事】でも述べたように、最高裁判例で、「他の投資者に誤認させて売買取引に誘い込む目的」がなければ相場操縦の犯罪は成立しないとされている。 既に述べた花蜜氏の夢の街株の取得計画からすると、自分が株を買うことで株価を上げたいと言う気持ちがあったことは確かだが、他人を巻き込もうとは思っておらず、ましてや、「見せかけの注文」で他人に誤認させるつもりは全くなかった。 「対当売買」を誤解した監視委員会 監視委員会での取調べで、花蜜氏が売買の経緯や目的を説明し、「他の投資者を誤認させて売買取引に誘い込む目的」などなかったと訴えても、理解してもらえなかった。 […]

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国会での証人喚問は「犯罪捜査のため」という暴論

国会での証人喚問は「犯罪捜査のため」という暴論

3月23日に衆参両院の予算委員会で籠池氏の証人喚問が行われ、安倍昭恵夫人から100万円の寄付を受領した旨証言したことを受け、野党側は、安倍昭恵夫人の証人喚問を求めているが、与党側はそれを拒否し、安倍首相自らが、昭恵夫人の証人喚問が不要であることの理由として、 なぜ籠池さんが証人として呼ばれたのかと言えば、…(中略)…補助金等の不正な刑事罰に関わることをやっているかどうかであり、私や妻はそうではないわけであるから、それなのに証人喚問に出ろというのはおかしな話 と堂々と述べている。 国会での証人喚問は、憲法62条の「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。」と明文で認められている国会の「国政調査権」の手段の一つである。 その「調査権」にも限界があり、喚問した証人自身に対して「刑事事件」に関することを証言させることは、憲法38条1項の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」との規定で保障される「供述拒否権」を侵害する恐れがあるので、議院証言法4条で「証人又はその親族等が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときには証言等を拒むことができる」として、憲法上当然の権利が、証人喚問においても認められている。 籠池氏が証人喚問で、「刑事訴追のおそれがあるので答弁を控えます」と述べて証言を拒否したのも、この権利に基づくものだ。 国政調査権が与えられていることは、国会の機能にとって極めて重要なことだが、「証人の犯罪に関すること」には調査が及ばないのは、あまりにも当然のことであり、常識以前の問題である。したがって、籠池氏に補助金に関する犯罪の疑いがあるのであれば、それは証人喚問の「障害」にはなりえても、証人喚問の理由になるなどということはあり得ない。 犯罪に当たる可能性のあるものだけを証人喚問するということであれば、証人喚問は「犯罪捜査のためのもの」ということになり、「刑事訴追の恐れがある」との証言拒否で終わってしまう。 ところが、その国政調査権に関する当然の常識に反して、安倍首相が、「犯罪の疑いがなければ、証人喚問は行わない」と国会で公言し、それに呼応して、政府首脳や自民党幹部までが、同趣旨のことを言い出している。まさに憲法も法律も無視した暴論が平然とまかり通るというのは、一体どういうことなのであろうか。 籠池氏の証人喚問の4時間余り後に、昭恵夫人のフェイスブックでコメントが出たことについて、形式・内容から見て、昭恵夫人自身が投稿したものではなく、首相官邸側の反論を、昭恵夫人のフェイスブックを使って公表した可能性が高いこと、昭恵夫人の行動は「私人」としてのものだと説明しながら、官邸側の対応と昭恵夫人の対応とを「一体化」させるようなやり方は不適切で、かえって、昭恵夫人を今後一層窮地に追い込むことになりかねないことを、一昨日のブログ記事【昭恵夫人Facebookコメントも“危機対応の誤り”か】で指摘した。しかし、与党自民党サイドは、依然、フェイスブックでコメントを出していることも、昭恵夫人の証人喚問が不要であることの理由にしている。 今回の問題についての自民党や官邸側の危機対応の誤りについては、【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】などで指摘してきたが、安倍首相側、官邸、自民党の対応は、これまでの対応を反省するどころか、ますます開き直り、憲法に反すること、法律に反することを、平然と公言し、行っているというのが現状である。 私は、これまで、長期化している安倍政権と日本政府について、「権力の一極集中」に漠然とした危惧感を持ちながらも、国政を遂行する能力、様々な事態に対応する能力という面では、それ相応に高いものと考えていた。少なくとも、その前の民主党政権よりははるかにましだと思ってきた。 しかし、この森友学園問題という、外交・防衛等の国政の重要課題とはレベルの違う、些細な問題での対応に失敗し続け、最後には、法治国家ではあり得ないような対応を、組織を挙げて行っている安倍政権の現状を見ると、やっていることのレベルは、混乱が続いている近隣諸国と変わらない。 日本人であることが不安になってきたというのが偽らざる思いである。    

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官僚の世界における“忖度”について「確かに言えること」

官僚の世界における“忖度”について「確かに言えること」

森友学園の土地取得をめぐる問題に関して、「忖度」(そんたく)という言葉が話題になっているが、この言葉は、典型的な官僚世界の用語であり、日本の官公庁や官僚的体質の企業等に所属したことがない人にはなかなか理解することが難しいようだ。外国特派員協会での籠池氏の講演の際に、この言葉がなかなか理解されなかったのも無理はない。 過去に、23年間、検察という官僚組織に所属した経験に基づいて、私なりの理解で、この「忖度」という言葉について、「確かに言えること」を書いておこう。 ①「忖度」は、される方(上位者)にはわからない。 「忖度」というのは、上位者の意向を、本人に確認することなく、もちろん、指示・命令を受けることもなく、推察して、その上位者の意向に沿うように行動することである。他人にはわからないように行うところに本質がある。少なくとも、間違いなく言えることは、「忖度」は、される側にはわからないし、わかるようなものであれば「忖度」とは言わない。 直接確認し、指示・命令を受けるのであれば、「忖度」をする必要はない。「直接、意向を確認しにくい関係・内容」、「確認して指示を仰ぐことに差し障りがある事柄」であるからこそ「忖度」が行われる。 森友学園の件では、財務省理財局、近畿財務局、大阪府等の職員の「忖度」が問題にされているが、彼らは、まず直接的には、それぞれの組織のトップないし幹部の意向を「忖度」するわけだが、さらに、そのトップないし幹部の意向が、「『安倍首相の意向』に沿う意向」であろうと「忖度」しているのではないかが問題になっているのである。つまり、「忖度」が何重にも積み重なっている。 ②「忖度」は、行う本人も意識していない場合が多い。 「忖度」というのは、終身雇用制、年功序列制のピラミッド型官僚組織の中で、役人が生き残り、昇進していくために、わきまえておかなければならない「習性」のようなものであり、有能な官僚であればあるほど、意識しないで、自然に上位者の意向を「忖度」することになる。 私の場合、もともと、理系出身で法学部も出ておらず、検察の世界にたまたま引きずり込まれただけの全くの異端者だった(拙著【検察の正義】ちくま新書)。それだけに、組織内で行われている「忖度」には、かなりの違和感があり、それを自分なりにリアルに感じとることができた。そのような世界に抵抗なくなじんだ組織人は、意識することなく、まさに呼吸をするような自然さで「忖度」をしている。 だから、「忖度」をした人に「忖度をしたでしょう?」と聞いても、それを肯定する人はあまりいないのではないだろうか。 ③「忖度」で違法・不当な行為は行われない 「忖度」は、官僚が、その「裁量の範囲」で、上位者の意向に最も沿う対応をするものである。裁量を逸脱する違法・不当な行為は、後々、それが指摘されれば、処分等のリスクにつながるため、意図的には行わない。「忖度」は、上位者に報告や指示・命令を仰ぐことなく行うのであるから、違法・不当な行為のリスクは、すべて下位者が負うことになるからだ。「忖度」で行う範囲は、裁量権の及ぶ範囲内で、最も上位者の意向に近いもの、ということになる。 「忖度」したかどうか、というのは、その状況と、行われた行為が裁量の範囲の中で、最も上位者の意向に近いかどうか、という客観的状況から、推認を働かせるほかないのである。 ④ 官僚は「忖度」で評価される。 官僚の世界で、上位者から評価されるのは、違法・不当ではない「裁量」の範囲での方針決定について、上位者に方針を確認したり、判断を仰いだりせず、その意向を「忖度」して動ける人間である。上位者にとっては、そういう人物こそ、上位者の意向・方針を、上位者の手を煩わせることなく実行してくれるので、大変好都合なのである。しかも、それは、今回のように、「忖度」によって行った対応が問題にされた時には、実際に問題に関わっていないので、上位者にとって、リスクを最小化できるという面でもメリットがある。 そういう意味で、官僚の世界では、「忖度」の「習性」を身に着け、それを確実に行える人物が、「能力の高い官僚」と評価され、いちいち上位者の意向を確認しなければ対応できない人間は「無能」と評価されるのである。   以上のような「忖度」についての基本的な理解を前提とすれば、国会で「忖度した事実がない」と答弁している安倍首相は、官僚の世界における「忖度」の意味を理解しているとは思えない。 一方で、野党側が、参考人招致や証人喚問等で「忖度」の事実を明らかにしようとしているのも、あまり意味があることとは思えない。 「忖度」というのは、組織内に、「磁場」のように存在し、物事を一定の方向に向かわせていく力であり、それは、官僚にとって特別のことではなく、しかも、違法・不当なものではなく、裁量の範囲内でやっているだけであるから、「忖度したか」とか、「それが、具体的にどの程度影響したか」ということ突き詰めようとしても、その解明はほとんど無理である。 むしろ、その「磁場」の存在の背景となっている、権力構造そのものの問題を考えていくしかない。 現状で言えば、官僚の世界が、終身雇用制、年功序列制が維持されるピラミッド型組織で、内閣人事局に各省庁の幹部人事権が握られ、それを動かす政治の世界が、国会は与党が圧倒的多数、その与党の党内も、小選挙区制のために、公認候補の決定権を持つ党幹部に権力が集中しているという状況は、まさに、最も「忖度」が働きやすい構図であることは間違いない。 むしろ、重要なことは、今回の問題がまさにそうであるように、行政の透明性を高め、その手続が問題になった時に、「忖度」が働いたかもしれないプロセス自体を公開することである。 森友学園の土地売却をめぐる問題がここまで深刻化した原因は、国有地売却の経過や交渉についての文書・記録が「廃棄された」と説明され、「忖度」の実態が覆い隠されているように見えることなのである。  

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昭恵夫人Facebookコメントも“危機対応の誤り”か

昭恵夫人Facebookコメントも“危機対応の誤り”か

 森友学園籠池氏が、昭恵夫人を通して安倍首相から100万円の寄付を受領したと発言した直後に、自民党竹下亘国対委員長が、「総理に対する侮辱だ。たださないといけない」と述べ、自民党側から「籠池氏証人喚問」を仕掛けたことについて、当ブログで【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】として、自民党側の対応を疑問視し、その後も【籠池氏証人喚問、高度の尋問技術が求められる自民党質問者】として、自民党側の証人喚問への対応に困難さを指摘し、それを理解しているとは思えない自民党側の対応について、【籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”】と述べた。 3月23日に行われた証人喚問では、籠池氏は、昭恵夫人が森友学園の小学校設置構想に主体的に関わっていたことを印象づける証言を行い、それに対して、与党側の「反対尋問」としての質問も、籠池氏を「嘘つき」呼ばわりするだけで、ほとんど空振りに終わった。それどころか、土地問題について籠池氏側から依頼を受けた昭恵夫人付の官僚が籠池氏側に回答をファックス送付した事実も明らかになり、安倍昭恵夫人が関わった「口利き」疑惑が表面化するなど、籠池氏証人喚問は、森友学園問題に決着を付けるどころか、事態を一気に深刻化させることになった。 籠池氏が「昭恵夫人を通じて安倍晋三首相から100万円の寄付を受けた」という話に反応して、拙速に「証人喚問」に持ち込んだ段階で、このような結果は目に見えていたはずだ。 結果的に、籠池氏証人喚問は、自民党、首相官邸にとって最悪の結果に終わり、まさに、“拙劣極まりない危機対応”であったことが明らかになった。政権与党の自民党側としては、今後はそのような間違いを犯さないよう反省しなければならなかったはずだ。 ところが、籠池氏証人喚問終了のわずか4時間余り後の午後9時半頃、私が、テレビ朝日のインターネットテレビ番組「AbemaPrime(アベマプライム)」に、「安倍総理に最も近いジャーナリスト」と言われる山口敬之氏とともに出演している最中、昭恵夫人がコメントを出したとの速報が流れた。番組終了後に確認したところ、昭恵夫人個人のフェイスブックのタイムラインに掲載されたものだった。 昭恵夫人のコメントを個人のフェイスブックで出したのは、昭恵夫人個人の立場でのコメントであることを強調するためであろう。実際に、「森友学園に関する問題についての初めての昭恵夫人個人のコメントが籠池氏の証人喚問の直後に出された」ということで、報道でもかなり大きく取り上げられている。 しかし、以下に述べるとおり、細かく分析すると、昭恵夫人のフェイスブックコメント(FBコメント)の形式・内容には、多くの疑問があり、今後、昭恵夫人の証人喚問を求める声がますます強まると予想される中で、かえって、安倍首相側、官邸側にとってマイナスに作用する可能性が強いと考えられる。  まずFBコメントを全文引用する。(下線は筆者)  本日の国会における籠池さんの証言に関して、私からコメントさせていただきます。 ①寄付金と講演料について 私は、籠池さんに100万円の寄付金をお渡ししたことも、講演料を頂いたこともありません。この点について、籠池夫人と今年2月から何度もメールのやりとりをさせていただきましたが、寄付金があったですとか、講演料を受け取ったというご指摘はありませんでした。私からも、その旨の記憶がないことをはっきりとお伝えしております。 本日、籠池さんは、平成27年9月5日に塚本幼稚園を訪問した際、私が、秘書に「席を外すように言った」とおっしゃいました。しかしながら、私は、講演などの際に、秘書に席を外してほしいというようなことは言いませんし、そのようなことは行いません。この日も、そのようなことを行っていない旨、秘書2名にも確認しました。 また、「講演の控室として利用していた園長室」とのお話がありましたが、その控室は「玉座の間」であったと思います。内装がとても特徴的でしたので、控室としてこの部屋を利用させていただいたことは、秘書も記憶しており、事実と異なります。 ②携帯への電話について 次に、籠池さんから、定期借地契約について何らか、私の「携帯へ電話」をいただき、「留守電だったのでメッセージを残した」とのお話がありました。籠池さんから何度か短いメッセージをいただいた記憶はありますが、土地の契約に関して、10年かどうかといった具体的な内容については、まったくお聞きしていません。 籠池さん側から、秘書に対して書面でお問い合わせいただいた件については、それについて回答する旨、当該秘書から報告をもらったことは覚えています。その時、籠池さん側に対し、要望に「沿うことはできない」と、お断りの回答をする内容であったと記憶しています。その内容について、私は関与しておりません。 以上、コメントさせて頂きます。 平成29年3月23日 安倍 昭恵 まず、形式面から、このFBコメントは、少なくとも、昭恵夫人の他の投稿とは多くの点で異なり、昭恵夫人自身が自ら書き込んで投稿したものかどうか疑問がある。 一つは、昭恵夫人のフェイスブックの投稿は、すべて年号が西暦表示になっており、数字はすべて半角表示であるのに、このコメントでは年号が元号で表示され、数字がすべて全角で表示されている。フェイスブックでは常に西暦表示を使っている昭恵夫人が、森友学園で講演をした日を「平成27年9月5日」と自ら書くことは考えにくい。また、昭恵氏のフェイスブックでは、通常、数字は半角で使われており、全角を用いているものは見当たらない。 また、昭恵夫人が使うとは考えにくい、典型的な「役人用語」が多く使われている(コメントの引用にアンダーラインを引いた部分)。特に「旨」「当該」「何らか」などの言葉は、典型的な「官僚的、公用文書的表現」であり、そのような役人仕事、公的事務の経験がない昭恵夫人が書いた言葉としては違和感がある。 これらのことから、このFBコメントは、昭恵夫人が直接フェイスブックに書き込んで投稿したのではなく、別に作成された文書を、フェイスブックの投稿欄にコピー・アンド・ペーストしたのではないかと考えられる。 次に、内容面からしても、昭恵夫人自身が書いたものではない疑いがある。その後の菅官房長官の記者会見での説明や、安倍首相の参議院予算委員会での答弁と比較すると、むしろ、証人喚問での籠池証言に対する「首相官邸側の反論ないし弁明」そのものであり、官邸側が作成して、昭恵夫人に投稿を依頼したのではないかとさえ思える。 まず、このFBコメントは、(1)100万円の寄付を行っておらず、10万円の講演料も受領していないこと、(2)「秘書に席を外すように言った事実」がないこと、(3)講演の控室が園長室ではなく「玉座の間」であったこと、(4)籠池氏からの携帯電話の内容、(5)籠池氏から秘書に対して書面で問い合わせを受けた件についての秘書からの報告を受けたこと、(6)「要望に沿うことはできない」という内容の回答をする旨の報告を受けたことという、籠池証言に対する首相官邸側の主要な反論をすべてカバーしている。 これだけの内容を過不足なく、籠池証言から僅か4時間余り後に、昭恵夫人が自らの記憶に基づき考えをまとめて、自ら投稿したとは、他の投稿や携帯メールの文面からすると、考えにくい。 しかも、(3)は、講演料や寄付金のことについて「記憶から飛んでしまって」「全く記憶がない」と言っている昭恵夫人が、1年半前の講演での控室が「園長室だったのか、それに隣接する玉座の間だったのか」具体的に記憶しているとは考えにくい。 (5)(6)についても、谷査恵子氏が籠池氏から受け取った手紙と、それへの対応として文書をファックス送付したことについての報告を言っているものと思えるが、この点についてのFBコメントの内容は、ファックス文書に書かれている内容と整合している。この点についても、現金の受け取りの有無について全く記憶のない昭恵夫人が、谷氏からの報告内容については明確に記憶しているということは極めて考えにくい。しかも、政府側は、谷氏が籠池氏からの手紙に対応したことは、「総理大臣夫人付職員」の「公務」ではなく、谷氏の公務員「個人」としての対応だったと説明しているのであるから、なおさらである。 これらのことから、このFBコメントは、首相官邸側で、籠池証言に対する反論として作成したものを、昭恵夫人のフェイスブックで発信させた可能性が高いと考えられる。ネット上の他のブログでも、昭恵夫人が書いたものではないとの見方が見られる(小林よしのり氏【アッキード事件の証明】など)。 偽証の制裁の下で証言した籠池氏と正面から相反するFBコメントが出されたことで、昭恵夫人の証人喚問を求める声が一気に高まっている。 もし、昭恵夫人の証人喚問が行われた場合、或いは記者会見を行った場合、100万円の寄付をしたことや10万円の講演料受領や谷氏を通じての「口利き」について質問されることになるが、その場合、籠池証言の直後に、昭恵夫人個人のフェイスブックでの投稿という形式で公表したコメントについて、その作成と投稿の経緯について質問を受けるのは必至だ。その場合、昭恵夫人に、上記の重大な疑問を解消する説明ができるだろうか。 今回のFBコメントを出したことによって、今後、首相官邸側としては、これまで以上に、昭恵夫人を、証人喚問はもちろん、記者会見の場にも立たせることはできないということになるのではないか。 しかし、会見等を避ければ避けるほど、首相官邸側が作成したコメントを昭恵夫人がフェイスブックで投稿した疑いは一層深まることになる。それは、昭恵夫人個人の私的行為と、首相官邸の対応とが「一体化」していることを示す事実であり、これまで安倍首相が繰り返してきた「妻の言動は独立した個人としてのもの」との答弁にも重大な疑問を生じさせることになる。 昭恵夫人にも確認して官僚側で作成した文書なのであれば、「個人のフェイスブックでの投稿」という形で、昭恵夫人が自らコメントしたかのように見せかけるような小細工はせず、昭恵夫人のコメントをまとめたものとして、官邸が公表するのが正直なやり方だ。昭恵氏の証人尋問を回避しようとしたことが、かえって昭恵夫人を窮地に追い込むことになりかねない。 安倍首相は国会で、昭恵夫人が「100万円の記憶がないのですが」と籠池氏の妻にメール送付したのち、返信がなかったことを、100万円の寄付がなかったことの証明であるかのように言っているが、すでにその100万円の問題について籠池氏が証人喚問されることが確定的になっている状況で、籠池氏の妻がその問いかけに答えなかったからと言って、100万円の事実を否定する根拠にも、昭恵夫人の喚問を拒否する理由にもならない。 菅官房長官は、谷査恵子氏が籠池氏の求めに応じて財務省に照会していたことを示す資料を、証人喚問終了と相前後して、記者会見で報道陣に配布したが、その際、谷氏のメールアドレスや携帯電話番号という重要な個人情報をマスキングしないまま配布したとして、翌日の国会答弁で謝罪した。証人喚問での籠池証言によって、官邸側が相当な混乱に陥っていたということだろう。 そのような官邸の混乱状態の中、籠池証言に対する反論を大慌てで作成し、昭恵夫人個人のコメントとしてフェイスブックで出すことを決定し、喚問終了後4時間余りで急きょ公表したとすると、証人喚問を提案することの決定と同様に、あまりに拙速であり、これもまた危機対応の重大な誤りだと言わざるを得ない。 森友学園問題は、国家予算、外交、防衛等の問題と比較すれば、とるに足らない些細な問題である。しかし、その問題で、籠池氏一人に、翻弄され、狼狽し、危機対応の誤りを繰り返している首相官邸の対応を見ていると、この状態で、一層緊迫化する北朝鮮問題など、国家としての重要問題への対応は大丈夫なのかと、不安にならざるを得ない。    

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籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”

籠池氏問題に見る”あまりに拙劣な危機対応”

報道によると、昨日の夜、自民党が、23日の衆参両院予算委員会での籠池氏証人喚問の質問順を、野党を先にすることを提案し、野党側の反対で、結局、自民党が最初に質問をすることになったようだ。 自民党側には、籠池証言を崩す自信がないのだろうか。籠池氏の100万円寄付発言を「首相への侮辱」「問い質したい」と言って証人喚問を求めたのは自民党側だ。籠池証言を崩す自信がないのなら、やめておけば良かった。 明日の籠池氏の証人喚問がどのような展開になり、どのような結果で終わるかはわからないが、少なくとも、籠池発言が出た段階で、その挑発に乗る形で自民党側から「証人喚問」に打って出たのは、「危機対応」としては全くの誤りだった。 野党側の対応も決して褒められたものではない。4党の議員が雁首そろえて籠池氏の話を聞きに行ったのは、明らかに「前のめり」だった。籠池氏から、「政治家に現金を渡した」という話が出ると期待して行ったのだろうが、逆に「安倍首相から100万円寄付受領」などという話を持ち出されてしまった。この時点で、野党側は、その話をどうするつもりだったのだろうか。 これに対して、自民党側としては、どっしり構えて、安倍首相が完全否定コメントを出し、野党側に「参考人で出すのなら出してみろ」と毅然たる態度で臨めばよかった。野党が籠池参考人招致を求めてくれば、自民党側から、「喚問の目的に100万円寄付の件は含まれるのか」と聞けばよい。籠池証言の信用性に確証が持てない野党側としては、対応が難しかったはずだ。特に、「永田メール問題」のトラウマがある民進党は、共産党との共同歩調をとることもできなかった可能性がある。 ところが、何と、その直後に、事もあろうに自民党側から「証人喚問」を求めたので、野党側は救われた。自民党側は、「籠池氏に問い質す」と言って証人喚問に持ち込んだ以上、当然、「籠池氏の話を聞くこと」が主眼となる。証人から話を聞き、その証言の真偽を判断することが目的なのだから、【籠池氏証人喚問、高度の尋問技術が求められる自民党質問者】でも述べたように、それ自体で独立した「物証」と評価されるものではなく、森友学園側が作成した郵便払込受領証であっても、事後的に作出されたものでなければ、籠池供述を補強する証拠にはなり得る。 「籠池氏側が物証を出して来るかどうかが問題」と言う声があるが、「物証」だけが問題なのであれば、最初から「証人喚問」などやる必要はない。100万円寄付発言には取り合わず、籠池氏側に、「あなたのいい加減な話を聞くつもりはない。物証があるなら出せ」と要求すればよかったのである。証人喚問を行う以上、それではすまない。 もちろん、私にも、籠池氏の「100万円寄付受領発言」の真偽はわからない。安倍首相が断言するように、「全くそのような事実はない」というのが真実で、籠池氏の「作り話」なのかもしれない。しかし、もし、そうだったとすれば、国会に引っ張り出して「作り話」をさせた上、その話を崩すことも、信用性を否定することもできなかった、では済まされない。 問題は、自民党内で、このような「拙劣な危機対応」を決断したのは誰なのかという点だ。竹下亘国対委員長が独断で決めたとは思えない。安倍首相自身に関する問題なので、安倍首相が決断したか、少なくとも了承したからこそ、短時間で方針が決まったのではなかろうか。そうであるとすれば、国のリーダーとして、「危機対応」の判断力には、一抹の不安を感じざるを得ない。    

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籠池氏証人喚問、高度の尋問技術が求められる自民党質問者

籠池氏証人喚問、高度の尋問技術が求められる自民党質問者

3月23日に、衆参両院の予算委員会で、森友学園理事長籠池泰典氏の証人喚問が行われる。安倍首相から妻昭恵夫人を通して100万円の寄付を受領したとの籠池氏の発言を受けて、自民党側から提案して決定されたもので、自民党側から仕掛けた証人喚問だ。 安倍首相は、100万円の寄付について、自身も妻の昭恵氏も行っていないと全面否定している。【籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」】でも述べたように、小学校の設置認可申請の取り下げに追い込まれたことで、国から土地の原状回復と返還を求められることが必至となり、入学予定の児童の保護者への入学金等の返還に加え、校舎の建物工事代金の支払等で窮地に追い込まれている籠池氏は、「公費による支援」まで持ち出しているようであり、国に対抗して自らの立場を守るために、一発大逆転を狙って事実ではない架空の寄付金受領話をし始めた可能性もある。少なくとも、籠池氏には「虚偽供述の動機」が存在している可能性があることは確かだ。 今回の証人喚問は、100万円の寄付受領の話を始めた籠池氏に対して「首相に対する侮辱」とまで言い切って、自民党側が自ら仕掛けたものであり、自民党側としては、その話が虚偽であること、信用できないことを明らかにし、同氏の偽証告発に持ち込むことが最大の目標であることは言うまでもない。 一方で、籠池氏がこれまで取ってきた態度からすると、籠池氏は、証人喚問で100万円の寄付受領の事実を詳細に語ると思われる。それに対して、証言の信用性にあまり疑いを生じさせることができず、「言いたい放題」で終わってしまった場合、籠池氏は、今後も、「国会で詳しくお話したとおり」などと言って、土地取得問題や小学校の認可問題の事後処理の中で、事あるごとに「安倍首相からの寄付の話」を引き合いに出し、安倍政権側にとって一層厄介な事態になりかねない。 しかも、100万円の現金受領の話が否定できないといこうとになると、昭恵夫人を含む関係者の証人喚問又は参考人招致という、安倍政権にとっては最悪の事態に追い込まれかねない。 今回の証人喚問は、想定される証言の信用性に疑念を生じさせ、あわよくば虚偽証言であることを明らかにするために行われるものであり、少なくとも、証人喚問を仕掛けた自民党側にとっては、裁判の場での尋問で言えば「反対尋問」である。主尋問が、予定されている証言内容について、淡々と質問していけばよいのと異なり、主尋問での証言を崩すための反対尋問というのは、高度な尋問技術が求められる。今回の証人喚問で、籠池氏の証言の信用性に疑念を生じさせたうえで偽証告発の足掛かりをつかむことを期待される自民党の質問者の議員の責任は重大である。 籠池氏「反対尋問」は容易ではない しかし、実際の証人喚問で、籠池氏の証言の信用性を否定するために効果的な尋問を行うことは決して容易ではない。 第1に、尋問のポイントとなる点が複数あり、しかも、その相互関係が微妙なので、尋問の戦略が立てにくいということである。 籠池証言に関してポイントとなるのは、①昭恵夫人との間での100万円の現金授受の有無、②(授受があったとして)それが「安倍晋三首相からの寄付」であったか否か、③「安倍晋三首相からの寄付」「昭恵夫人の名誉校長就任」を、森友学園の小学校開校のための用地取得、設置認可等に関して、有利に活用しようとした事実の有無、④他の政治家に対して森友学園の小学校開校のための用地取得や設置認可等に関する尽力を依頼した事実、それに関する謝礼等の支払の有無である。 もともと野党側が籠池氏の参考人招致を求めていたのは、③、④についての話を聞くことが中心だった。それを拒絶し続けてきた自民党側が、急転直下、証人喚問を決断したのは、①、②についての籠池氏の発言を放置できなくなったからであり、まさに、自民党質問者にとって最大の目的は、①、②についての籠池氏の話が信用できないことを明らかにすることである。 しかし、ここには二つの厄介な問題がある。 一つは、籠池氏に対する質問で、①と②のいずれの否定に主眼を置くかである。仮に、昭恵夫人からの現金受領という①の事実が否定されなくても、それが「安倍首相からの寄付」だという②が否定できれば、安倍首相自身の問題にはならない。しかし、現在のところ、安倍首相は①、②の両方を否定しており、自民党質問者としては、それに沿って両方を否定するスタンスで質問せざるを得ないだろう。 しかし、籠池氏の証言内容如何では、①については、相当程度事実があった可能性が高いと判断せざるを得なくなる場合もありうる。その場合は、むしろ、②に力点を置いて、「昭恵夫人からの現金寄付があったとしても、安倍首相からではない」という点を守り抜かなければならない。その点についての判断は極めて微妙だ。 二つ目の問題は、①、②についての質問の仕方が、③についての籠池氏の証言に影響を与える可能性があることである。①、②について、「安倍首相からの寄付はなかったのではないか」と追及的な尋問を行えば、それに反発して、籠池氏側は、③に関して、近畿財務局や大阪府側との交渉・折衝において、「安倍首相からの寄付」をちらつかせていたことを強調する可能性がある。それは、「安倍首相に関連する小学校との認識から、安倍首相の意向を『忖度』して森友学園に有利な取り計らいをしたのではないか」との疑念を強めることになってしまいかねない。 「100万円寄付受領」をめぐる証拠関係 第2に、①、②に関しては、証人喚問決定後、籠池氏側の「100万円寄付受領」を裏付ける方向での証拠と、官邸側からの否定する方向での証拠の存在が明らかにされており、自民党質問者は、それらの証拠を念頭において質問をすることになるが、証拠評価について事前に十分な検討が必要となる。 官邸側が明らかにしているのは、同行した職員の「現金のやり取りが行われるような場がなかった」との供述である。もし、政府職員が「常に」同行していて、籠池氏と昭恵夫人との間で「現金のやり取りを行う機会」が全くなかったのであれば、現金の授受は完全に否定される。しかも、籠池氏は、野党議員に対して、「100万円の現金を受け取った後、『感謝』と称して10万円を包んで渡した」と述べているようである。100万円と10万円の二つの現金授受の機会が存在したのか、という点が問題になる。 この点に関して、籠池氏の長女の籠池ちなみ氏は、菅野氏のツイキャスで、100万円の授受は、塚本幼稚園内にある「玉座の間」というところに、籠池夫妻と昭恵夫人の3人だけが入っている際に行われたと説明している。ちなみ氏の話によると、特別の客人以外は入室できない場所のようにも思える。籠池氏が、「玉座の間」で現金100万円を昭恵夫人から受け取ったと具体的に証言した場合、同行政府職員が、「玉座の間」についてどのように記憶しているのかが問題となる。昭恵夫人がそのような部屋に入った事実がないというのか、入室したが、その際、職員が同席していたというのか。一方、籠池氏側から昭恵夫人に渡したとされる10万円については、どこでどのように渡したのかは明確ではない。その点についての籠池氏の証言が、同行政府職員が監視していたとしか思えない場での現金授受であれば、職員の供述によって否定できる可能性は高まる。 「同行政府職員は、常時、昭恵夫人の近くでその動向を監視している」という一般論だけでは、塚本幼稚園において籠池氏と昭恵夫人との間で現金を授受する機会がなかったことの証明には不十分である。塚本幼稚園内での昭恵夫人の行動の詳細について、政府職員から具体的に確認しておく必要がある。 籠池氏が出してきた「郵便振替受領証」 一方、籠池氏側から出てきている証拠は、菅野完氏が公開した2015年9月7日付けの郵便振替受領証である。9月7日の月曜日に森友学園の寄付受領口座に100万円を入金した際のものだが、その払込人欄は、「安倍晋三」、「匿名」の記載が、それぞれ修正テープで消され、「㈻森友学園」に修正されている。これについて、籠池氏側は以下のように説明しているようだ。 9月5日の土曜日に昭恵夫人から受領した現金100万円を、一旦金庫に入れ、7日の月曜日に寄付受領口座に入金した。その際、「安倍晋三からの寄付」であることは公式には表に出さないことになっていたので、郵便局に残る側の「払込取扱票」には森友学園と記載したが、学園側に残る「受領書」には、「安倍晋三」が寄付者であることがわかるようにしておこうと考えて、払込人欄に「安倍晋三」と記載して学園職員が郵便局で払込手続をしようとした。しかし、払込取扱票と受領書の名義が異なっていたのでは受け付けられないと言われ、会計士に相談した上、「匿名」と修正したが、それでも受け付けてもらえず、「㈻森友学園」に修正した。 もちろん、森友学園側で作成した書類であり、それ自体が「独立した客観的証拠」としての価値が認められるものではない。郵便振替の受領書を、修正テープで修正することの不自然性なども指摘されているが、確かに、このような形で郵便振替手続を行おうとすること自体、普通には考えにくいことだ。 しかし、少なくとも、2015年9月7日に、森友学園の寄付受領口座に100万円の入金があったことは否定できない事実であり、週末にたまたま他からの100万円の現金授受があったのでない限り、2日前の土曜日に昭恵氏との間で現金授受があったことの推認につながる。 また、修正箇所に郵便局長の印が押捺されていることからも、「安倍晋三」と一旦記載されていたことは間違いない。その時点で、籠池氏が、現在のような事態を想定し、偽装工作を行っていたとも考えられないので、この受領証が、9月5日に昭恵夫人から「安倍晋三から」として現金100万円を受領し、領収書は拒絶されたので匿名扱いにしたとの籠池氏の供述と整合し、籠池証言の信用性を高める方向に作用することは否定できない。 講演料を寄付に振り替えた可能性 このような100万円の現金の動きに関する一つの推測として、官邸側から、「籠池氏側は、昭恵夫人が講演に訪れる際に、予め、講演料として現金100万円を用意していたが、その受領を拒絶されたため、それを、寄付金を受領したように処理したのではないか」という話が出ているようだ。 しかし、塚本幼稚園PTAの決算書には、同年度の「社会教育費」の40万円の支出について、摘要欄に「6/21姫路城(親子遠足) 11/26京都御所(社会見学)」という記述に続き、「社会講座 7/11谷川浩司先生 9/5首相夫人安倍昭恵先生」との記述がある。塚本幼稚園での講演に講演料が支払われているとすれば、この40万円に含まれている可能性が高い。いずれにしても、100万円というのは、幼稚園のPTAでの講演料の金額としては多過ぎるといえ、もし、そのような金額の現金を籠池氏が事前に用意していたのであれば、その現金の出所がなければならない。また、「籠池氏側が講演料を渡そうとしたが昭恵夫人が拒絶した」のであれば、同行政府職員が、常時、昭恵夫人の近くで監視していたとの前提からすると、「昭恵夫人が講演料の受領を拒絶した場面」を同行職員が見ていないとおかしいことになる。 自民党質問者から、前記①、②についての質問をすれば、籠池氏側から、郵便振替受領書についての証言が出てくるはずだ。それに対して、どのような事実関係、証拠関係を念頭において質問を行うのか。「払込手続や記載の修正が不自然だ」といくら言ったところで、今回の事態を受けてねつ造したものであることを明らかにできない限り、籠池証言の補強としての証拠価値は否定できない。漫然と質問すると、籠池氏の具体的な説明によって、かえって「不自然さ」を薄め、信用性を高めることになりかねない。 籠池供述の一般的否定と人格非難 「昭恵夫人からの100万円の寄付受領」の事実自体についての質問とは別に、これまでの籠池氏の行動や発言から、一般的に信用性を否定するという「人格非難」的な方法も考えられる。反対尋問で証人を弾劾する際にしばしば使われる方法であり、私も、美濃加茂市長事件で贈賄供述者の反対尋問や、その信用性を否定する弁論で活用した。 しかし、籠池氏は、少なくとも今回の問題が表面化するまでは、昭恵夫人とは良好な関係であり、昭恵夫人は小学校の名誉校長就任まで引き受けていた。安倍首相も、国会で、当初は、籠池氏が理事長を務める森友学園について「しつけ等をしっかりしているところに共鳴した」と答弁していた。そのような籠池氏の人格非難が行き過ぎると、昭恵夫人や安倍首相のイメージ低下につながりかねない。「人格非難」には制約があると言わざるを得ないだろう。 むしろ、個別の事項について、籠池氏の言動に虚偽があったことを追及していくのが得策だと思われる。 籠池氏の虚偽が疑われる言動について、様々な指摘がなされている。最近では、「籠池氏が昨年10月に、感謝状贈呈式で稲田防衛大臣と会った」との赤旗記事が、籠池氏が参加していなかったとわかったことで訂正記事が出された問題等が、籠池氏の供述の信用性に関連づけて報じられているが、同記事は籠池氏の妻の諄子氏の証言に基づくもので、籠池氏の供述の信用性には直接関係がない。しかも、籠池氏側がそのような発言をしたのか、赤旗の側の取材の誤りなのかもわからない。少なくとも自民党質問者には取り上げにくい問題だろう。 金額が違う小学校の建築工事の請負契約書が3通あるという話も、請負契約書の作成経緯や提出の目的などについて、事実を詰めておかないと、籠池氏の好きなように弁解される可能性もある。 むしろ、重要なのは、「森友学園問題が表面化した際に、代理人弁護士に、財務省側から『しばらく身を隠しておくように』という要請があった」と籠池氏が述べていることであろう。 この話は、「昭恵夫人からの100万円の寄付受領」の話が出てくるのとほぼ同時期に出てきたものであり、いずれも、このところ籠池氏のスポークスマン的な立場で対応している菅野完氏が明らかにした事実である。この事実が虚偽だとすると、100万円の寄付受領の供述の信用性にも大きな影響を与える。 しかし、この件についても、長女のちなみ氏は、上記のツイキャスで、籠池氏の話に沿う話をしている。塚本幼稚園に来るのを欠かしたことがない籠池氏が、その期間だけ幼稚園に来なかったと述べている。籠池氏の代理人だった弁護士が、上記事実を菅野氏が明らかにした直後「財務省から要請があった事実はない。籠池氏の代理人を辞任する」とのファックスをマスコミ各社に送付したとのことであるが、その際、弁護士名は一切明らかにしないように求め、その後一切マスコミに対応していないようであり、責任を持って発言しているとは言い難い面もある。籠池氏の証人喚問で、籠池証言の信用性を争うための事実として取り上げるのであれば、少なくとも、その弁護士から事実確認を行っておくことが不可欠であろう。 証人喚問による真相解明を 質問者が言いたいことを滔滔と述べることに終始することも珍しくない通常の国会質問とは異なり、今回の証人喚問は、どのように質問をし、何を証言させるのかという刑事事件的な尋問技術が求められる、まさに真剣勝負である。問題は、このような証人喚問の質問者の重責を、誰が担うかである。 自民党には、若狭勝氏と山下貴司氏という二人の検事出身の衆議院議員がおり、一応候補になるように思える。しかし、一般的には、有罪・無罪を争う刑事事件では、起訴事実を立証する側の検察官が主尋問、弁護人が反対尋問を行う立場になる場合が大部分なので、検察官の世界には「反対尋問」の経験とノウハウはあまりない。自民党議員には、他にも法曹資格者が相当数いるはずであり、反対尋問技術という面から最も適した議員を選ぶべきであろう。 証人喚問までの時間は限られているが、質問者の議員には、本稿で述べてきたことも参考にしてもらった上、是非、効果的な反対尋問を行ってもらいたい。それによって、今回の証人喚問を、真相解明に結び付けてもらいたい。          

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籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」

籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」

森友学園の小学校開設をめぐる問題に関して、参院予算委員会の大阪府での現地調査で、籠池泰典理事長が「安倍晋三首相から、夫人の昭恵氏を通じて100万円寄付を受けた」と述べ、その後、野党の議員らの前で同様の事実を説明した上、「国会ですべて話をする」と述べた。 このような籠池氏の発言を受け、その後、自民党側から、民進党に、23日に衆参両院の予算委員会で、籠池氏の証人喚問をそれぞれ実施することが提案され、17日に衆参の予算委で正式決定することになったと報じられている。 「危険な賭け」に出た自民党 これまで、民進党などが求める参考人招致を拒否してきた自民党が、今回、逆に証人喚問を提案した理由について、竹下亘自民党国対委員長は (籠池氏を)たださなければいけないという思いは非常に強く持っている。総理に対する侮辱だからしっかり受け止めなければならない と記者団に述べた。 もし、籠池氏が言う「安倍首相からの寄付金100万円を昭恵夫人から受け取った」という事実があったとすると、国会で、「寄付金集めにも、まったく関わっていないと言うことは、はっきりと申し上げておきたい」と明言していた安倍首相には致命的な事態になる。「安倍首相から」との点を別にしても、これまでに明らかになっている森友学園の小学校新設をめぐる様々な問題からすると、「安倍首相夫人からの100万円の現金の受領」だけでも、安倍首相にとって重大な事態になることは避けがたい。 自民党側が、野党側が求めてきた「参考人招致」ではなく「証人喚問」を提案したのは、それによって、偽証をすれば刑事罰を科される立場に籠池氏を追い込み、「昭恵夫人から100万円の寄付を受けた」との証言を撤回させるか、証言を維持するのであれば、偽証罪での告発によって籠池氏の証言が嘘であることを司法判断で明らかにしようという意図であろう。 しかし、もし、偽証の制裁を覚悟の上で行った国会で、「昭恵夫人から100万円受け取ったとの話が虚偽であった」と認めさせることも、虚偽だとする明確な根拠を示すこともできなかった場合には、逆に、籠池氏の証言が重みをもつことになる。それは、安倍首相にとって最悪の事態になりかねない。 自民党としては、国会での圧倒的多数の「数の力」で偽証告発に持ち込もうという考えかもしれないが、議員証言法では、証人の告発は、委員会の3分の2の賛成が必要である。衆議院予算委員会では、委員長を除く49名の委員の3分の2は33人であり、自民党の30人だけでは足りない。少なくとも、公明党の委員3人(うち一人は弁護士)の賛成が必要だが、それを得るためには、偽証と認めるだけの十分な根拠が必要となるであろう。 過去に、国会での証人喚問の結果、偽証罪で告発された例は相当数あるが、国会が不安定な状況であった昭和20年代を除けば、かなり慎重に行われており、その大部分は、その後、検察当局の捜査の結果、偽証の事実が明らかになった(国会での偽証の疑い以外の別の犯罪の容疑で捜査が行われた結果、国会での偽証も明らかになった)というケースだ。 最近では、AIJ投資顧問の年金資産消失事件で、浅川社長が証人喚問されて以来、国会の証人喚問は行われておらず、5年ぶりとなる。この浅川社長の事例は、当初、参考人招致されたが、曖昧な供述であったことを受けて証人喚問が行われたものであり、今回のように、民間人が「いきなり証人喚問」というのは異例だ。 果たして、偽証罪での告発に持ち込めるのか、自民党は、「危険な賭け」に出たと言わざるを得ない。 美濃加茂市長事件との共通性 確かに、籠池氏の話には、100万円を受け取ったとしながら、領収書も渡さず、寄付名簿に「安倍」という名前を記載することもなかったなど、不可解な点も少なくない。 また、小学校の設置認可申請の取り下げに追い込まれたことで、国から土地の原状回復と返還を求められることが必至となり、入学予定の児童の保護者への入学金等の返還に加え、校舎の建物工事代金の支払等で窮地に追い込まれている籠池氏は、「公費による支援」まで持ち出しているようであり、国に対抗して自らの立場を守るために、一発大逆転を狙ってウソの寄付金受領話を始めた可能性もある。 「自らの利益のために虚偽の供述を行う動機がある」という点でも、「現金の授受の有無が最大の争点になった」という点でも共通するのが、現在、控訴審での「逆転有罪判決」を上告審で覆すために上告趣意書の作成作業に追われている「美濃加茂市長事件」だ。 当ブログでも、捜査や裁判の経過について詳述してきたように、この事件では、贈賄供述者のNは、総額4億円近くもの融資詐欺を犯して逮捕され、そのうち2100万円の事実しか立件されていない段階で、市長(当時は市議)へ20万円の現金を渡したとの供述を始め、さらに、それ以前に10万円を渡した事実も供述した。この後、警察の捜査は、贈収賄に集中し、残りの融資詐欺は立件されることなく、Nに対する起訴は、30万円の贈賄と2100万円の融資詐欺にとどまった。 Nにとっては、融資詐欺を次々と立件されると、長期の実刑を覚悟しなければいけない状況であったのだが、市長への贈賄を供述したことで、警察の動きを贈収賄事件に集中させることができ、全体としても大幅に軽い事実の起訴にとどまって、まさに「思惑通り」の結果になっていたのである。 それと同様に、今回の籠池氏も、小学校の開校が絶望的となり、国から厳しい措置を受けることが必至の状況の下で、「総理大臣から夫人を通じて100万円の寄付を受けた」という爆弾発言をすることで、世の中の関心をその問題に集中させようという、同様の「思惑」が感じられる。 「現金授受の有無」に関する証言の信用性判断のポイント 同じように「現金授受の有無」が最大の争点になっている美濃加茂市長事件と比較しながら、籠池氏証人喚問に関してポイントとなる点を考えてみよう。 3月16日の参院予算委員会の現地調査の際、籠池氏は、 2015年9月5日に安倍昭恵氏が塚本幼稚園に講演に訪れた際、昭恵氏が「安倍晋三からです。」「どうぞお使いください。」と言って寄付金100万円を差し出した。籠池氏が「領収証はどういたしましょうか。」と尋ねると、昭恵氏は「いや、それはもう結構です。」と答えた と述べている。証人喚問では、このような内容の証言をさらに詳しく行うことになる可能性が高い。 現金授受の有無に関しては、その「授受の機会」があったか否かは決定的な事実だ。美濃加茂市長事件では、2回の現場に同席者がいて、少なくとも、その目の前での授受がなかったことは、同席者が一貫して供述していた。Nは、「同席者が席を外した際に現金を渡した」と供述していたが、この同席者から、何とか「席を外した」との供述をとろうと、警察では恫喝的、強迫的な取調べが行われたが、同席者は、一貫して、「会食は短時間で、その間席を外した事実はない」と供述していた。 籠池証言についても、重要なのは、昭恵夫人に同行したとされる政府職員の供述である。もし、「塚本幼稚園に滞在した時間内に、常に職員の誰かが同席していて籠池氏側と昭恵夫人とが立会人なしで会った場面は全くなかった」ということが客観的に明らかになれば、政府職員に見られることなく現金の授受があった事実は否定される。ただ、講演の会場であった幼稚園の内部は、籠池氏の側が熟知している。政府職員が「常に同席していた。」と供述した場合でも、籠池氏の側が「政府職員抜きでいた時間があったこと」を現場の状況も含めて具体的に供述した場合、いろいろな場において昭恵夫人に同行している政府職員側の記憶が正しいと言い切ることができるかは微妙だ。 一般的には、授受されたとされる原資や使途も重要だ。美濃加茂市長事件では、授受したとされた現金の金額が20万円、10万円と少額だったため、「原資」や「使途先」から現金授受を裏付けることは困難だったが、籠池氏が昭恵夫人から受け取ったと述べるのは100万円と金額が大きい。昭恵夫人にとって、100万円という金額が、現金で出金した可能性を否定できる金額であろうか。 一方、籠池氏側でそのような金額を受け取ったとすれば、使途が問題になる。100万円もの寄付を、その後、小学校建築にどのように使ったのかは、尋問者の方で厳しく追及するであろう。しかし、籠池氏の側でも、それは当然予想しているはずであり、例えば、「総理大臣から頂いたお金なので、ゆめゆめ疎かにはできないと考え、小学校開校後に最も有効な使い道に充てようと考えて、手をつけず現金のまま自宅においておいた」などと証言されると、その可能性を否定することは難しい。 籠池供述の経緯や、その合理性の問題に関して、今になって、「昭恵夫人から100万円を受領した」と言い出したことが、これまでの「安倍首相側には何もしてもらっていない」という話と矛盾しているのではないかという点、100万円もの寄付を領収書も渡さずに受け取り、寄付者名簿に「安倍」という名前が記載されていないことがあり得るのかという点も追及の対象になるであろう。 しかし、前者については、「先週までは、小学校の設置認可を最優先に考えてきたので、野党やマスコミから追及されている状況において、安倍首相からの寄付などという話を持ち出せば、さらに追及を受け、認可が一層困難になると思ったので出せなかった」と証言するであろうし、領収書の点は、おそらく、「昭恵夫人が要らないと言われているのは、総理大臣の名前を表に出すことに支障があるからだろうと考えて、そのことは一切表に出さなかった」と説明するであろう。いずれも、そのような説明は「疑わしい」とは言えても、虚偽だと客観的に立証するのは難しい。 議会証言を偽証告発することの困難性 証言が「虚偽」だということを、刑事手続で認定される程度に立証するということは決して容易ではない。籠池氏が「昭恵夫人から100万円を受領した」との証言を維持した場合、その証言を「偽証」で告発するのであれば、予算委員会として、授受の反対当事者である昭恵夫人の供述を得ることが最低限必要であろう。自民党は、昭恵夫人の証人喚問ないし参考人招致を覚悟のうえで、籠池氏の証人喚問を提案したのであろうか。 もし、籠池氏が100万円の現金受領を維持し、偽証で告発して検察での捜査にゆだねた場合、昭恵夫人の側で、「授受があったとされる当日、そのような金額の現金を持参した可能性がない」ことの立証のため、安倍家の個人的な資金の動きを示さなければならなくなるが、果たしてそれは可能だろうか。 美濃加茂市長事件では、我々弁護人は、融資詐欺での告発まで行ってNを徹底追及した結果、Nの供述の信用性に「合理的な疑い」があるとされ、一審判決では証言の信用性が否定され、現金授受が否定された。しかし、その一審判決の「N証言の信用性を否定する判断」は、控訴審では、不当にも覆されているのである。 今回の籠池証言について、偽証告発が行われ、処罰まで行われるためには、逆に、「籠池証言が虚偽であること」が「合理的な疑い」を容れない程度にまで立証できなければならない。立証のレベルは、美濃加茂市長事件で弁護人が行ったN証言の虚偽性の立証を大きく超えるものとなる。 昨日、籠池氏が、昭恵夫人からの100万円の受領の話をしたと報じられてから、2、3時間後には、竹下国対委員長が「証人喚問」のことを言い出したというのは、拙速であった感は否めない。 私が助言する立場であれば、まず、野党側の参考人招致の話を受け入れ、参考人として十分に籠池氏の話をしっかり確認した上で、上記の点等について、籠池参考人供述の不合理性を追及するネタをしっかり用意した上で「証人喚問」に臨む、という戦略を勧めたであろう。 安倍首相にとっては、極めて重要な証人喚問になるのであるから、実際に、証人喚問で籠池氏への尋問を担当する予算委員会の自民党議員には、大変なプレッシャーがかかることになるであろう。 やはり、籠池氏証人喚問は、自民党にとって「危険な賭け」である。            

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森友学園問題 補助金不正で捜査機関が動かないのはなぜか

森友学園問題 補助金不正で捜査機関が動かないのはなぜか

森友学園が、国(国土交通省)から受け取った「サスティナブル建築物先導事業に対する補助金」に関連して、(a)約21億8000万円、(b) 約15億円、(c)約7億5000万円という金額の異なる3通の請負契約書が作成され、(a)の契約書が提出された国から5000万円余の補助金が学園に支払われた事実があることが明らかになっている。この契約書が、補助金を国から受けるための虚偽の契約書だった疑いがあり、補助金を不正に受給した補助金適正化法違反の疑いがある。 この疑いについて、森友学園は、3月8日、ホームページ上に「補助金申請について」と題する「お知らせ」を掲載して、「補助金詐欺には当たらない」と主張している。 これだけ社会的に注目を集めている案件で、具体的な犯罪の疑いが生じているのに、いまのところ、警察、検察が捜査に動いているという話はない。 補助金適正化法29条1項は、「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と規定している。 森友学園が、国に提出した請負契約書が、実際の契約内容とは異なるものであり、それを認識した上で提出したのであれば、「偽りその他不正の手段」を行ったということになり、そのような契約書提出によって補助金の交付を受けた場合には、同条項違反の犯罪が成立する。 森友学園のホームページでは、補助金詐欺(上記法律違反)の疑いを持たれていることについて、次のように説明している。 ①補助金申請時に申告する建築費(請負金額)は、申請後に増額変更することができない。そのため、実際に工事が始まって建築費が上振れた場合、それに見合った補助金を受領できないという事態が生じうる。それを避けるべく、上振れ分を十分に見込んで申請した。そして、その(上振れ分を十分に見込んだ)申請金額とつじつまを合わせた請負契約書を提出した。 ②補助金の申請時期が実施設計前の段階であったこと、募っている寄付金次第では計画の大幅な見直しが予測されたことから、申請時には建築費の上振れの可能性が十分にあった。 ③実際に支払われた補助金については、申請時より大幅に工期が遅れたにもかかわらず、現場確認がなされないまま、当初の計画通りに入金がなされてしまったものであり、工事が進行中で返還すべき金額も不明なため、国の指示を待つ状況が続いている。 ④最終的な建築費が確定した時点で適切な申告を行い、適切な補助金額を受領する意向である。 この「お知らせ」に書かれていることからは、補助金適正化法違反の疑いは全く晴れない。 ①②で述べていることは、補助金申請の時点では、将来建築費が増額される可能性があったので、その分を見込んで、実際より金額の大きい(a)の請負契約書を作成して提出した、ということであるが、少なくとも、申請時に提出された(a)の契約書が、請負金額を水増ししたものであって事実に反するものであれば、「偽りその他不正の手段」によって補助金を申請したことになる。 そして、その申請の結果、当初の計画通りに補助金の支払が行われたのであれば、現場確認が行われたか否かに関わりなく、申請に基づいて「補助金の交付を受けた」ということであり、③も弁解にならない。④は、「不正に受け取った補助金であっても、後で返せば良いだろう」と言っているもので、これも全く弁解にならない。 森友学園の補助金適正化法違反の犯罪の成否に関して問題となる点は、次の2点である。 第1に、「真実の請負金額」がいくらなのか、という点である。 補助金不正受給の罪で処罰するためには、「本来交付されるべきであった補助金額」と「偽りその他不正の手段によって交付された補助金額」との差額を「不正受給額」として特定する必要がある。そのため、「真実の請負金額」が特定される必要がある。 この点について、契約を締結した建設業者は、大阪府に対して、(b)の金額が正しい請負金額だと説明しているようだ。それに対して、森友学園の籠池理事長は、3月8日の大阪府の調査の際も、報道陣に、(c)の7億5000万円が正しいと説明している。 (b)は、建設業者が、建設業法による経営事項審査申請に記載している工事受注額のはずであり、それが虚偽であれば、建設業者が同法による行政処分の対象になる。一方、森友学園側は、(c)の金額の請負契約書を私学審議会への小学校設置の認可申請に添付しており、それが虚偽であれば、認可を得ることが絶望的になる(ただし、私立学校法では虚偽の申請に対する罰則はない。)。 どちらが述べていることが真実なのかが確定できないと、犯罪の成立は立証できない。 この点については、3月8日の大阪府の検査の際に、籠池氏が提出した工事代金の前払い分1億5552万円の領収書は、森友学園が主張する請負代金7億5600万円ではなく、関西エアポートへの助成金申請で提出した約15億5000万円の契約書の内容と一致したとされており、 (b)の請負金額に合致しているようだ。捜査機関が請負代金の積算根拠等を確認することで、(b)の契約書が真実であったことが確認されれば、この点の問題は解消される。 第2に、実際に支払われた補助金の手続において、建物の建設費用がどのように認定されたのかである。この点について、「専門家を交えた検討の結果、補助対象の設計費と工事費はおよそ15億2000万円と算定され、6194万円を助成することになり、先月までに5644万円余りが支払われている。」との報道がある(NHK)。国土交通省側で、6194万円の補助金額の算定の根拠としての建築費用をどのように認定したのかが問題となる。 補助金適正化法違反の犯罪の成否は、この第1の点と第2の点の相関関係で決まる。 もし、第1の点について、建設業者が説明しているように、(b)の請負金額が正しかった場合、 森友学園が国交省に提出した(a)の金額の請負契約書が虚偽だったとしても、国の側で審査した結果、請負代金が(b)の金額であることを前提に補助金を交付したのであれば、「偽りその他不正」は行われたが、それによって補助金が不正に交付されたのではないということになる。詐欺罪であれば未遂罪が成立するが、補助金適正化法違反については未遂は処罰の対象とされていないので、犯罪は不成立となる。 一方、第1の点について、森友学園側が主張しているように、(c)の請負金額が正しかった場合、国交省側が補助金の手続で算定の根拠にした請負代金が(a)であっても(b)であっても、正しい金額とは異なっていたことになるので、「偽りその他不正の手段」によって補助金が不正に交付されたということで、補助金適正化法違反の犯罪が成立することになる。 籠池理事長が、大阪府に提出した契約書の(c)の金額が正しかったと言い張れば言い張るほど、犯罪の成立の可能性が高まるという皮肉な結果になるのである。 このように、申請の際に提出した契約書と補助金交付の基になった金額との関係によっては、補助金適正化法違反の犯罪が成立する可能性もあるが、一方で、森友学園側では虚偽の契約書を出して補助金を受けようとしたものの、結果的には国は騙されることなく、適正な金額の補助金を交付したということで、犯罪不成立ということもあり得る。 しかし、その場合でも、虚偽の契約書を提出して、私立学校の設置申請をすることも、補助金を不正に受給しようとすることも、当然のことながら法律が許容する行為ではない。前者は、それが発覚すれば、認可が得られなかったり、事後的に取り消されたりすることになることを考慮して罰則の対象にされていないだけあり、補助金不正受給は、未遂が罰則の対象とされていないだけであって、不正に補助金を受給しようとする行為が許されるわけではない。犯罪が成立しないからといって、森友学園が社会的非難を免れるものでは決してないのである。 刑事事件による事実解明ができないのだとすれば、行政手続や議会の場での事実解明の必要性が一層高まることになる。

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